魔法使いになりたい
「魔法とか使いたい」
少女は言った。
「それで何するの?」
少年は言った。
「空を飛びたい。火とか水とか、氷だの風だの、思っただけで指先から出したい。自分の体は、自分という魂を縛り付けるものではなく、解き放つものだといい」
少女は謳った。
「自由になりたいってこと?」
少年は疑問を呈した。
「そうだね」
少女は肯定した。
「なら魔法以外でもいいのかな」
少年は首を傾げた。
「たぶんきっと、そうだろう」
少女は囁いた。
「それはたとえば、金持ちになるとか」
少年は例を挙げた。
「そうだね。宝くじ当たりたい。富豪とか石油王の子どもに生まれたい。一生働かないで遊び呆けたい」
少女はわらった。
『自由に、なりたい』
少女は溢した。
『自由って何?』
少年は聞いた。
『あらゆる柵がないこと』
少女は返した。
『柵っていうのは人間関係?』
少年は具体例を聞いた。
『それもある』
少女は肯定だけ返した。
『それ以外って何?』
少年はわからなかった。
『それはたとえば、食べること。食べなければ生きられない。食べなければ苦しい。私は食に縛られている』
少女は苦しそうだった。
『それはたとえば、感情のこと。楽になりたいと思う心がなければ、苦しみはない。愛されたいと願わなければ、憎しみはない。私は心に支配されている』
少女は苦しそうだった。
『それはたとえば、生きること。生きているから心がある。生きているから動きがある。全てを停滞に沈めることはできない。私は生に溺れている』
少女は苦しそうだ。
“楽に、なりたい”
少女は空を見上げていた。
“それが君の願い?”
少年は問うた。
“そう。楽になりたい。働きたくない。人に関わりたくない。考えたくない。苦しみたくない。ずっと、眠りたい。……生まれたくない。死んで、しまえたらよかったのに”
少女は泥のような目に青空を反射させていた。
“そうか”
少年は青い瞳で少女の指先を眺めた。
そして教室からは誰もいなくなった。