第一章/39話 「協力してくれないか?」
食事が完成する頃にはタクマの自慢話も落ち着いていた。ここ数日の酷い昼食とは天と地ほどの差がある豪華なメニューに腹の虫が鳴りだしそうだった。スープにはまともな味の肉も入っていたしごろっとした野菜や芋も食べ応えがあった、果実にも処理を加えることでそのまま食べた時に比べ苦味が一切なくとても美味しかった。ミシャーレから果実は半日ほど水につけておいてから食べる方がおいしいもの、茹でて食べる方がおいしいものなどひと手間加えた方が食べやすくなるものがほとんどだと教えてもらった。
予想を裏切り、食事中は本題の話にはならなかった。シュウセイは早く説明をしたがっているように感じた。だが、切り出されることはなかった。
食器の片づけまで終えてからやっと、シュウセイは本題へと話題を移した。
「俺たちは明後日、この森に害を成す毒ガスの発生源である魔獣を討伐しに行く。俺たちは元々、ヴェートに転生してから旅を続けてきたことでベレーザの村長から森の守り人という称号をもらっている」
旅を続けて称号か。確かに彼らはキャンプにも慣れているように見える。
「森の生態系を独自に研究したり、必要があれば木々の成長を調整したりすることもある。仕事というほどのものではないが、ただの国民でもない」
一般人ではないぞ、ということだろう。
「半年前に俺たちと旅をしていた仲間、サクラがその魔獣の影響を受け意識を失った。その魔獣の毒ガスは空気に乗って薄まりながらこの森を漂う。特にベレーザの森にしかない特殊な薬草を枯らせ、時には意識障害を引き起こさせる」
「サクラ以外に例の魔獣の毒ガスが原因であると推測できる事例はないですが、ロドヴェルとベレーザで似たような状態の方が居たという情報はあります」
リーダーらしく一から丁寧に話すシュウセイの説明をタクマが早口でそう補填する。
たったの3人、しかも毒ガスのせいだと断定できるわけではないか。それじゃあさすがにヴェートの役所も協力してはくれないだろう。シュウセイたちにとってはとても大きな問題だが、役所にとっては誇張なしにそこまでの問題ではない。
「その意識障害っていうのはどういう状態を引き起こすんだ?」
「眠ったまま目覚めない、って感じかな。ね、シュウセイ」
「ああ、そうだ。呼吸もあり、不自然に成仏してしまうわけでもない。けれど、何をしてもその意識が戻ることはなかった。医者にも観てもらったが、原因不明の障害という言葉だけで片付けられたよ」
何をしても、ということは普通に考えて浮かぶような改善方法はすべて試したのだろう。医者でもお手上げか……討伐に執着するわけだ。
「もちろんヴェートの役所にも協力はしてもらえなかった。これ以上の被害を出すわけにはいかないと考え、俺たちだけでの討伐を決行することにした。ヴェートの役所からはこの件に役所は関わらない代わりに一任されている」
役所は魔獣の討伐を後押しするわけにはいかないのだろう。リョウマが言っていたことを抜きにしても、そもそも魔獣と国家で契約を交わしているのだ。簡単には動けないに決まっている。
「報告の義務はありますが、俺たちに今回の件を任せてくれるそうです」
「アーロンのいう通りだ。ちなみに報告に関しては俺たちが済ませる。そこまで迷惑はかけられない。だからアキラの条件通り2日あれば十分だ」
「シュウセイ、その討伐する予定の魔獣について教えてくれ。5人でも難しそうなんだろう?」
先延ばしにされていく魔獣について単刀直入に聞く。正直、一番に説明するのかと思っていた。
「その魔獣は危害を加えることを目的として毒ガスを出しているわけじゃないんだろ?」
そうでなければ、害を成すなんて言い回しは不自然だ。
「そう、だな。アキラの言う通りだ。その毒ガスは例の魔獣の習性によって発生している。もちろん俺たち人間を攻撃しようなんて意図はないと思うが、害があるのは事実だ」
諄い。そこまで言い渋ることだろうか。その例の魔獣について早く説明してくれればいいのものをシュウセイの説明は寄り道をしてばかりだ。
「その毒ガスが有害だってことはよくわかった。魔獣の詳細を教えてほしい」
シュウセイが少し言い淀む。間をおいて、ゆっくりと口を開いた。
「ホルン・エングレイシャルという魔獣だ。群れで生活する」
「群れ全体から毒ガスが出るから討伐が難しいのか?」
「そういうわけじゃない。それに、普通の個体からは毒ガスは出ないんだ」
「異常な個体が半年に一度、生まれて毒ガスを出すのか?」
「いや……違う。そういうわけじゃない。ホルン・エングレイシャルは群れで生活する人型の魔獣だ。生まれて半年経つと四足歩行の獣から生体になることで人型になる。その時に角の色が変わるんだ」
「色?」
「ホルン・エングレイシャルは角の色によって使える魔法が違う極めて特殊な魔獣なんだ」
「その中に角の色によって毒ガスを出すようになる個体がいるってことか?」
「それも違う。ホルン・エングレイシャルの角の変化は10パターンある。その中に、極めて稀に発生する、そう半年に1度1匹だけに発生する変化がある。根本が深い赤色、先が黒になる個体が1匹だけ出るんだ。その個体はもちろんホルン・エングレイシャルは基本的に人間に対しても森に対しても害はない。森に対してはむしろ利益さえあるんだ。ただ、ホルン・エングレイシャルの生態に問題がある」
「ホルン・エングレイシャルの群れは赤と黒に角を変色させた個体を受け入れねえんだ」
「受け入れない? 群れから追放するってことか」
「追放……そうだな、追放だ。変色する前は仲間として当たり前に生活していたのに突然、群れからその個体は追放され、迫害される。群れに戻ろうとすれば、攻撃の対象になるんだ。そうしてホルン・エングレイシャルは変異した個体を半年に一度、森に置き去りにして生活の場を移動させる。限界を迎えたその個体は、常に毒ガスを排出するようになる。そして魔力が底を尽きると、そのまま命を落とす。その周囲の木の葉は枯れ落ち、毒ガスは意識障害を引き起こすと共に森の薬草も枯らしてしまうんだ」
まるで人間の社会のようだ。
「あと2日って言ってたよな。それはどうやって分かるんだ?」
「俺たちは毒ガスの原因を突き止め、ホルン・エングレイシャルの観察を続けた結果ホルン・エングレイシャルには人間のように複雑な感情があると考えていた。変異個体が限界を迎えたときに毒ガスが出始めることはほぼ確実だった。だから様子の変化に注目し続けたんだ。数日前、変異個体が食事をとらなくなった。2日前には木々に体をぶつけるようになり、昨日はついに一部の個体から攻撃されるようになった。そして今日、その変異個体は群れと少し離れたところで生活し、その変異個体は霧のようなものを出すようになっていたんだ。役所から提供された情報、ここまで集めたホルン・エングレイシャルの情報や生態についての観察結果を考慮した結果、俺たちはその霧がやがて毒ガスに変化すると考えている。霧を採取して実験を行ったが薬草は枯れなかった。ただ、様子はどんどんおかしくなっている。だから、あと2日ほどしかないと考えているんだ」
「とにかくそういうことで、その霧が毒ガスになる前に討伐する。それを手伝ってほしいということです」
「タクマの言う通りだ。アキラ、頼む」
シュウセイが軽く頭を下げる。長い説明と勧誘に答えを返す前に、疑問を投げた。
「シュウセイ、それじゃあどうして5人じゃ難しいんだ? 元々弱ってるってことだろ? 他のホルン・エングレイシャルから攻撃されるわけでもなさそうだ」
「ホルン・エングレイシャルは普通なら1匹を討伐するのに3人も要らないだろう。だが、赤と黒に角を変色させたホルン・エングレイシャルは違う。11種の強力な魔法が使えるんだ。そもそもホルン・エングレイシャルは臆病な性格をしている個体が多く、戦いは好まない。だが変異個体に関しては違ってもおかしくないんだ」
「それでも5人居ればどうにかできるんじゃないのか?」
「無理だ」
「断言するほど強いのか?」
「ホルン・エングレイシャルの成体は、元々使える魔法に加えて角の変化によって新たに魔法を習得することが分かっている。ただ、赤と黒のホルン・エングレイシャルについては、その、11種の強力な魔法が使えるという情報しかないんだ」
種類の数ははっきりしているのに内容は一切、わからない。まぁ、強力だとは伝えてある上に普通は毒ガスを出して死ぬ。戦うことは想定されていないのか。
「不思議だよね」
「万全を期したい。それに毒ガスへの配慮もしなければならない。怪我もそうだ。戦闘となると不明点が多い。だからこそ、5人じゃ難しいんだ。アキラの力を貸してほしい。毒ガスの発生だけは何としても阻止したいんだ」
シュウセイはまた軽く頭を下げ、言葉を続けた。
「協力してくれないか?」
返答に迷う俺に対して手を差し出す。
俺はシュウセイともう一度、握手を交わした。




