第一章/41話 「随分とご執心だな?」
アーロンが拠点に戻ってきた後、すぐにタクマも戻ってきた。2人は拠点の周辺の見回りを任されていた。
「アキラ! リョウマ! 戻ってきました。特に異変はなかったですよ!」
アーロンのペースは変わらない。この絶妙に明るい敬語のおかげで何とかタクマを含めたやり取りの雰囲気が保たれている気がする。
「おう、おかえりぃ。そりゃぁよかった」
「アキラさん、リョウマの説明で理解できましたか? 僕が説明してもよかったんですがね」
タクマは少し嫌味を含むような物言いをしながら、じっとリョウマを睨んだ。
明後日までとは言え、気まずい。
「ある程度、理解できた。一応、リョウマにもう少し話を聞きながら本番に備えるさ」
「あぁ、そうですか」
少し不満気だが、これ以上どう返答しろと言うのだろうか。
「俺だって少しは役に立つってこった」
そこからの会話が面倒になった俺は、何もかもを苦笑いで流した。
口論になりかけたタクマとリョウマの勢いが落ち着いてくる頃、シュウセイが川から戻ってきた。飲み水の調達に行っていたシュウセイの両手には明らかに重たそうなポリタンク(らしきもの)が揺れている。
「シュウセイ、ミシャーレは?」
「川の近くの果物を採取している、すぐ戻ってくるだろう」
「へぇ、珍しいな?」
「何がだ」
両手の荷物を地面に下ろし、顔を上げたシュウセイがそう返す。
「いつもお前、ミシャーレとずっと一緒だろ。っていうかミシャーレがついてまわってんだろ」
「……まぁ、そうかもしれないな」
「今日は待っててやらねえのか?」
タクマとアーロンもシュウセイへ意味有り気な視線を投げる。
「アキラを迎えに来ただけだ。これから定点視界設置に行くだろう。ついでにこの周辺の地形も覚えてもらわなければいけないからな」
どうかしたか、と投げ返すような表情でシュウセイはそう言った。
「ふぅん? それならいーんだけどなぁ、なぁシュウセイ」
「なんだリョウマ」
「アイツが居るから我慢してたんだけどよ」
「ミシャーレが居るから、“何を”我慢してたんだ?」
言ってみろ、と煽るような言い方だ。これじゃあ、リョウマは言い淀みもしないだろう。
ああ、できればグループの問題になんて関わりたくなかった。出そうになるため息を飲み込む。
「サクラが、サクラがって俺の話は聞かねえ癖におめぇ……随分とご執心だな?」
数秒の沈黙が流れる。
「俺は知ってんだぞ……シュウセイ」
立ち上がって一歩、シュウセイに近づいたリョウマがそう脅す。
「ご執心なんて表現は良くないんじゃないか? リョウマ」
シュウセイの声のトーンが元に戻っている。不自然なほど。ふと、視線をアーロンとタクマに向ける。タクマは視線を泳がせ、アーロンはいつもより落ち着いた表情で2人を見据えている。
「俺たちはただのチームメンバーだろ?」
全てを抑えつけ、制止させるような圧のある視線だった。少し首を傾げ、目を伏せる。普段より角度が付いた顎が最終決定権を有するリーダーである立場が故の態度を強める。
「リョウマ、少し落ち着いたほうがいいですよ」
アーロンが立ち上がり、そう言う。
「さてアキラ、これから定点視界の設置に行く。ついて来てもらえるかな?」
何もかもを都合よく流すつもりらしい。わざとらしくため息をつきたくなるが、仕方なく抑えておく。
「わかった」
立ち上がり、速足で道を戻るシュウセイの後を追った。
迷いのない足取りで進んでいたシュウセイは、拠点から少し離れてやっと口を開いた。
「見苦しいところを見せてしまったね、申し訳ない。」
何も問われたくはないのだろうが、そういう気にはなれない。
「明後日が討伐に向かう日だろ? このままで……連携には問題ないのか」
言葉を選んだつもりだが、シュウセイは振り返ろうともしない。
「アキラには迷惑をかけないようにするさ」
先ほどよりもずっと小さな声でそう返答が聞こえた。
それからシュウセイの後を追って森を進んだ。川の潺に気が付いたころ、ミシャーレが俺たちに手を振る姿が見えた。
「ごめん、遅かった?」
「いや、大丈夫だ。このまま定点視界の設置に行こうと思って戻ってきたんだ」
「うーん、じゃあこれはどうしよっか」
ミシャーレの両手には転がり落ちてしまいそうなほどの木の実があった。
「一度、拠点に戻った方がいいかも。持っていけるかなぁ」
不味い、気がする。あの雰囲気の拠点に引き返すのは……。
「分かった。俺が拠点に戻ろう。後から向かう、とりあえず先に二人で進めておいてほしい」
「はーい、いいよー」
柔らかい笑みを浮かべたミシャーレはそう言うと、両手の木の実をそのままシュウセイに渡した。
「アキラもそれでいいよな」
「……ああ」
できれば俺が拠点に戻る頃には雰囲気が良くなっていればいいな、と頭の隅で考えながら適当にそう返答した。




