第一章/35話 「後任は俺が務めさせていただきます」
「止めろ」
「ん? なんて?」
「止めてくれ」
日和さんの首を掴んで持ち上げて、俺の方へ意味ありげな視線を投げる。
「起こしちゃおうか? 無理やり。それで乗っ取ってやらせる?」
俺は最早、押し黙ることしかできない。
「止めてくれ、その子は関係ないだろ」
「だぁってつまんないじゃん? もう飽きちゃった。それに君だけこのまま消すっていうのも芸がないじゃん?」
「俺が何をしたって言うんだよ……なぁ、お前らに何かしたか?」
「関係ないし知らなーい。グリーズにとってこわぁい存在かもしれなくって敵かもしれないって聞いたんだー」
「4人目の血の眼のことか? 言っとくが、俺は違う。全くの別人だ」
「どうでもいいんだー、私にとってそんなこと。君がそうでもそうじゃなくてもさぁ、グリーズの奴らがそうかもって思うのが面倒なのぉ」
俺が4人目の血の眼ではない別人だと、確かめさせわかってもらえばいいわけでもないらしい。なんて迷惑な話だ。この間もずっと日和さんは首を捕まれたままだ。何も、打開策が浮かばない。
「それでも、その子は関係ないだろ……」
苦し紛れに駄々をこねる。
「でも、ねぇお前の監視さえ命じられなかったら今日も姉様と一緒にいられたの……。お前のせいなの。なんで、どうしてなの? ねぇ死んでよ、この子の代わりに死んで? それなら死んで? もう避けないでよ、ナナの攻撃……ちゃんと消してあげるから」
ナナ・グリーゼンが左手に持つ本の上に、またあの円陣が浮かび上がる。そしてそれよりも大きなものが空中に作られ始める。完成していく円陣を、見ていることしかできない。ナナ・グリーゼンはこんな時まで、ずっと日和さんを放そうとはしない。
俺がここで抵抗を止めれば、他の3人には危害を加えないだろうか。役員としての志なんてあるとは思えないが、慈悲にかけるしかないのか。
ここで攻撃を交わしても、日和さんを盾にされては防戦一方になる。そして俺が逃げている間、危害が及ばないとは限らない。
もう、何も……。
日和さんや颯真、ミヨさんを犠牲にして彼女を救いに行く決断を俺はできない。そんなことをしても、きっと彼女は喜ばない。優劣をつけていいものじゃないと思う。いや、それ以上に……。
俺はここでどちらかを選ばないといけないのか。
もう、円陣が完成する。今更、避けるのも間に合わないほどの大きな円陣がこっちを向いている。
「我らが信ずる、白の教典……。その、教えに従え! 意識喪失!」
円陣の完成を間近に、ナナ・グリーゼンは空中で本を分裂させ魔法を唱えた。息も絶え絶えな詠唱、きっと俺が抵抗するならこの瞬間しかないのだろうと悟った。
だが、俺は動かなかった。
「おやすみ、アキラ君」
意識が、混沌へと落とされていく。意識を喪失させる魔法か……。こうすれば確実に俺は避けられない。用意周到だな、まぁ4人目の血の眼の疑いは晴れたわけじゃない。いや、ナナ・グリーゼンは最初から俺が使える魔法の少なさを知っていたが……。いや、今となってはこんなこと、考えても無駄だ。
体が崩れ落ちる。何もかもが、覚束なくなっていく。地面の感覚が遅れて伝わる頃に、背後から聞き覚えのある声がした。
「もういい、あとは俺が何とかしてやるよ」
寸前で手放しかけた意識を捕まえる。
「お前は何もするな、それから……あの子を見捨ててたら俺もお前は見捨てた」
見てたのか、それなら日和さんはきっと大丈夫、か。だめだ。意識が、遠のいていく。
「ナナ・グリーゼン上官」
「邪魔するの!? ねぇ、コイツ処分していいよね! そういうお仕事だよねこれ! ねぇ雑魚くん、パシリくん、お荷物くん!」
「あなたがグリーズの規定に反し、白の教典を一般人の前で使用したこと、その他の違反行為について先程グリーズに連絡いたしました。あなたの大好きなお姉さまもお待ちですよ、グリーズにお戻りください」
「お姉さま……?」
目の前に灰色の大きな門が開く。その全貌は俺の視界では捉えられない。ナナ・グリーゼンが何者かに連れ去られる。
「後任は俺が務めさせていただきます」
重たい音を立てて扉は閉まり、跡形もなく消えた。




