第一章前編/その後の話 ソウマ・ヴェティスト
FALLENHEVEN 番外編 ♭1
「きっと、ただ当たり前に愛を感じてほしい」 ソウマ・ヴェティスト
ひよちゃんとクレインで生活をはじめた。畑の世話や村役場での作業に慣れるまでは大変だったけど、慣れてからは楽しいことばかりが増えていった。
僕はよく笑うひよちゃんに釣られてたくさん笑って過ごした。作り笑いのやり方をいつの間にか忘れて、僕は普通に笑えるようになった。ひよちゃんと過ごす時間はいつも心に太陽の光が当たるような、暖かい時間だった。花園で鬼ごっこするのも、お昼寝をするのも本当に楽しかった。
誰かの顔色を窺うばかりだった前世のこと自分の意見が言えなかった日々のすべてが、この今に繋がっている気がした。もしそうなら何もかもがよかったと、納得しはじめていた。
ひよちゃんのことが好きだと自覚したのは、クレインに来て少ししてからのことだった。ただ正直ずっと前から好きだったなと思う。きっと会った時から惹かれていた。
こういうのを一目惚れっていうのかな、って思った。僕は前世、誰かに恋をすることはなかったけど。
ひよちゃんと穏やかな時間を過ごしていく中で、ひよちゃんにもっと何かしてあげたい。ひよちゃんに対して自分が、好意を伝えることでもっと彼女を幸せにできたらいいなと思った。
この時にはセカンドヘヴンでの恋なんて長く続かないと僕は察しがついていた。
マイさんに何度か相談して、久しぶりの休みの日にひよちゃんに気持ちを伝えた。
「ひよちゃん、僕はひよちゃんのことが好きだよ」
自分の気持ちを飾らないで言葉にできることが新鮮で、伝えただけなのに僕は嬉しくて泣きそうになった。ひよちゃんはずっと目を逸らさずに聞いてくれた。
「お嫁さんになってほしい」
そう、僕は消え入りそうな声でやっと言った。
ひよちゃんは肯いた。
「いいよ、そうくんのお嫁さんになるよ」
セカンドヘヴンに結婚式のようなものはなかった。そんな契約は交わせなかった、パートナーであることを証明できるものも、印すべき書類もそもそも夫婦なんて関係もここにはなかった。それでも、そう伝えたかった。
この日、僕は体の弱かったひよちゃんのしたかったことを全て叶えてこれからずっと二人でセカンドヘヴンで生活していくことを、もう一度決めた。
ただ、神様はそこまで都合よくはなかった。セカンドヘヴンは成仏するための世界だ。未練を立つための場所で、未練を作ることを許される場所ではない。そんな幸福で満たされた時間は、別れと直結していた。
少し前から、シャワーを浴びることやごはんを食べることを忘れるようになっていた。それは告白の日を境にどんどん酷くなっていった。
ひよちゃんにもそんな症状が出始めた。
僕はクレ爺に教わっていた、それは成仏が近づいている証拠であることを。
毎日、ひよちゃんに好きだよと伝えた。どんなに恥ずかしくても言った。言い続けた。ウェスタ―さんに頼んで、ひよちゃんのためにケーキを作ってもらった。こっそりマイさんと村を出て、珍しい果物を買ってきたこともあった。クレ爺には心配されたけど。休みの日はひよちゃんの好きな歓迎の花園に通った。ひよちゃんが向日葵みたいに笑うところを見るたびに、自分がなくなってしまうことを考えた。ひよちゃんがなくなってしまうことを考えた。
終わらない幸福になるように、無くなる幸せだと感じないように、笑った。
僕らの関係はどこにも残らない。いつか消えてなくなる。ずっとそんな底知れない不安と成仏という未知への恐怖が背中を這っていた。
それでも恐怖を包み込むほどの幸せを、僕は毎日のように感じていた。
ある日、目が覚めると僕の体はきらきらと輝いて薄れ、消えかかっていた。隣で寝息を立てるひよちゃんの体もきらきらと輝いていた。
僕はまだ眠そうな彼女を起こして、急いで花園へ向かった。
陽に照らされて、和やかに揺れるその場でやっと僕らはキスをした。
ひよちゃんがどうしても言葉にできないくらい綺麗に笑うから、僕も何だかこれでいい気がした。
僕はきっと顔を変にして、笑った。
一章中編に入るに差し当たり、一旦更新ペースが落ちます!ごめんなさい!




