序章/4話 「天国にすら救いがないなんてね」
船内のカフェ店員にお礼を言って席を立つ頃に、船はヴェートへと到着した。ヴェートでは俺たち3人を含む9人が下船した。ヴィオレットに比べれば三分の一ほどだった。
もちろんヴィオレット以外の国でも魔法は使えるが、セカンドヘヴンで魔法技術の最前線を行くヴィオレットに興味が出るのは当たり前だろう。
ヴェートで下船した俺以外の9人はヴィオレットで下船した人たちよりも魔法の才能が明らかに劣っていた。緑、深緑、黄緑、黄色……平均ではあるが、前世への未練を解消するために魔法があると説明されれば、ヴィオレットから自然と彼らの足は遠のいてしまうのだろう。
たとえ、興味があっても。
彼女はこの差別を生むような区分けを忌み嫌っただろうな。俺も、いい気はしなかった。
これが神の作った天国なら、なんて救いのない世界なのだろう。
それも、俺が思ったところで嫌味にしかならないだろうか。
下船してから、ヴェートの役員だと名乗った人に案内されつつ整備された坂道を歩く。
これから手続きをするためにヴェートの都市にある役所に向かうのだと説明を受けた。
下船してから俺は何度も居心地の悪い視線を感じていた。
颯真と日和さんはこの視線に気づいているだろうな。けれど二人共、何も言わない。ため息を飲み込んだ。
二人の話に耳を少し傾けながら景色を眺めながら先導されていると、颯真に顔を覗き込まれた。急なことで、驚く。
「もしかして眠いんですか? あきらさん」
「私たち、勝手に盛り上がっちゃったかな」
勝手に盛り上がるのは船の中から変わりない。
「よくそんなにお気楽に話せるなと思って、聞いてたよ」
「ゲスい!」
「意地悪言わないでください!」
まるでピクニックにでも行くかのように話す2人を見遣る。
結局、俺はどうやって死んだのか思い出せていない。
周りの緑が深くなったことに気づいた頃、先導する女性が後を続く俺たちに注意を促した。
「この周辺から、魔獣が生息しています。特にこの森には誘惑の精という妖精が居ます。私が魔封じの覆いを前から流しているので惑わされることはないかと思いますが、鳴き声を聞いても耳を傾けないように。意識を傾けてしまうと、付け込まれますから」
覆いを流していると言ったが、布のようなものが周りにある感覚はない。視認もできない。きっと、そういう魔法だろう。
「妖精さんかぁ、きっと可愛い見た目なんだろうなあ」
日和さんが目をキラキラとさせて言う。嫌な予感がして、口を開く。
「あまり考えるのはやめたほうがいい、後にしよう」
「そうだよ! 考えるだけで危ないかも」
「妖精さんってそんなに悪いものなのかな、絵本に出てきたのはさ」
「だから!」
納得がいかない様子の日和さんを颯真が説得しようとする。とにかく止めに入ろうとしたとき、急に日和さんがぴたりと立ち止まった。
嫌な予感が的中する。
「ねぇ……覚え、てる。ママの声がする」
妖精の声を聞いたに違いない、そう確信できる反応だった。日和さんの目が潤んでいく、懐かしむようにその手が伸びる。
「ひよちゃん!?」
異変に気付いたのか、後方から先導している人とは別の男性が俺たちの方へ駆けつける。役員の人の服装とは明らかに違っていた。
「おいおい、また女の子か!」
「ひよちゃん! ひよちゃん」
男性の声にも颯真の声にも反応がない。
「現実でも短い命だったんだろう、こうやって惑わされることがあるんだ」
駆けつけた少し長い髪を後ろで束ねた男性の後ろにはピンク色の鹿のような大きな動物が居た。男性が合図すると、その鹿は少しだけ首を下げて角を日和さんの頬に当てる。その角がゆっくりと発光し始める。
それを確認すると、駆けつけた男性は前方へ向かって叫んだ。
「リシュ! こいつらはまとめて俺が引き受けるぞ! 先にここを抜けちまえ!」
「また貸しなの? わかった! 頼むわね、役所で待ってるから!」
先導していた女性の声を聴くと、男性は嬉しそうに微笑んだ。先導していた女性と俺たち以外の人たちは時折俺たちを見遣りながら、先に歩いて行く。
「さぁ、もう大丈夫。心配することはない」
森に挟まれた薄暗い道の上、不安を打ち消すような力強い声でその人は言った。
「ありがとうございます」
「礼を言われることのものでもない。……耳はついてきているか?」
「耳?」
「この世界にはどんな言葉でも理解できて会話がなりたつように、そういう魔法が掛かっている。……違和感なく俺の言葉が理解できているなら大丈夫そうだな」
「そんなのあるのかなってくらい、よく聞こえてます」
「それならよかった。……このお嬢さんは、体が丈夫じゃない。精神的に未熟で船もあまり得意じゃなさそうだ。今はタイミングが悪かっただけさ。ヴェートで使われている魔法は少ないがこうやって俺たちの身を守るために使われる魔法がいくつかある、お嬢さんには魔法の効きがよくなかった。だから妖精にもひっかっかっちまう」
「前世の病気の影響とかそういうってあるんですか?」
「少しだけな、たまにそういう傾向がある子もいる。心は忘れないんだろう、仕方ないさ」
「ひよちゃんは……」
「まぁまぁ、そう暗い顔をするな。気負いすることはない、この国の良さは人の温かさだ。大丈夫、なんとかするさ」
優しい顔でその人は颯真にそう返すと、ピンク色の鹿を撫でた。
「魔獣、ですか?」
「ああ、俺のパートナーだよ。ロズって名前さ。この国だけに存在する魔獣で、ランという種類の桃鹿だ。角に触れれば人ともある程度、会話ができる。綺麗だし、性格も穏やかだ。桃鹿の中でもランは特に優れた魔獣で、3つ特殊な魔法が使える。今使っているのはその一つ、コールオブランって魔法でな、精神を癒して意志を導いたり、コイツが呼びかけることで意識を向けさせたりすることができる。眠っている相手にも使えるんだ、すごいだろ?」
彼がそう自慢げに言い終えると、日和さんの体から力が抜けた。なんとなく支えていた手に重さを感じ、ほっとする。
「俺の名前は、ウェスタ―だ。よろしくな! なんでも頼ってくれ、この国で一番のパン屋なんだ」
「アキラです」
「颯真って言います!」
「そうかそうか! 2人ともよろしくな」
手を取られ、流れるまま握手を交わす。あまりにも力強い握手だったが、ほっとした。
「ウェスターさん、ひよちゃんは今……」
「大丈夫、眠っているだけさ。少ししたら目を覚ますはずだ。」
颯真に笑顔を向け、日和さんを支えていた俺にグッドサインをした。ウェスターさんが意識を失っている日和さんをそっとロズに乗せる。……本当によかった。
「よし! 早くこの場所を抜けるぞ! 俺についてこい! 急いで追いつくぞ!」
そう言って走り出したウェスタ―さんとロズについていくのは、息が上がった。日和さんが無事だと安心した途端、元気が出たのか颯真はロズを興味深そうに見ながら元気に並走していたが、俺にはそんな余裕はなかった。
大体、走るのなんていつ以来だろう。とりあえず、鼻から息を吸うように意識してみる。
体育会系には敵わないな本当に。
ヴェートの都市、そこにある役所の前に付くころには息も絶え絶えになっていた。
なんとか息を落ち着けながら、周囲を見渡した。夜に包まれた緑を明るく照らす双葉のエンブレムのようなものがついた街灯が道を示すように並んでいる。街灯の奥には一面花々が咲いているように見えた。大きな役所の向こうには、キャンプ地にありそうな小屋がいくつか並んでいた。
「そんなじゃ、この国の山道は堪えるぞ?」
俺を見ながらそう言うと、ウェスターさんは竹のような素材でできた水筒を俺たちに差し出した。
「そのまま持って行って構わない、二人で飲むといいさ」
目をキラキラさせて受け取った颯真が一口飲む。
「水! 水ですよあきらさん!」
水の味がする、と盛り上がる颯真から水筒を受け取って、若干の躊躇を自分の中で説き伏せて飲み込んだ。
「ほんとだな……」
思わず声が出た。前世の水と一切変わらない味がした。
「ヴェートの水は前世に味が一番近く、どこよりもうまい! 気に入ったようでよかったよ」
ウェスタ―さんは俺たちの肩をぽんぽんと叩く。
「また宿舎に顔を見に行く、お嬢さんは俺が預かってこの近くの病院まで届けるから安心しな」
「ほんとに、ありがとうございます」
「助かりました」
颯真はまだ心配そうにしているが、とにかくよかった。この人なら大丈夫そうだ。
「おう! わかったわかった、もう役所の中で他のヤツとリシュ……先導してた役員が待ってるはずだ。行ってこい」
ウェスターさんに一礼して、俺たちは短い階段を駆け上がる。
迫力のある建物、その大きな扉を開いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。次回から、第一章となります。
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