フィノキアーロ=ラグドールとジェミニアーニ=ラガマフィン
【攻略対象フィノキアーロ=ラグドール】
フィノキアーロはラグドール公爵家の長男ではあるが平凡であった為、非常に優秀な妹のカサンドラと常に比較され、家族からは蔑まれて育ってきた。それ故、劣等感が強く卑屈な性格であった。
8歳の時にラグドール家と仲の良いラガマフィン公爵家の三女ジェミニアーニと婚約する。初めは怖がっていたが、自分を否定することがなく、穏やかな性格の彼女と過ごすことがいつしか好きになっていた。
幼い頃はそれで良かった。
しかし貴族学院への入学が間近になると、フィノキアーロは自身の立ち位置が非常に不安定であることを意識せざる得なかった。このフェリス・シルヴェストリス・カトゥス国では必ずしも長男が後を継げるワケではない。優秀であれば、弟のみならず妹に家督が譲られる。
フィノキアーロも優秀なカサンドラが後を継ぐことに異論はなかった。しかしこれまでの家族との関係を考えると、ラグドール家に自分の居場所があるとは思えなかった。結婚した時にジェミニアーニとの居場所を作る為に必死に学び始めた。
ただ環境が悪かった。1日かけて学んだことを妹は1、2時間で習得してしまう。自分の不甲斐なさをどうしても感じてしまった。ジェミニアーニは「気にすることはない」「そのままの貴方を愛しています」と言ってくれたが、それが悪い方へ転がっていった。
こんな自分を愛してくれているジェミニアーニの為に何一つ成し遂げられないとフィノキアーロは考えるようになってしまった。彼女が優しく接してくれる程に。
愛し合いながらも、互いにその愛情から近づくことを恐れるようになってしまった。
貴族学院に入ると、顔を合わせる度に心が離れていくように感じていた。
そうして1年が経った頃、フィノキアーロは図書室で1人の後輩と出会う。キッカケは些細なことで、気にも留めなかった。しかし図書室で出会うことが重なり、最初は挨拶する程度だったがいつしか共に勉強をする仲になっていった。彼女も妹のように優秀であった。ただ彼女の教え方は非常にわかりやすく、フィノキアーロは学ぶことの楽しさを知った。
いつしかフィノキアーロの心の中に2人の女性がいるようになる。婚約者のジェミニアーニと後輩のアリーシア。ジェミニアーニのことは愛している。しかし自分を成長させてくれたアリーシアも大切な存在となっていた。
そしてエンディング。
ジェミニアーニは自らフィノキアーロから離れることを決意する。自分では出来なかったことをフィノキアーロに与え、成長させたアリーシアこそ彼を幸せに出来ると思い。どんなに愛していても、彼の側にいて慰めることしか出来ない私では彼のためにならないと。
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入学式の2日後、私の元にジェミニアーニ様からお茶会の誘いの手紙が届けられた。
時候の挨拶から始まり婉曲的な文章が長々と書かれていたが『1週間後にお茶をしましょう』という内容だった。手紙の中には『拾っていただいたハンカチーフ』と書かれていたので、鞄に入っていた黒蝶の刺繍入りハンカチーフは思った通りジェミニアーニ様の物であった。
-でも、あの時鞄にハンカチーフを入れたのはカサンドラ様の侍女の筈よね。考えられるのは、ラグドール公爵家の侍女にジェミニアーニ様が入れさせたってことでしょうけど・・・。何の為に?わざわざ私に教える理由は?-
ただ、どれだけ考えても思い当たることはなかった。ディアモンド第一王子単押しであった私は、フィノキアーロ様ルートについては粗筋しか知らない。しかもカサンドラ様がプロローグで退場ということがあった以上、ゲームの知識は意味を成さない。
私はお茶会の日までに、ジェミニアーニ様の真意を知ろうと情報を集めることにした。
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私は招かれた交流館の一室に向かった。
今日までの1週間、私はジェミニアーニ様、そしてラグドール家とラガマフィン家について情報を集めようとした。しかし情報は何一つ得ることが出来なかった。正しくは、情報を集める手段を見つけることが出来なかった。
貴族学院に入学してから今日で10日。信頼できるのは親友のヴィアのみである。同期や先輩にも知り合いはいる。ただ、挨拶回りの時の様子や手紙に『拾っていただいたハンカチーフ』と書いていることから、両家の内情には触れられたくないと思われた。そのような状況で安易に尋ね回ることは出来ない。どこで誰が繋がっているのか、その繋がりがどのくらい強いのかわからない内は動くことすら出来なかった。ゲームの様に親友があらゆる情報を持っていることも当然ない。
唯一わかったのは、フィノキアーロ様とジェミニアーニ様はお互い愛し慈しみ合っていて、学院の女学生から理想の婚約者として見られていることくらいであった。
扉の前にいる使用人に名前を告げ、ジェミニアーニ様から招かれたことを伝えると「お待ちしておりました」と扉が開かれた。
招待主のジェミニアーニ様が私を見て立ち上がる。
「本日はお誘いに応じていただきありがとうございます」
「お招きいただきありがとうございます。ジェミニアーニ様とのお茶会を楽しみにしておりました」
お互いの挨拶が終わると勧められた席に座る。
ジェミニアーニ様の指示で使用人がお茶を用意し始める。
「今回は特別なお茶を用意させていただきました。アリーシアの口に合えば良いのですが。それから、交流館ではお茶を持参すれば、こちらにいらっしゃる使用人の方達が淹れてくださいます。もちろんこちらに置いてあるお茶も素晴らしい物です。相手や状況に応じて使い分けると良いでしょう」
「教えていただきありがとうございます。入学してまだ10日ですので、わからないことばかりです。この事は寮に帰ったら同期の者達にも伝えたいと・・・思います」
使用人が目の前においたカップから漂ってきた香りに、一瞬言葉が止まってしまった。カップを見た後ジェミニアーニ様の表情を窺うが、変わった様子は見られなかった。
ジェミニアーニ様が使用人を下がらせ、部屋には2人きりとなった。私は直ぐさま口を開き気になっていることを尋ねようとしたが、ジェミニアーニ様に手で制止される。
「お待ちになってください。交流館には盗聴防止用の魔術具がございます。今回はこれを使いたいと思います。よろしいですか?」
「はい。お願い致します」
ジェミニアーニ様が魔術具に魔力込めると部屋が薄青い幕に覆われる。
制止されたことで私は幾分か冷静さを取り戻すことが出来、先程見たカップの中身をもう一度確認する。勘違いではなく、ティーカップの中には、かつて見慣れていた緑色のお茶が入っていた。
「どうぞお召し上がりください」
カップの中身を凝視していると、ジェミニアーニ様から声がかかった。私は意を決して口をつけた。
前世でよく飲んでいた緑茶そのままだった。ティーカップに注がれているので違和感はあるが。
「ジェミニアーニ様、これは?」
「貴女ならお気に召していただけるのではないかと。わざわざ作らせたのですが、残念ながらフィンや家族には不評でして」
「ジェミニアーニ様、もしかして、、、」
「はい。貴女の想像通り、私も転生者です」
文字通り開いた口が塞がらなかった。間の抜けた驚き顔でジェミニアーニ様を凝視してしまった。ジェミニアーニ様はお茶を一口飲むと、何事もないように静かにカップをソーサーに戻した。
「アリーシア、はしたないですよ」
ジェミニアーニ様に窘められ、私は慌てて姿勢を正した。
「結構です。
色々と尋ねたいことはあるでしょうけれど、まずは私からお話しさせてください」
私が頷くと、ジェミニアーニ様がゆっくりと語り出した。
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あるところに一人の女の子がいた。その子は、とある乙女ゲームにハマっていて、特にフィノキアーロというキャラクターを押していた。いや、愛していた。
もちろん、そのような事は誰にも言えずに胸の内に秘めていた。
そんなある日、女の子は不運な事故で死んでしまった。
-フィノキアーロ様と一緒になれない世界なら、死んでも良いか-
それが前世で女の子が最後に考えた事だった。
そして意識が闇の中に落ちていったと思ったら、光の中へと吸い込まれていった。
そして女の子の第二の人生が始まった。
夢にまで見たフィノキアーロ様のいる世界への転生。彼の許嫁となるジェミニアーニへの転生。
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「最初は意識不明の中、夢でも見ているのかと思ったわ。ううん。今でもそうかもしれないと半分思ってるわ。でも、それでも良いの。夢だとしても覚めなければ、フィンと一緒にいられますもの」
フィノキアーロ様との関係を幸せそうに語るジェミニアーニ様は、正しく“恋する乙女”であった。
作中一の美少女で、シナリオの良さも相まって、人気投票では2位のアリーシアの倍以上の投票数を獲得していた。
そんな彼女が目の前で頬を染め、甘い吐息を吐き、恥ずかしながらも嬉しそうに恋を語る姿に私は心奪われそうになってしまった。
「あら、申し訳ありません。恥ずかしい姿を見せてしまいましたね。それで、アリーシアはどの様にこの世界に?」
私は事故で転生したこと、ディアモンド第一王子単押しであったこと、しかし今では違うことを話していき、肝心のカサンドラ様が退場してしまったことについて触れた。あの件についてジェミニアーニ様が関わっていると思われるが、先程の話しではまだ推測すら出来なかった。
それならばと、私は鞄に入れられていたハンカチーフを差し出して真っ正面から尋ねることにした。
「お伺いしたい事があります。カサンドラ様の件ですが、ジェミニアーニ様が関わられていることは、このハンカチーフでわかります。ただ目的がわかりませんでした。差し支えなければ教えていただけないでしょうか?」
私の問いに、ジェミニアーニ様は目を閉じ、香りを楽しむかのように静かにお茶に一口つける。カップをソーサーに戻すと、目を開いて微笑んで見せた。
「貴女でしたら良いでしょう。
私、先程申しました通りフィンを愛しています。それは昔も今も、、、いえ、今の方がより愛していますね。
昔、前世の時から許せませんでした。フィンを苦しめているカサンドラとラグドール家の者達が。だから排除しようと決めたのです。彼を苦しめる存在は2人の世界には必要ないと。報いを受けさせようと」
「カサンドラ様が連れていた侍女を買収して、罠に嵌めたということでしょうか?」
「フフ。違いますよ。元々あの2人はラガマフィン家の縁の者です。ラグドール家とは交流がありましたから、研修や勤め先としてお互い派遣し合っています。ですので、送り込んだということです。ゲームのカサンドラより傲慢になってもらう為に。追い出しイベントで引くことがないように」
私は二の句が継げずに固まってしまった。
-そんな。それでカサンドラ様の人生を終わらせるなんて・・・。
いえ、違いますね。この世界、貴族の世界では足の引っ張り合いは当然でした。それにカサンドラ様とご両親がフィノキアーロ様を蔑んで来たことは事実。先程仰った通り、その報いを受けたということでしょう-
前世の話をしたせいか、つい昔の倫理観で物事を判断しようとしてしまった。何とか間違いに気づくことが出来、私は考えを改めて平静さを取り戻す。
「他にもお聞きしてよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「フィノキアーロ様のルートは知らないのでよくわかりませんが、ラグドール家の後継ぎはカサンドラ様ではないのですか?後継者をなくしてしまっては、フィノキアーロ様が後を継ぐことになりませんか?フィノキアーロ様がご両親を追い出すことが出来るとは考えづらいのですが・・・」
「それについてはすでに手を打ってあります。貴女もそうであるように、私は前世やゲームの知識を使ってフィンと幸せになる環境をつくってきました。例えば、そのシルクのハンカチーフ。まだ試行錯誤の段階ではありますが、将来的にラガマフィン家に大きな利益をもたらしてくれる筈です。そういったモノをいくつか提示していますので、両親が私を手放すことはないでしょう。あれ程自慢していたカサンドラが貴族になれないことで、ラグドール家の評判は地に落ちたでしょうし。力関係から、こちらの言うことには逆らえなくなるでしょう」
「そう、、、ですか」
私は、自分がジェミニアーニ様ほど転生という利点を活かせていないことに愕然としてしまった。マンチカン家は家族関係が非常に良かったし、家庭教師から教わるのは初等教育の内容であり、学ぶ必要すらなかった。それ故、同年代の子達よりも高い教育を受けていたし、主人公補正なのか、教わったことはすぐに身についた。そんな恵まれた生活を送っていたからか、いつの間にか現状に満足していまっていたようだ。
-何故こんなに違うのでしょう?って、そうでした。第一王子と結ばれて王妃になるつもりだったからですね-
第一王子のエンディングは、アリーシアとディアモンドが結婚して国王と王妃になったスチルに『2人は幸せに暮らしました』という文章が書かれていた。もしゲーム通りに進んでいたら、確かに幸せになっていたのでしょう。しかし私はこの世界がシナリオ通りに進まないことを知ってしまった。幸せになるか否かは自分自身の手で成さなければならないという当たり前の事を忘れていた。
「貴女がどのようになりたいのかわかりませんが、ここはゲームの世界ではありませんよ。アリーシアにだけ都合の良い世界ではないことを理解すべきです」
私の反応でこれまで何も考えていなかったこと、何もしていなかったことを悟られたようだ。ジェミニアーニ様が突き放すように忠告してきた。言葉から温かみが消えてしまっている。どうやら、私に価値がないと判断されてしまったらしい。
自分自身が情けなくなり項垂れてしまう。カップの中のお茶に映った顔は、ゲームでは描かれることがない失意に満ちたものであった。
「今日はこの辺りに致しましょうか。私達の時が再び巡り会うのを楽しみにしています」