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【改稿前】Fallen Heaven  作者: 甘宮るい
第一章/前編 Inferiority of life
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第一章/2話 「ここじゃなきゃ殺してた」




 家庭の暖かさなんて知らなかった。他人からの善意を受け止められるほどの余裕もなかった。理想を押し付けられて自由を(うば)われる中で期待を捨てた。結果だけがすべてだと教えられた。才能がない人間には価値がないと何度も聞いた。

 そんな俺を救ってくれたのが彼女だった。唯一、彼女だけだった。

 だからこそ絶対に彼女を理解したい。彼女の一番の味方で居たい。彼女の一番の理解者で居なければならないと思う。彼女を孤独から守らないといけない。


 それが、彼女と居た頃の俺の考えだった。






 俺の数歩前で、颯真とラズトという役員が楽しそうに魔獣の話をしている。この世界にほとんどの不信感を抱いていない颯真にとって、この世界にしかないことについての話題は効果的だ。

そうやって白の法典を見せながら話をする。

 実にいいやり口だ。


 俺には目の前の役員が胡散(うさん)(くさ)く感じて仕方がない。


「あれ、ラズトさんの白の法典ってヴェート以外にもページが」


 その瞬間の颯真の言葉に耳を疑った。


 ヴェート以外のページ、頭が文字に塗りつぶされていく。

 颯真にはそれがヴェートのものではないことが判別できた。颯真の白の法典の新しいページ、ヴェートのページの淵には双葉(ふたば)紋章(もんしょう)が小さく書かれていた。きっとその紋章が違うのだろう。ということは、どこのものなのか。胡散臭い目の前のコイツはヴェートの役員と説明していたはずだ。他人の白の法典が使用できるかはわからないがやってみる価値はある。いや、日和さんの白の法典は開けなかったはずだ。けれどもし、可能なら。もしそれがグリーズのものなら、彼女のことが何かわかるかもしれない。コイツがグリーズの役員で、ここに送られてきている可能性は充分ある。全てが想像の域を出ないとしても、何の糸さえ(つか)めていないとしても。

あの時、白の法典は個人情報を教えることはできないといった。だが、知らないとはいっていないんだ。

 俺の体が動いた瞬間、目の前で颯真が倒れた。その寸前、颯真はラズトの白の法典に触れようとしていた。触ると倒れるとは思えない。実際、颯真の白の法典に俺は触っている。まぁ、なんだって関係ない。人間なら気絶くらいさせられるはずだ。颯真も重症には見えない。どうせ気を失っただけだろう。

 どうしても俺には確かめなければならないものがある。


 ラズトが俺の方を振り返る。それと同時に自分のものとは思えない速度で体が動く。

 俺は彼女のためになら、なんだってしないといけない。そうしないといけない、から。

 一瞬で距離を詰めて、首を軽くつかみ右足を相手の右足にかける。ラズトが驚いたような表情を浮かべ体制を崩す、(かす)れた(にぶ)い息の音が聞こえる。

 やったと思った直後、頭に強い衝撃を感じて倒れ込んだ。


「殺す気で来なきゃ甘いよ、それだけ才能があるのに情けないな」


 俺を睨みつけるラズトの顔が歪む。情けなくさまよう左手が、彼の白の法典に伸びる。目の前のラズトは怯むこともなく当たり前のように顔で俺を(にら)みつけていた。


「ここじゃなきゃ殺してた」


 容赦(ようしゃ)なく俺の左手をラズトが踏みつける。変な空気が肺から()れた。


「さて? またリセットでもかけてやるか」


 ラズトの白の法典がペラペラと音を立てて(めく)れていく。瞬間、灰色の王冠(おうかん)のエンブレムが書かれたページが見えた。体のどの部位にも力が入らない。動かしたくても動かない。視界すらぼやけていく。


「恵まれた才能があるのにそうやって溝に捨てるお前みたいな人間がずっと前から大嫌いなんだ。何も知らないからって、(おご)ってさ。そうやって努力しても届かない人間を無意識に馬鹿にしてる、そういうヤツを見ると虫唾(むしず)が走るよ」


 ラズトの手が俺の(ひたい)に当てられ、白の法典を持っているだろうラズトの左手の方から淡い光が漏れる。冷静で居られなかった自分を、悔やんで目を閉じる。

 俺は一体何を勘違いしていたんだろう。


「おいおい、ラズト。久しぶりだなぁ」


 突然、耳に入ってきたのはウェスターさんの声だった。


「ウェスタ―……」

「呼び捨てにするほど偉くなったのか」


 ウェスタ―さんの真剣な声に、ラズトが舌打ちしたのがわかった。


「またヘマでもしたか? グリーズの犬になったって聞いてから心配してたんだぞ」

「ヘマなんてするかよ」

「じゃあどうした? リセットなんて、特例二〇〇以上の案件くらいだろ」

「何で、何でそれを知ってる」

「ラズト、お前が閲覧できるレベルなのか? お前がそんな身分だなんて知らなかった。俺はお前がグリーズの特殊任務でミスをしてヴェートの役所管理任務に送られたって聞いたんだがな」

「お前に何がわかる! 他人のミスを被せられて」

「庇ったんだろ」

「クソッ」

「やめとけラズト。お前の身分が知れるってだけで、特例四〇五処置をするな。別に問題はないんだろう? そんな業は自分から背負うもんじゃない」

「……」

「油断したなぁ、ラズト。そういうお前自身の爪の甘さがいつか問題を起こすぞって、俺は言わなかったか?」

「……関係ない」

「尾を引くぞ」

「……」

「これは八つ当たり紛いの違反行為だ。待遇(たいぐう)に納得がいかないのはわかるがお咎めがないからってそんなことして何になる。お前は努力してここまで来たんだろう、無碍(むげ)にするのか自分の気持ちを」

「でも」

「ラズト、ここは俺が責任をもって納める。アキラのことも許してやれ」

「……」

「俺に免じて、な?」


 沈黙が流れる、長い沈黙だった。

 押し黙ってしまったラズトの表情は視界の隅でぼやけて読み取れない。


「おい、聞こえてるんだろ。次は覚えてろよ」


 会話を聞き取るので精一杯だった俺にそういうと、ラズトは白の法典を閉じた。そして、立ち上がった。砂利(じゃり)を踏むラズトの足音が遠ざかる。


「はっは、大きくなったなぁ。魔法を教えてくれーってパン屋の俺に言いに来たときはびっくりしたんだぞ」

「パン屋のくせになんで内情まで知ってる」


 ウェスターさんの声よりも遠くで、ラズトの声が聞こえた。


「お前が気になってな、ちょっとな!」

「っち、ほっとけよ。やりすぎてんじゃねぇよ」

「お前も変わってないな、本当に」

「いいよ。あとは任せる」

「また店に来いよ!」

「俺は忙しいんだよ……」


 地面から伝わる足音がなくなる。

 どうしても起き上がれずなんとか声を出そうとしたところでウェスタ―さんに、宿まで連れてってやるからと言われる。颯真をロズに乗せたのを見て、意識が落ちた。






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