表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢(ゲーム)と現実  作者: 光頭無稽
3/8

入学式

 部屋自体は小さいが、大学の講義室のようなすり鉢状の部屋に41人の121期生が席に着いていた。

 これから貴族学院の入学式が始まる。

 ゲームでは日本でよくある体育館で行われていたが、ここでは違っていた。体育館自体はあるが、四方を階段状の観客席でフィールドを覆っていて、特定のスポーツをして観戦する為だけのものであり、目的ごとに1施設建てていた。この講堂も入学式と卒業式だけに使われる物らしい。

 私は最前列にヴィアと並んで座っていた。席は入学前の試験結果の順番となっていて、前から順に埋まっている。ただヴィアの隣の席は空いていた。

 男の子達がその空席を見てザワついている。同期の中では最も爵位が高いラグドール家の令嬢、カサンドラ様が集合時間になっても現れないことを不思議がっていた。女の子に尋ねている男の子もいたが、誰も教えることはなかった。


 -当然よね。お互いの関係がまだわかってないんですもの。どこでどのように話が伝わるかわからない内は話すわけないのに-


 振り返ることなく様子をうかがっていたが、男の子はまだ噂話の重要さと怖さを理解していないようだった。この点は前世の男女の違いと通じるモノがあり、少し可笑しかった。


「シア、この後は大丈夫ですか?」


 小声でヴィアが話しかけてきた。私は貴族らしく笑顔を浮かべて見せる。


「ええ。121期生の代表として恥ずかしくないよう務めてみせます」


 私は机の下で微かに震える右手をヴィアの左手に重ねる。驚いたらしく、ヴィアの目が一瞬大きく開かれた。じっと私を見ると、両手で私の右手を包み込んで微笑む。ヴィアの笑みに緊張が和らぐ。

 ヴィアが耳元に顔を寄せてきた。


「シアでも緊張することがあるのですね」


 ヴィアがイタズラっぽい笑みを向けて来た。私が驚いた顔をすると、彼女は楽しそうに笑って見せた。

 ふと気づくと、先程まで聞こえてきたザワつきが静まりかえっていた。周りを窺うと、他の子達が私達を注目していた。どうやら、ここだけ別世界を作ってしまっていたようだ。ヴィアは周りの様子に気づいていないのか、楽しそうに私を見ている。


「ありがとうございます、ヴィア。おかげで緊張が解けました」


「どういたしまして」


 私とヴィアは微笑みあうと、何事もなかったように前を向いた。


 -たぶんヴィアは寮での挨拶のことを言ってるんでしょうけど-


 入学式の後は、121期生全員で先輩達の寮に挨拶回りを行う予定になっている。貴族学院ではその年に入学した者達が一つの寮で共同生活を行う。その寮を121期生全員で回り各寮の代表者に挨拶をするのだが、挨拶は121期生首席の私がすることになっている。毎年、新入生代表は首席が務める。寮の代表は身分が上の者が務めることになるのだが。

 確かに全く緊張しないわけではないが、前世では社会人としてそれなりに仕事をこなしてきた身、挨拶程度ではそこまで緊張しない。


 -私の気がかりって、攻略対象達がどうなのかってことなのよね-


 昨日、悪役令嬢役のカサンドラが退場してしまった。ゲームではあり得ない展開だ。ゲームが始まることがなくなってしまったとも言える。こうなると他のキャラクター達がどの様に動くのか、ゲームとしての知識がある分、返って不安になっていた。

 ヴィアと手を離すと同時に扉が開き、年老いた先生が入ってきた。

 学院長のドー=ブリティッシュ・フォールド。現在の国王であるダンネッカー=スコティッシュ・フォールド様の腹違いの弟である。学院長は歴代王家の者が就いており、現役で教師も務める方も多い。ドー学院長も魔術を教えていて、能力の高い者には要求するレベルが高く、ゲームではアリーシアが挫けそうになるシーンが描かれていた。ディアモンド第一王子に手取り教えてもらい、上級魔法を身につけるイベントであった。もっとも、文章だけではどれだけの水準を求められているのかは全くわからないが。


「諸君、おはよう。学院長を務めるドー=ブリティッシュ・フォールドである。

 ここ、貴族学院は貴族を目指す者を導く場である。4年間という限られた時間で、どの様な貴族を目指し、何を成すかは各々の自由である。

 貴族学院は皆の入学を歓迎する。以上」


 学院長はそれだけ言うと講堂を出て行ってしまった。

 入れ替わりにエファンディ先生が入ってきた。これから先輩達の寮への挨拶回りとなる。聞いてた予定通りだが、前世で校長や社長の長い話を経験してきた私は呆気にとられてしまった。ゲームでは『学院長の話が始まった』『学院長の話が終わった』程度で、話の間はアリーシアの貴族学院への心情が終始描かれていた。それが何も考える間もなく終わってしまった。カサンドラ様について触れることもなく。


「それでは皆さん、これから各寮への挨拶に向かいます。まずは4年生の寮に向かいます。代表はディアモンド=スコティッシュ・フォールドとベルジアン=ラパーマです。次に3年生はアイリーン=ミヌエットとイグレシアス=ミヌエット。2年生はフィノキアーロ=ラグドールとジェミニアーニ=ラガマフィン。アリーシア=マンチカン、準備はよろしいですか?」


 目まぐるしく進んで行くことに内心焦りながらも「はい」と答えると、先生は「よろしい。では席の順についてくるように」と扉に向かって歩き出した。私達を気にかけることもなく講堂から出て行く。私達は急ぎ立ち上がると、無作法にならない程度に先生の後を追いかけた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 私達121期生は右手を左胸に当てて、4年生代表のディアモンド第一王子とベルジアン様に挨拶の姿勢を取った。

 第一王子が私達に爽やかな笑顔を向ける。ゲームで見た笑顔そのままである。


 -あぁ。私、顔が好みだったんだなぁ~-


 当時は第一王子に関わる全てが輝いて見えていたが、大人になり、王子が無能に見えてしまったことで、自分自身を冷静に見つめ直すことが出来た。確かに顔だけ見れば今も好みであるし、同期生や国民が熱狂するのも理解出来た。しかし社会人として働いていた経験から、無能は受け入れられなかった。


 -おまけに自分が有能と勘違いしているっぽいし。まぁ、スペック自体は高いのでしょうけど。前世でもいましたね、勉強は出来ても仕事が出来ない人-


 第一王子が手を軽く挙げたのを見て、私達は右手を下ろす。

 私は121期生代表として一歩前に出ると、二人に向かって挨拶を述べた。


「ディアモンド様とベルジアン様にお目にかかれたことを感謝致します。

 新年の訪れと共に、我々121期生は貴族学院の門をくぐることを許されました。これから4年間、先輩達の背中と足跡を見失うことなく精進し、貴族の誇りを培うことを誓います。

 初代国王ダリウシュ=フォールドと初代学院長デルフィーヌ=スコティッシュ・フォールドの名において」


「我々4年生は、君達の入学を歓迎する」


 言葉は121期生全員に向けられていたが、第一王子は明らかに私だけを見ていた。


 -えっ、何!?あっ、もしかして強制力?-


 ゲームでは退場してしまったカサンドラの横暴をキッカケに第一王子と繋がりを持つようになるが、そのイベント自体起こらなかった。しかし、強制力が働いた可能性は十分考えられた。


 -何てことでしょう。第一王子との関わりがなくなったと喜んでいましたのに-


「今期生は優秀と聞いている。そして、その中でも特に優秀な者が2人もいると」


 第一王子が私と後ろにいるヴィアに目を向けた。


「私達はあと1年で卒業して貴族社会に身を置くことになる。4年後、君達と共に歩めることを楽しみしているよ」


 第一王子が私達に背を向けて、寮の階段を上って行ってしまった。

 挨拶は終わりということなのでしょうが、上位の者から退出を言われない限り下位の者が勝手に動くことは出来ない。その場に残された私達は途方に暮れてしまった。後ろで見ている筈のエファンディ先生からも何も指示がない。私はもう1人の先輩、ベルジアン様に救いを求めるように目を向けた。


「君達、ご苦労。下がって良いよ」


 表情や態度にこそ見せなかったが、ベルジアン様は呆れ混じりの溜息を出しているようだった。ゲームではモブで名前すらなかったのに、第一王子の尻拭いに翻弄される気苦労の多い生活を送っているだろうことが、この1回の挨拶で察せられた。


「皆さん、退出してください。次は3年生の寮に向かいます」


 私は振り返ると同期に向けて指示を出す。目の前でわざわざ悪い手本を見せてくれたのだから、すぐに活かせないようでは成長できない。


「エファンディ先生、案内よろしくお願い致します」


 微かだが、先生の口元が上がったように見えた。


 -私の対応に満足したということでしょうか?-


「わかりました。皆さん、ついてくるように」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「・・・誓います。

 初代国王ダリウシュ=フォールドと初代学院長デルフィーヌ=スコティッシュ・フォールドの名において」


「私達3年生は、貴方達の入学を歓迎致します」


 私の挨拶にアイリーン様が笑顔で答える。声色がとても楽しそうであるが、その後ろではイグレシアス様が反対に不機嫌そうな顔で明後日の方向を向いていた。


 -ゲームでも仲が悪い双子って設定でしたけど、思ってた以上ですね-


 そしてゲームと大きく違う点が一つ。ゲームでは代表は攻略対象のイグレシアス様が務めていた。ルートに入るのはまだ先だが、顔見せってヤツだ。しかし現実では妹のアイリーン様が務めている。家格が同等の場合は、成績が上位の者が務めることから、アイリーン様の方が優秀と見なされているのだろう。


「驕るのではなく、誇り高い貴族を目指すように」


 アイリーン様の言葉にイグレシアス様の表情が怒りに歪む。


 -今のって、私達ではなく、イグレシアス様に向けてよね-


 兄姉喧嘩に巻き込まれた私達は、張り詰めた空気にこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。おそらく私だけでなく、ヴィアも皆も2人を似たような心持ちであろう。


「ほら、イグレシアス。貴方もそのような表情をしていないで、皆さんに声をかけなさいな」


 イグレシアス様の方から「ギッ」という歯ぎしりのような音が聞こえてきた。不機嫌そうな顔はさらに歪み、怒りが滲み出ている。挨拶の場で挑発するアイリーン様に、思わず驚き目を向ける。とても楽しそうに笑っていたが、嘲笑うような歪んだ笑みで、薄らと恐怖を感じた。


 -仲が悪いって言うより、険悪じゃないですか-


「いくら貴族のように振る舞えたとしても、薄っぺらい仮初めのモノなどすぐに剥がれ落ちてしまう。貴族のように振る舞うのではなく、皆は正しく貴族になるように。

 以上だ。下がって良し」


 イグレシアス様が、本来代表者が言うべき締めの言葉を言ってしまった。

 アイリーン様の目が驚愕で大きく開かれる。貴族としては品がないことだったが、言い返しただけでなく、代表者としての言葉を取られてしまい面子を潰されてしまったのだから無理もない。イグレシアス様の行為は完全なマナー違反だった。イグレシアス様は第一王子の側近候補だった筈。この場にはエファンディ先生もおり、この事は間違いなく報告されて検討材料となるだろう。一時の感情で将来を棒に振ってしまう。前世でもあった事柄に「どこの世界も同じようなモノなのか」と思わず感慨に耽ってしまう。

 アイリーン様が大声で罵りながら、イグレシアス様を追いかけるように階段を上っていってしまった。

 静かになったロビーで、私は振り返り同期に退出するよう声をかける。貴族らしからぬやり取りに、いまだ戸惑う表情の者が大半であった。ふと先生に目を向けると、2人が去って行った方を冷たい目で見ていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 挨拶が終わり、2年生代表のフィノキアーロ様とジェミニアーニ様に目を向ける。

 ジェミニアーニ様がフィノキアーロ様の手を握り、何か囁いている。頼りなさげなフィノキアーロ様の様子は貴族としては褒められる振る舞いではないが、ミヌエット兄姉の険悪な雰囲気とは真逆の空気に、思わず気持ちが緩みそうになってしまう。表情だけで2人が愛し信頼し合っているのが伝わってくる。


「私達は、君達のことを歓迎します」


 言い終わるや否や、フィノキアーロ様とジェミニアーニ様は2人だけの世界をつくってしまう。


 -フィノキアーロ様って攻略対象の筈なのに。確かにジェミニアーニ様と婚約関係にあった筈だけど、こんなに相思相愛だったかしら?-


 第一王子単押しだった私は、他のキャラクターに関しては設定と大まかな粗筋しか覚えていない。ただ、この各寮への挨拶回りは本編開始前のキャラ紹介のイベントであり、スキップしていたと言え毎回目にしていた。ここまで仲睦まじい関係ではなかった筈である。

 そして私にはもう二つ気がかりがあった。

 一つは鞄の中にあった、黒い蝶が刺繍されたハンカチーフ。ジェミニアーニ様は烏の濡れ羽色のような髪と吸い込まれそうな漆黒の目をしており、蝶の模様やアクセサリーを好んでいることから『黒蝶姫』と呼ばれている。あのハンカチーフがジェミニアーニ様の物であることは間違いないであろう。しかし、私に対して何か含みのある様子は一切見せてこなかった。公にはしたくないのでしょうと私も何事もないように振る舞って見せることにした。

 もう一つの気がかりはフィノキアーロ様のことである。フィノキアーロ様とカサンドラ様はラグドール家の同腹の兄姉。昨日、入学前に退学(?)させられた妹のことをどう考えているのか?ゲームでは、この兄姉も仲は悪い。ただ反目し合っているワケではなく、妹のカサンドラ様が一方的にフィノキアーロ様を蔑んでいた。そして彼女だけでなく、実の両親からも蔑まれていた。確かにカサンドラ様は能力だけを見れば非常に優秀な令嬢であった。フィノキアーロ様もそれなりではあったが、カサンドラ様が優秀であった故に、それなりでは公爵家では認めらることはなかった。結果、卑屈な性格になってしまった。ゲームではその卑屈さがこの挨拶のシーンでもはっきりと描かれていたが、目の前のフィノキアーロ様はそれ程ではない。それにゲームでは婚約関係にあるにも関わらず、2人はどこかギクシャクしていた筈であった。


「それでは皆様、良き学院生活を」


「そ、それでは退出して、良し」


 121期生を目の前にしながら、2人だけの世界に浸り心の籠もらぬ挨拶が終わると、2人は腕を組みながら階段を上って行ってしまった。

 私が同期に声をかけると、皆は何事もなかったように120期生の寮から退出していく。前に比べるとマシだったのか、それともさすがに慣れたのか。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 121期生の寮に戻ると、そのままエファンディ先生と食堂に向かった。このシーンはゲームにはなかったが反省会とやらだろう。各々が適当な席に座り固唾を呑む中、先生が静かに口を開く。


「今日はご苦労。

 皆は非常に貴重な経験をしました。この経験を活かせるか否かで皆の成長は著しく変わります。この貴族学院では、常に誰かが皆の一挙一動、一言一句を見ていることを忘れずに。

 この後は昼食となりますが、それまでは自由とします。尚わかっていると思いますが、午後は各自どのよう過ごすかは自由です。要望、相談、疑問があるなら私の研究室に来るように。夕食までは大抵そちらにいます。それでは今より学院内の移動を自由とします。

 以上、解散」


 先生が食堂から出て行く。昨日は先生が退出した後に多くの者が溜息を漏らしてしまっていたが、今日はそのような気の抜けた態度を取る者は1人もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ