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【改稿前】Fallen Heaven  作者: 甘宮るい
第一章/前編 Inferiority of life
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第一章/4話 「ボーナスステージ」





「おはようございます! 昨日は大変でしたね。僕はあんまり覚えてないんですけど! 魔獣に襲われそうになるなんて!」

「おはよう」


 あのまま眠っていたらしい、目が覚めると外の光が部屋に差し込んでいる。

 この場所には朝が来るんだな。


「あきらさん、変な夢でも見てました? なんかさっき、寝言を言ってたように聞こえて」

「……覚えてない」

「うーん、不思議ですね」


 夢の内容は覚えていなかった。ただ、なんとなく彼女の夢を見ていた気がする。


「でも、怖い夢じゃなくてよかった」

「……颯真は? 体は平気か」

「はい! ウェスタ―さんが昨日、今日はひよちゃんを病院に迎えに一緒に行こうって言ってくれて!」

「よかったな」

「一緒に行きましょう!」


 今日は昨日に比べて一段と勢いがあるな、心なしか気圧されてきている気がする。


「俺は役所で聞かなきゃいけない説明がある。だから、先に行っててくれ、後で合流するよ」

「あ、そっか。昨日言ってたあの件ですか?」


 ニヤニヤとしながら颯真が首を傾げる。一瞬、ひっぱたきたくなったがそれはやめておく。


「ああ、昨日のことだよ。そんなに時間はとられないはずだけどな」

「じゃあ早く終わったら役所の前で待ってますね、ウェスタ―さんとひよちゃんと」


 ウェスタ―さんには聞きたいことが沢山あるが、日和さんや颯真の前で話すのは不可能に近い。この調子だと当分は無理かもしれないな。


「わかった」


 俺自身が彼のところに出向くしかないがそれも上手く交わされそうだ。仕方ない。


 それから俺は一向に状況の整理が進まないまま、颯真と宿の中を見て回った。目が覚めてすぐだというのに半ば無理やりに振り回された。

 昨日あったはずの頭痛も体の痺れも本当に全てなくなっていた。違和感もなかった。

 俺たちがウェスタ―さんに運ばれてきたこの場所は、ヴェートの国民のための宿舎だった。役所が管理しているものらしいと颯真が俺に説明した。 

 玄関を入ってすぐの扉に小さなシステムキッチンと大きなソファーが向かい合ったリビング、玄関から廊下の突き当りにハンモックが2つとベッドが2つ並んだ寝室、トイレ(前世の洋式トイレそのままだった)と洗面の向こうは露天(ろてん)風呂になっていた。露天風呂には2階(この宿舎は2階建てで1階と2階が分かれていて別々に使用できるらしい)からの階段もつながっていた。共同らしいその露天風呂は、前世の温泉にあったような広々とした露天風呂で、温泉が湧いているのか湯気が出ていた。シャワーのようなものはなかったが、体を洗う目的だと思われる湯をためている場所が2ヵ所あった。

部屋はそれだけだったが、宿舎にしては充分すぎる広さだった。

 木造(もくぞう)の暖かい雰囲気で、綺麗な宿だ。居心地も悪くない。



 ある程度、ヴェートの宿の探検に満足した頃には若干の空腹を感じていた。それは颯真も同じだったらしく、どうしようか話していると昨日俺たちを先導していたヴェートの役員のリシュリューさんが訪ねてきた。(明るいところで見ると制服に名前の刺繍(ししゅう)が施されているのに気が付いて、名前はしっかり読むことができた。)



 そして、向かい合って話している今の状況に至る。


「この世界でも喉も乾くしお腹も減るの。前世に比べたら、そこまでってほどでもないと思うし前世みたいに必ず食事をしないといけないわけでもない。けれどここに来たばかりの今は前世あった欲求が強く残っていると思う。宿舎にいる数日間の朝食と夜食はヴェートが用意します。それ以降に関しては、これから生活する地域を選んで行くと思うけどその時にその地域で聞くといいわ。ちなみに地域選びでいろんな場所を訪れるのはいいけど、朝が来ない地域だったり危険な魔獣の生息する地域だったり、いろんな特徴があるから。まぁ、役員やウェスターに聞くなりして、注意して行動して。ちなみにこの周辺、役所のある都心だって陽が指す時間は少ないから、魔獣を見かけても近づいたりしないことね」


 学校の先生を思い出させる話し方の彼女は、昨日とは違って髪を流していた。ヴェートの役員の制服であろうコートから覗く肌は白い。柔らかい桃色の瞳に長いまつ毛が伸びている。表情も凛々(りり)しい。ゆっくりとしてそれでいて大人びた仕草は時折(ときおり)、彼女がこの国の規律正しい役員であることを感じさせた。

 颯真はこういう分かりやすくしっかりとした女性が苦手らしい。隣でおろおろとしている。


「じゃあ、これ。ウェスタ―が作ってるパンと、それからヴェートの湧き水」

「ウェスタ―さんのパンですか!?」


 簡単な説明を俺たちにし終えた彼女は小さなテーブルの上に(かご)(びん)を置いた。

 彼が本当にパン屋だったことに驚くのも束の間、リシュリューさんと目が合う。とりあえず愛想笑いを返した。


「見た目はおいておいて、まぁ味は前世のパンに近いものばかりよ。口に合うと思うわ」

「ありがとうございます」

「食事のあとはそのままにしておいていいからね」


 リシュリューさんは颯真が早速、食べようとしているのを見て嬉しそうに笑う。そのあと俺に食事  の後に役所に来るようにと言伝(ことづて)を残してすぐに帰ってしまった。

 黙々と食べ勧める颯真の横で、俺が最初に口に運んだ丸いパンは桃のような味のするジャムパンだった。少しずつ緩和(かんわ)されていく空腹感の代わりに若干の高揚(こうよう)が生まれる。


「美味しいな、これ」

「死後の世界って実感がない! 生きてるみたいです! それにすっごくおいしい!」


 両手に持っていたパンを食べて落ち着いたらしい颯真がはしゃぐ。

 少し緑色っぽい生地をしたパンと雪のように白い生地のパンがほとんどで、見た目は今までのそれとは異なっていた。だが、その味はどれも前世に食べ覚えのあるものばかりだった。

 ウェスタ―さんのパンはあっという間になくなった。クリームシチューが蕩け出すパンや中に野菜が入った揚げパン、果物のジャムパンに甘いラスクまであったのにすぐになくなった。どれもとても美味しく、食べやすかった。


「ここの世界は、前世を元に作られてるんだろうな」


 セカンドヘヴンは最初どういう場所だったのか、いつからあったのかはわからない。宿舎の中の家具でさえ、前世の様子や物に近づけようと作られたようなものがいくつもある気がする。

 きっと徐々に今のセカンドヘヴンへと変わっていったのだろう。


「天国じゃないけど、んっと今までに近くてなんだか、なんていうかボーナスステージみたいですね! 前世との違いもたくさんあるけど、そこまで違わないって言うか」


 抱こうとしなければ不信感もない、安心さえできそうだ。


 この世界にやってきた10年前の彼女は、その時この世界のことをどう思っただろうか。

 その時のセカンドヘヴンはどんな世界だったのだろうか。





 それから少しして、俺は役所へ向かった。

 颯真はヴェートの地域のことを調べながらウェスターさんの迎えを待つらしいので1人で向かうことになった。

 役所への道は迷うかと思ったがそうでもなかった。意識が落ちたあの場所までの道のりはもちろん大体覚えていたがそこから先がわからなかった。宿舎を出てからどの方角かすらわからなかった。ついさっきはリシュリューさんに道を聞こうかと悩んだが、理由を問われるとお道化(どけ)るほかに返す言葉はない。俺とウェスタ―さんとラズト以外はあのことを知らない。颯真はウェスターさんの説明で納得している様子であまり気にもしていないようだった。ラズトは俺に危害を加えていないわけではないが、白の法典に手を出そうとした俺への正当防衛と言われればまったくその通りだ。立場上の問題はあるかもしれない、けれどウェスタ―さんが言った通りグリーズに目を付けられるのも得策でないし、何かあったのかとリシュリューさんに疑いの種を残すようで(はばか)られた。

 幸い役所は宿舎からそこまで遠くなかった。なんとなく辺りを歩けば、少し遠くに役所が見つけられた。

 もちろん白の法典の地図を頼れば時間の無駄はなかっただろう。途中、そうしようかとも思った。だがどうしても白の法典を開く気にはなれなかった。




 昨晩に比べ、明るくなってからの役所はより迫力があった。昨日はそこまで気にも留めていなかった周辺の花壇には綺麗な淡い桃色の花弁を大きく開いた花がいくつも咲いていた。



 階段を上り役所の大きな扉に手をかけたその瞬間、妙な違和感が走る。

昨日と何かが違うような気がした。一度、手を放す。誰かに見られている気さえしてくる。気のせいにはできない気色悪さだった。

 引き返すべきか、だがどこに逃げる。グリーズの人間なら宿舎に逃げても意味がない。

 思考を振り払ってもう一度、取手に触れる。おかしい。途端に、視線と違和感が消える。


 なんだこれ。


 湧き上がるような疑心を抑え込み、覚悟を決めるように息を吐いて正面を見る。一層の力で役所のドアを開けた。






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