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助けを呼ぶ声は増える


 自宅から少し離れた場所に小さな建物が建っている。

 普通の小屋よりは少し頑丈に建てられたそれは俺の兄貴が使っている小屋だ。兄貴が高校生になってから一人部屋がいいと言って、使ってなかった小屋を自分用に改築したのだ。

 小屋の中は完全に部屋となっていて漫画やゲーム機、テレビにギター、パソコン等、娯楽に満ちている。うちの両親はそっち方面に厳しいから兄貴は自分だけの部屋が欲しくてこの小屋を選んだのだと俺は考えている。

 さて、なぜ俺が兄貴の部屋の中を知っているのかというと、簡単だ。数年前に兄貴の目を盗んでスペアキーを作ってから、無断で鍵を開けて兄貴のいない時間に上がり込んでいるからだ。


 両親が働きに出て兄貴が大学に行っている間、俺はいつものように兄貴の部屋に入った。

 夏場の湿気でむわっとする室内はじっとしていても徐々に汗が垂れてくる。おまけにここは独特の匂いがして長時間居たくないのだ。

 兄貴もこの匂いは嫌なのか、芳香剤を何個か置いている。一番良い方法は空気の換気をすることだが、窓を開ければ俺が居たという痕跡を残してしまうのでここは我慢だ。

 入ったことがバレないように物に触れないようにして、俺は棚に置かれているラジカセの電源を入れる。

 この時間帯に俺の好きなアイドルがやってるラジオがあるのだ。それを聞く為に俺はいつも兄貴の部屋に忍び込んでいる。

 音量を調節して、俺はベッドを背もたれにして床に座る。

 よれたTシャツの裾を掴んでパタパタと風を送っていると、軽快な曲と共に女性の声が聴こえてきた。


 『今日も暑いですねぇ〜! 皆さん水分摂って行きましょー!』

 『ねぇ〜、暑いよね〜! 今日もスタジオに来るまでにいっぱい汗かいちゃって……』


 彼女達はキャッキャッとはしゃぎながらもコーナーを進めていく。


 ああ、今日も可愛い。

 好き。

 彼女達のラジオを聴く為ならこんなクソ暑い中でも我慢出来るわ。


 汗だくになりながら黙って聴いているとやがて内容はファンからのお便りコーナーへと移っていった。


 『マイマイ、ちゃむすけ、こんにちは! いつも楽しく拝聴しております。この間の流しそうめんの回なんて……ザザッ……くて、思わずツッコミを入れてしまいまし……ザッ……ジジッ……』


 音声が急に途切れ、雑音が混じる。

 俺は特に何をするわけでもなく、暫くそのままで聴いているとその雑音は酷くなった。


 『ええー! そう……ザッ……んだ!?』

 『……ですよ……でもスタッフさ……『けて』……でぇ〜』


 雑音に混じってマイマイの声とは違う声が聴こえた。


 なんだろう。このラジカセ古いから壊れてきたのか?


 流れ落ちる汗を拭いながら視線はラジカセへと向かう。

 ジジッ、ジジッと彼女等の話を遮るように音が途切れる。

 もし壊れているのなら俺にはどうしようもない。そもそもこのラジカセは兄貴のだから直す訳にも、壊れているよと教える訳にもいかない。

 その日の俺はそんなことを考えながらいつも通り音量を戻して、自分のいた痕跡を消して小屋から出た。


 それから四週間経った。

 ラジオから聞こえる雑音は徐々に酷くなってきている。初めこそ故障かと考えていたがよくよく聴けばどうやら違うようで。

 マイマイとちゃむすけとは違う誰かの声が、雑音に混じって聴こえてくるのだ。

 俺は不気味に感じたが実害はないし、可愛い彼女達のラジオを聴きたいという欲求の方が勝って今現在もこうしてラジオを聴き続けている。


 『そうそう! 同じメンバーのちー……ザザッ……と一緒にゲームしてて『……い』その時に『けて』……ジジッ、ザーッ』

 「ッ!!」


 まるでテレビの砂嵐のような大きな音が急に流れてきた。

 ザァアアアアッと隙間なく流れてくる爆音に俺は驚いた。次いでどうすればいいのかという焦りが襲い、得体の知れない不安が駆け上がる。俺が突然のことに固まっていると、棚に飾ってあったCDが落ちた。兄貴の好きなバンドのCDだ。

 カシャンッと音を立てて落ちたそれに俺は息を呑んで凝視する。

 いつの間にか砂嵐は止んで、マイマイとちゃむすけのいつもの楽しげなやり取りが聴こえてきた。

 マイマイ達の笑い声が可愛い。が、今はもうそんな気分じゃない。

 バクバクと音を立てる心臓がうるさい。

 俺は電源を切って、落ちたCDを戻して小屋を出る。壁に手をついて靴を履こうとした時に、下駄箱の上に飾ってあった写真が視界に入った。

 兄貴と一緒に笑顔で写る女性……行方不明になっている兄貴の彼女だ。捜索願いは出しているらしいが、手がかりが一つもなく行方不明になってから二年以上は経っている。

 俺は写真立ての縁が濡れていることにふと気が付いて、拭おうと手を伸ばした。


 ああ、可哀想に。


 指先が水滴に触れそうになった瞬間、俺はふと我に返った。


 なんで濡れているんだろう。

 水場でもないのに。


 そう考えると一気に血の気が引いて、俺はすぐに手を引っ込めた。

 さっきの出来事を脳内から振り払って俺はバッと飛び出した。

 扉を開けた瞬間むわりと襲ってくる湿った熱風に思わず安堵する。さっきまで気にもしていなかった蝉の声がやけに大きく聞こえて、俺は足早に自室へと戻った。

 普段なら誰もいない我が家だが、今日は母親が早く帰ってきたらしい。自室へ入る前に運悪く母に見付かった俺は呼び止められてしまった。


 「アンタ、出てきたと思ったらそんなだらしない格好して……いつまでうちに閉じこもってる気だい? 父ちゃんも母ちゃんも近所の人らにアンタのこと訊かれる度にどんな思いしてるかわかってるのかい!」

 「……うるせぇな」

 「なんなのその態度は! いい!? お盆にはアンタも爺ちゃんとこ行くんだからね! 親戚が集まるってのにアンタのせいでうちだけ行かないってなったら何言われるかわかったもんじゃない! ちょっと聞いてんの!?」


 甲高い喚き声に舌打ちする。

 もう聞きたくないと俺は無視して自室へと逃げ込んだ。鍵を回して完全な俺だけの世界をつくる。

 外は未だに煩いが暫くすれば静かになった。

 訪れた静寂を確認して俺はベッドへと倒れ込む。


 もう何も考えたくない……。


 沈む意識の中でそんなことを思いながら瞼を閉じた。



 兄貴の部屋で起きた不気味な体験をしてから三週間、俺は一度もあの小屋へ行っていない。

 しかし、今、俺は小屋の鍵を握り締めて小屋の前に立っていた。

 小屋へ行かなかったのは怖かったからという理由だったが、あの体験から時間が大分過ぎた今、その恐怖も記憶から薄れてきている。


 今ならあの部屋でラジオを聴けるかもしれない。

 それに今日はゲストにゆっきーが来るし……よし、行こう。


 決意をしたら早かった。

 俺はさっさと鍵を開けて中に入る。乱雑に放り出された兄貴の衣服を跨いで、いつものようにラジカセの電源を入れて、定位置へと座った。

 流れる汗を拭いながら待っているとゆったりとした曲が流れてくる。


 『こんにちはー! 本日も元気いっぱいマイマイと!』

 『夏バテでぐったりのちゃむすけがお送りします』

 『あははっ、夏バテなの? 大丈夫?』

 『ふふっ、大丈夫大丈夫』


 笑いが絶えることなく進んでいく。

 やがてゲストのゆっきーも加わり、次のコーナーへと移る。今のところ雑音もない。

 これは大丈夫かなと気の緩んだ俺は胡座をやめて足を崩してベッドへと背を預けた。両手を軽く床について体重を支える。

 天井を見上げながらラジオを聴き続けているとジジッと音がした。俺は来たッとラジカセに視線を向けた。


 『さてここでリクエ『ザッ……ザザッーーして……』た曲を流した『……こよ』います!』

 『夏にピッタリの『ガッ……ザザァアアアア!!』』


 前回とは比べ物にならないぐらい音が大きい。俺がラジオを止めようと立ち上がると砂嵐のような音はピタリと止んだ。

 瞬間。


 「私はここよ……開けてちょうだい」


 耳元から女の声が聞こえて、右足首を何かに掴まれる。


 「ッ…………うわぁああああッ!!」


 あまりの出来事に俺は一瞬息を詰まらせ、飛び上がった。

 振り払うように叫んで後ろを振り返ったが誰もいない。下を見ても誰いないが、足を掴んだとわかる人の手形がくっきりと鬱血して浮かんでいた。

 ドッドッ、ドッドッと煩い心臓を押さえ、俺はベッドから後ずさった。


 何かいる。この部屋に何かいる! 


 女の声も吐息も掴まれた足の痛さも本物だ。


 べ、ベッドの下にいるのか……?


 俺は震える手足を無理矢理動かして跪いた。

 ラジオからはもう雑音も誰かの声も聴こえない。

 頭を低くして恐る恐るベッドの下を覗き込む。



 するとそこにはこちらをジッと見詰める女の首が!!



 ……なんてことはなく、ベッドの下は何もなかった。

 左端の方に小さな衣装ケースが置いてあるだけで他は何もない。あるとすれば壁際の床の木の板が少し捲れていることだろうか。きっと古いせいだろう。おかしくはない。

 俺は詰めていた息を吐き出して立ち上がった。

 これ以上聴く気にはなれず、ラジオを止めて小屋から出る。自室へ戻る途中、居間に掛けてあったカレンダーが目に入った。


 ……ああ、今日から盆か。

 母さんがうるさいな。


 緊張が解けたせいか脱力感に襲われ、俺はそのまま自室へと閉じこもり、暫く誰とも会わなかった。




 それから数ヶ月後、冬の季節に兄貴は殺人の疑いで逮捕された。

 被害者は兄貴の恋人……あの写真立てに写っていた女性だ。

 前々から警察は兄貴が怪しいのではと目星をつけて捜査していたらしいが、ついに証拠を掴み逮捕に踏み切ったそうだ。

 取り調べのもと、観念した兄貴が白状したのは、殺害した恋人の遺体場所だった。

 それは兄貴が使っている小屋のベッドの床下……俺が劣化で捲れていると思っていた場所だった。供述通り床下から白骨化した遺体の一部が発見され、鑑定の結果、遺体は恋人のもので間違いないとされた。

 あり得ないと取り乱す両親とは対照的に兄貴は終始無言でいたのを今でも覚えている。


 殺人者の家族となった俺達に世間は厳しくなった。

 連日連夜、週刊誌やテレビ局の連中が家に押しかけるようになった。玄関のドアには赤いインクで死んで詫びろと書かれていた。石も投げ込まれて窓ガラスが割れてしまった。外に一歩出ようものなら記者に囲まれ、近所の人から白い目で見られる。


 休まる時なんてない。


 最初は何故どうしてと悲嘆に暮れていた両親も、積もるストレスに徐々に口論へと変わっていった。小さな口喧嘩はやがて大きな音を立てるようになる。

 二階にいてもわかるほどの音を立てて陶器の割れる音がする。母の悲鳴も父の怒鳴り声もいつものこととなってしまった。

 世間はもう俺達のことなんて忘れてるのに。

 ずっとずっと、家の中では音が渦巻く。

 割れる音、殴る音、助けを呼ぶ声、喚く声、嗚咽、倒れる音、死を願う声、水の音、悲鳴、引っ掻く音。

 それらを拒絶するように俺は耳を塞いで息を殺す。


 けれども、ある日を境に我が家は静かになった。

 俺はふとマイマイとちゃむすけのラジオが聴きたくなって部屋を出た。ふらりと中に入った小屋は当時警察が荒らしていったままだ。いくつかの物は押収されて無いが、棚の方を見るとどうやらラジカセは持っていかれなかったようだ。


 良かった。


 いつものように俺はボタンを押して、床に座り込んだ。

 流れてくる音の中に雑音も女の声もない。


 「……少し臭うな」


 最初こそ気にしていたが久しぶりのラジオにそんなことすぐに忘れた。

 可愛い、癒しだとほくほくしながら、満足した俺は小屋から出る。


 パタンッ。


 背後から音がして振り返ると、下駄箱の上に飾ってあった写真立てが倒れていた。

 俺はそれを無言で見下ろして…………ドアを閉めた。



【終】

**********


ホラー目指して頑張ってみました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


さて、両親は何処に行ったんですかね?


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