入寮
「ついに、ついに来ましたわ」
夢にまで見た貴族学院の門の前に立ち、感涙の涙が溢れそうになる。
この世界に生を受けて14年。そして二度目の人生。
前世で遊んでいた乙女ゲー『胸に抱いた一輪のカトレア』の主人公に転生して、ついに明日入学の日を迎える。
私はこれから暮らす寮の前に立ち、目眩くゲームの世界が始まることに歓喜すると共に、これまでの辛くとも楽しい日々を思い返した。
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前世では彼氏なし友人そこそこ、稼ぎは良いが使う時間も趣味もなし。休みは寝てるかゲーム。たまに独身の友人達と愚痴会。ムカつく上司や先輩はいたが、仕事もこなせてお客さんとも良い関係を作れ、公私共にそれなりに楽しく充実した生活を送っていた。
しかし、その日はツいてなかった。
上司から押しつけられた会議で使う資料作りの為に残業するハメになってしまった。「テメェで使う資料なんだから、テメェが作れよ」と誰もいないことを良いことに缶ビール片手に愚痴りながら資料を作っていた。はっきり言ってデータをまとめるだけの簡単な作業。ただ、無駄で無意味なモノばかり。
1時間で終わる作業を残業代の為に3時間かけて終わらせて、日が変わる前に帰宅しようと退社。そしてその帰宅途中で事故が起きた。
改札を通ったところで、電車が到着したことに気づいた私は走り出す。急いで階段を下りようとしたところ、ビールの飲み過ぎでフラフラだった足元は階段を踏み外してしまった。受け身も取らず、頭を庇うこともなく勢いよく転げ落ちた。そして見事頭から着地。
なんとも情けない死に方だった。
恥ずかしい死に方で家族には申し訳ないと思うが、『他人様には迷惑をかけるな』と両親からの言いつけを守って、誰も巻き込まなかったことは褒めて欲しい。
こうして私の人生は幕を閉じたはずだった。
意識が闇の中に落ちていったと思ったら、光の中へと吸い込まれていった。
そして私の第二の人生が始まった。
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最初は本当にキツかった。
意識は前世での27歳。それなのに赤ん坊として生きることに。27歳にして介護される苦労を知ってしまった。出来ることなら、介護される前に死にたいと本気で思った。
とは言え、新しい両親は二人とも良い人で心から私を愛してくれている。動けない不満を除けば、私は何の不自由もなく育てられた。
そして時間はゆっくりとそしてアッという間に過ぎていく。
動けない私は、起きている間はただただ天井を見上げていた。たまに両親や使用人が顔を覗きに来て抱きかかえてくれるが、それ以外は何の変化もない天井だけが移っていた。しかし、赤ん坊というのは起きているだけでも疲れるらしい。気づいたら寝ていた。何時間も。何度も。
腹が減って起きる。誰かを呼ぶために泣き叫ぶ。お腹がいっぱいになり、泣き疲れも相まって寝る。粗相をして起きる。誰かを呼ぶために泣き叫ぶ。綺麗にしてもらった後、泣き疲れたことで寝る。ただ、さすがに夜起きて寂しくて泣き出すことはなかった。
最初は単に生まれ変わっただけかと思っていた。
しかし、そうではないことを知ったのはある冬の日、おそらく私が生まれて半年ほどのこと。
母に抱かれてリビングに連れてこられた時、メイドの一人が暖炉に火をつけた。
魔法で。
それまではヨーロッパの片田舎に住む貴族っぽい家だなと漠然と思っていた。言葉もわからないし。ただ、服装が古くさいなとは思っていたので、過去に生まれ変わることもあるんだなと勝手に納得していた。
しかし魔法となれば話は全く変わってくる。
マンガ、アニメ、ゲームで育ってきた私は、魔法を見た瞬間全てを理解した。
『異世界転生』
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「・・・様、お嬢様。アリーシアお嬢様っ」
連れて来た侍女のフリージアンがしきりに私を呼んでいた。
せっかく感慨に浸っていた私は、水を差されたことに機嫌を損ねたことを訴えるべく、腰に手を当てて彼女を睨みつける。
しかしその効果は全くなかった。
我が家は家族だけでなく、使用人達とも良好すぎると言えるほどの関係を築いている。私が頬を膨らませた所で、怒ってますアピールは通用しない。
「お嬢様、そこに立たれていては荷物を運べません。どいてください。すでに他の家の方も到着されています」
フリージアンの後ろに目を向けると、確かに他家の馬車が控えている。私の荷下ろしが終わらなければ後がつかえてしまう。私は慌てて塞いでいた寮の入り口から脇へと移り、使用人に指示を出した。
「フリージアン、急ぎなさい。他家にご迷惑をかけてマンチカン家の名を貶めないように。さぁ、急ぎなさい」
フリージアンから呆れる目が向けられてきたが気にしない。ここは我が家ではないのだ。他家の目もある中、貴族らしさを見せる必要がある。身分による上下関係は絶対なのだから。
私が持ってきた鞄は二つ。持ち込みが許されているのは文具、日用品、下着と寝間着程度。大抵の物は学園、運営している国が用意してくれる。貴族院内は支給された制服で生活することが定められている為、異世界ファンタジー物でありがちなドレスで生活なんてことはなかった。
私はフリージアンに鞄を持たせると、送られてきた案内書に書かれた部屋へと運ばせる。いくら鞄が二つだけとは言え、大人が持つ鞄である。14歳の貴族令嬢では一つ持ち上げるだけで精一杯だ。
建物中央にある階段を上り、二階まで上がる。二階と三階、左右に三部屋ずつが寮生の部屋となっていた。私は右側の一番奥の部屋が割り当てられていた。部屋割りは入学前の試験の上位から良い部屋が割り当てられている。
部屋に入ると左右の壁にベッドと机、チェストが置いてあった。ゲーム通り二人部屋である。入寮の順番は貴族位の上下で決まっているので、ルームメイトは我がマンチカン家より格上のお嬢様。確定はしていないが、おそらく彼女だろう。
フリージアンに荷物をベッド脇に置かせると直ぐさま馬車まで戻る。使用人が認められているのは、入寮の荷運びだけである。
「お父様とお母様、アンジェによろしくと」
フリージアンは心配そうな顔を見せていたが、手短に言うべきことを伝え、早々に馬車を送り出す。待たせている後ろの馬車を招き入れなければならない。ましてや、あの馬車は親友ベディヴィア=アメショーの家の物である。私は寮入り口の前に立ち、親友が下りてくるのを待つ。
アメショー家の御者が扉を開けると彼女も私に気づいていたらしく、扉が開くと満面の笑みを向けてくれた。
「ご機嫌よう、ベディヴィア様。こうして貴女と貴族学院に通うことが出来、嬉しく存じます」
私の挨拶を聞くと、ベディヴィアは表情を微笑みに変える。先に下りた侍女のハクニーの手を借りてゆっくりと馬車から降りてきた。
「ご機嫌よう、アリーシア様。私も貴女と共に過ごすことが出来、嬉しく存じます」
一通り貴族の挨拶が終わると、私達は近づき手を握り合った。貴族令嬢の仮面を取り去り、親友として再会を喜び合った。
「シア、おめでとう」
「ヴィアもおめでとう」
「いいえ、シアのおかげだわ。シアがいてくれたから私頑張れたし、2位になれたのですから」
「そんなことないわよ。ヴィアの努力と実力の結果よ。私こそヴィアがいてくれたこそ、1位になれたのですから」
「嘘ばっかり。でも、そう言ってくださると嬉しいですわ」
私達はコロコロと笑い合う。
「ベディヴィアお嬢様、荷物をお運び致します」
ヴィアの専属使用人であるハクニーが荷物を両手に持って声をかけてきた。
「わかりました。シア様、案内していただけますか?」
「もちろんです、ヴィア様」
私は差し出してきたヴィアの手を腕に絡ませると、共に寮の中へと歩き出した。
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ヴィアを部屋まで送った後は、自室に戻って荷物を片付け始めた。これからは使用人のいない生活が始まる。とは言っても、前世では独り暮らしだったのだから片付けくらいは問題ない。手早く鞄の中身をチェストと机の引き出しにしまうと、案内書を手に取った。
『部屋の片付けが終わった者は、一階の食堂で待つこと』と案内書に書かれていた。全員集まったら寮生活の説明があるらしい。
いや、私はあることを知っている。
『胸に抱いた一輪のカトレア』が始まって最初のイベント。公爵令嬢のカサンドラ=ラグドールとの確執が始まり、それをキッカケに物語が始まっていく。
ゲームの設定とは多少違っているところもあるが、概ね問題ない。私は意気揚々と食堂へ向かった。
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食堂にはすでに何人かの子供達が来ていた。残念ながらマンチカン家との交流のある家の子はいない。そしてゲームの登場キャラもいなかった。おそらく彼らは下位の家出身だろう。マンチカン家は侯爵家なので、伯爵家の子なら知っているがそれ以下は交流がない。
私は窓側にある二人用の席にハンカチーフを置くと紅茶を貰いに行った。ヴィアが片付けを終わらしてくるのを一人待つことにする。しかし同位の侯爵家のヴィアでは片付けに時間がかかるだろう。前もって学院の規則を伝えてはいたけど、知っているからと言って出来るわけではない。それならと紅茶をポットいっぱいに淹れて貰い、テーブルまで運ぶ。
背中越しに注目の視線を感じる。互いに顔を知らないからこそ、私が侯爵家以上の者であることは察している筈。その者が戸惑うことなく、流れるように注文して自らワゴンを運んだのだから仕方ないことだろう。しかし使用人や給仕がいないことなどは案内書に書かれている。もちろんゲームをやっていた私は知っていたし、前世での生活では当たり前のシステムであるので抵抗は全くない。しかし貴族の子弟には驚愕すべきことだろう。特に上位になればなるほど。攻略対象の中には面白がる者や受け入れられなかった者がそれぞれいた。
私は席に着くと手ずから紅茶を注ぐと一人で紅茶を飲み、ヴィアが訪れるまでの間、これからのことを考える。
-この後、食事の前に寮母から寮則の説明よね。それでその時、同室のカサンドラが私を追い出しにかかる。公爵家の身分を笠に着て一人部屋を要求するのだけど、そこに生徒会長のディアモンド第一王子が現れてカサンドラ様を諫める筈だけど・・・-
私は内心首を傾げる。
ゲームではそういう流れだった筈だが、学院に来る前に調べたところ、“生徒会”という団体は存在していなかった。それにゲームでは特に気にならなかったが、ここは“女子寮”である。普通に考えれば、生徒会長と言えども女子寮に入ることはないだろう。
-強制力とかが働くのかな?これまでもあったし、今回だって。カサンドラ様と同室になったのもそうよね?ゲームだと私が2位、カサンドラ様が1位で同室だったのに、何故か1位と3位で同室になってるし。調べたらこれまでは1位と2位だったのに今期だけ違うし。この事をお母様に聞いても「あら、そうね」で終わってしまったし-
強制力がいつどの様に働くか、思い返しても共通点は思いつかなかった。ただわかっているのは、そのことを指摘しても、この世界の人間は不自然に感じず受け入れてしまうということだった。
これまで何度考えても答えの出なかった疑問を頭から追い出すと、私は紅茶を一口飲んで一息ついて続きを思い出す。
-え~と、第一王子はカサンドラ様の傲慢さを感じ始めて、健気なアリーシアに興味を持ち始めるのよね。でも、これってどうなのかな?カサンドラが傲慢で嫌気が感じたからといって、王子が勝手に婚約者をないがしろにして良いのかな?ダメ、、、だよね。って言うか仕事だったら完全アウトでしょ。普通だったら上司、この場合は国王か。婚約を決めた国王に相談するよね。仕事で考えたら王子って無能じゃない?小さなトラブルを報告しないで大ごとになっちゃうヤツだ。あっ、ヤバい。第一王子エンドのつもりだったけどダメかも。どうしよう?-
思っていなかった方向に考えが及んでしまった私は軽く混乱してしまった。
そんな時、食堂に現れたヴィアが声をかけてくれたことで私は平静に戻った。
-ちょっと考え直そう-
私は立ち上がり、ヴィアを席に招いた。
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食堂にある大時計が6時の鐘を鳴らした。
直前にカサンドラが食堂に訪れ、今年度入学者が全員集まる。遅刻間際のカサンドラ様の予想外の登場姿にに皆が注目する。彼女は後ろに、何故か認められていない使用人を2人引き連れていた。
-あと、アレって私の鞄だよね。何で持ってるの?-
ヴィアも気づいたらしく、不安そうな目を私に向けていた。どうしようかと私が戸惑っていると寮官のエファンディ先生が食堂に入ってきた。これから寮生活についての説明が始まる。鞄については後回しにせざるえない。ヴィアに苦笑いを向けると、察してくれて苦笑いを返してくれた。
食堂にいる生徒全員立ち上がると、先生に対して右手を左胸に当てて挨拶の姿勢を取る。
満足そうに先生が頷く。
「全員集まっていますね。結構。
121期生の寮監となったエファンディ=サイベリアンです。これから寮生活について説明を始めます。
事前に送りました書類の中に、寮則の物があった筈です。確認していると思いますが、念の為説明します。不明点や疑問点がありましたら、説明後に挙手しなさい。よろしいですね」
先生による寮則の説明が始まった。
-ゲームで朝食や門限の時間とか服装規定は知ってたけど、結構細かく決められてるよね。まぁ前世の学校でもそうだったけど。ただ、ここは貴族になるためだから、かなり厳しいわね-
私は先生の説明を聞き、お母様から聞いた当時の寮則と変わってないことを確認していく。
-120年の伝統を持つ貴族学院。そうころころと規則は変わらないわよね-
開始から30分、ようやく説明が終わった。同期達全員が疲れた様子を醸し出していた。私も含め、高位の者はそれなりに取り繕っているが、疲労は完全に隠し切れていない。しかし、一人延々と話していた先生に疲れた様子は見られなかった。仕事でプレゼンをしたことが何度もあるのでわかるが、30分も一人で喋り続けて疲れないわけがなかった。私は先生の貴族としての立ち振る舞いに秘かに感動していた。しかしすぐに意識を切り替える。この後は待ちに待ったイベント、主人公アリーシアの物語が始まる。
「それでは始めに申しました通り、不明点や疑問点がある者は挙手を」
-来たっ!-
聞いていた子供達の中、唯一カサンドラ様が手を挙げた。
先生から名前を呼ばれるとカサンドラ様が立ち上がり、ついに最初のイベントが始まった。
「ラグドール公爵家のカサンドラと申します。
まず、寮則では『成績の順で部屋を割り当てる』『二人部屋で共同生活をする』とされていますが、私、下位の者と同じ部屋で生活をすることが出来ません。申し訳ありませんが、同室の方には別の部屋をあてがってください。
こちらがその方の荷物です。後で取りに来てくださいませ。
もう一つ。使用人のいない生活など考えられません。ですので、この二人に部屋を用意してください。空き部屋ならどこでもかまいません。
私の要望は以上です。よろしくお願い致します」
カサンドラ様の傲慢さに誰もが唖然としていた。ただ、私だけは鞄の意味を知り唖然としていた。ゲームではさっきの言葉だけだったが、まさか現実では強行していたとは考えもしなかった。
「カサンドラ。寮則は絶対です。一個人の要望で変えることはいたしません」
全員の視線がカサンドラ様から先生に移る。見る限り、先生は怒った様子も焦った様子もない。ゲームでは公爵令嬢の我が儘に狼狽えていたはずだった。
-ゲームと違う?ヒロインと先生を助ける為に王子が登場する場面だけど・・・。来ない、、、よね?女子寮だもんね-
「エファンディ先生、先程から私気になっていることがございます。貴族において、身分は絶対です。確かエファンディ先生はサイベリアン侯爵家の筈。教師ともあろう方が、そのようなことをまさか理解していないとは思えませんが」
「カサンドラ。貴族学院は王国が運営、管理しています。そこで働く私達教師は国に認められた者、寮則は国が決めたモノです。貴女の言葉は、国に反意があると捉えることになります。理解していないのは貴女の方です。ラグドール公爵家では貴女に10年家庭教師をつけていたにも関わらず、常識を身につけることが出来なかったようですね」
「も、申し訳ございません」
カサンドラ様が先生に謝罪するが、その顔は顔を歪んでおり、明らかに納得していなかった。
「謝罪は結構です、カサンドラ。貴族学院は貴族となる者を導く場です。初等教育を施す場ではありません。ただ今をもって、カサンドラを入学取り消しと致します。荷物をまとめて早々に立ち去るように」
「「え?」」
声を発したカサンドラ様と私に視線が集まる。エファンディ先生からは厳しい目を向けられてしまった。慌てて口を閉じて顔を伏せた。
-え?嘘?入学取り消し?-
「そ、そんな!エファンディ先生、確かに私の見識が間違っていたことは認めます。しかし、公爵家の娘を入学取り消しにして問題がないとでもお思いですか。ましてや、私は121期生の首席です。その私を、一教師の判断で入学取り消しにして良いとお考えですか」
あまりにも身勝手で非常識な言葉に顔を上げると、先生だけでなくその場にいた全員が不思議な者を見る目をカサンドラ様に向けていた。
どうやらカサンドラ様は傲慢な性格と言うだけでなく、本当に常識を身につけることが出来ていなかったようだ。そして貴族学院を軽んじていることも。
「カサンドラ、貴女がいかに非常識であるかがよくわかりました。貴族学院を卒業した者が貴族として認められるのです。貴族ではない未成年の貴女には何の権限もありません。それから121期の首席は貴女ではありません。そちらのアリーシア=マンチカンです。案内書に部屋割りと共に書かれていた筈です。目を通していないということですね。これ以上部外者が騒ぐようでしたら、衛兵に連行させます。すぐに退出しなさい」
カサンドラ様は顔を赤くしてワナワナと震えだした。
見かねた使用人の一人がカサンドラ様に囁く。小声ではあったが、静まりかえっていので何を言っているか聞くことが出来た。
「お嬢様、一度お戻りになって旦那様のご判断を仰ぎましょう」
「わかりました。
エファンディ=サイベリアン、覚悟しておきなさい」
カサンドラ様は囁いた使用人を連れて食道を出て行った。
どうやら、まだ状況が理解出来ていないようだった。貴族学院を退学させられた以上、貴族になることは出来ない。そのような者を、ラグドール家がどの様に判断を下すのか想像すらしていないのだろう。
立ち去るカサンドラ様が出て行った扉を見ていると、もう一人の使用人が私の鞄を持って近づいてきた。
「この度はカサンドラお嬢様が失礼を致しました。いずれご主人様から、お詫びの声がかかると思います」
使用人は鞄を置くと一礼し、そのまま食堂を後にした。
あまりにも予想外の出来事に、私達はカサンドラ様達が出て行った呆然と食堂の扉を見つめていた。
「パンッ」
静まりかえる食堂の中、手を叩く音が響いた。
呆然としていた私達は反射的に音のした方に振り向く。
手を合わせたエファンディ先生が、満足そうに微笑んでいた。
「それでは皆さん、寮生活についての説明は以上になります。質問や要望があればいつでも私の部屋に来なさい。私の部屋は、食堂とは反対の階段右側の区画、その突き当たりにあります。
それではこの後は夕食になりますが。アリーシア=マンチカン」
「は、はい」
ゲームとは違う、今まで読んだ小説にもなかった展開に呆然としていた私は、突如名前を呼ばれて上ずった声を出してしまった。
「鞄を自室に置いてきなさい。同席しているのはベディヴィア=アメショーですね。アリーシアを手伝うように。片付けは後にしてすぐに戻ってきなさい。それ以外の者は各自夕食を受け取り、食事をとるように」
先生が食堂を出て行くと、張り詰めた緊張感が一気に霧散する。その場にいたほとんどの者が思わず溜息を漏らしてしまっていた。
ヴィアと顔を合わせると、どちらからともなくお互い苦笑いを浮かべた。
「え~と。ヴィア、鞄を部屋に運ぶのを手伝っていただけるかしら?」
「もちろんです。え~と、では行きましょうか」
私はヴィアに鞄を一つ持ってもらうと、食堂に残った子達の視線を背中に受けながら部屋へと向かった。
-悪役令嬢が入学前に退場?あれ?なんで?-