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【改稿前】Fallen Heaven  作者: 甘宮るい
第一章/前編 Inferiority of life
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第一章/34話 「その教えに従え」





「な、なにする気?」


 犠牲愛なんて汚いと、この女は嗤うだろうか。小さく唱えて作った刃を自分に向けたとき、目の前の女は顔色を変えた。剥き出しの刃を握りしめた手からは何故が血は出なかった、それなのにずくずくと傷んだ。

 今から詠唱する魔法の効果は欠損させた器官の機能を停止させる。もちろん魔獣に対して使う魔法で、無抵抗な相手にしか効果を持たない。組み上げた全ての魔法を、反動を無理やり抑えつけながら解いていく。

 そして、自分の右耳を切り落とした。間髪入れずその魔法を唱え、右耳を内側の鼓膜ごと停止させる。頭を奥底から鈍らせるような重たさから解放される。これで問題なく魔法が詠唱できる。雑音で集中できなければ、攻撃を避けることは愚か魔法の詠唱に失敗する可能性まであった。

 だからって、こんなことするなんて俺くらいイカれてないとやらないだろうが。

 その直後、女が伸ばした手を摑まえる。白の法典を女の顔面に押し付け、叫ぶように唱えた。


変形(ディフォメーション)


 変形の魔法、その正しい使い方だ。抵抗させず、生き物を変形させる魔法。


「人間にも効くなんてな」


 ウサギに変わったその女の眼をじっと見つめる。


「馬鹿だな?」


 寂しがりの哀れな兎だろうが慈悲はない。立ち上がって白の法典を構える。

 この世界で人を殺すことはできるのだろうか。まぁ何とかできたとしても、生殺与奪は罪に問われそうだ。法廷なんてものがあったとして、俺はなんていうだろう。正当防衛でも主張しようか。

 さて、使い物にならなくしてやろう。耳を掴み上げる。兎相手なら、一般魔法でどうにでもなる。


「それでやりきったつもり?」


 左耳が反応する。手に兎がのたうつ感覚があるのに、後ろから憎たらしい笑い声が聞こえる。


「簡単に言うと幻影、難しく言うと過去で分岐した別の一つの私。こんなところで一つ分使っちゃうなんてね」


 その言葉と共に暴れまわっていた兎が、消える。どこからともなく現れたのは兎にしたはずの女、ナナ・グリーゼンだった。


「分岐?」


「私、実体の無いナナって呼ばれてるの。かっこいいでしょ。過去でいくつも私自身を無理やり分断し、分岐させて、私の持ってる別次元に閉じ込めてるの。あー、でも一応お古の私には勝ったのよ? ふふ、姉様の優秀な妹なの。ねぇ、羨ましい? こんな私が羨ましい? ねぇすごいでしょ? 想像してなかったでしょ、認めなよ。聞こえてる?」


 右耳からは濁った灰色の液体が絶えず滴り落ちている。足と右耳と頬、鳩尾と頭、体のあちこちが悲鳴を上げる。魔法で誤魔化し直さないとまともにやりあえない。


「魅せてあげる」


 白の法典を閉じ、どこかへ消滅させる。彼女は空中から別の本を取り出した。


「我が信ずる白の教典、その教えに従え! 愛別離苦」


 目の前に文字が連なってできた円陣が浮かび上がる。

 痺れる足を動かし走って移動するも、その円陣は大きく広がりながら俺の方へ向きを変え、速度を付け向かってくる。その円陣の文字の奥、一瞬浮かんだひどく暗い闇に浮かぶ単語を見る。正直、当たったらどうなるか見当はつかない。それでも息を吸う。


「アキラが命ずる! インスタントスプリント!」


 さっきまでいた空間が丸ごと黒い影に飲み込まれる。一瞬だった。


「魔力の消耗を重くしたこの場所で、まだ動けるの? 気持ち悪い、ホントにズル。死んじゃえばいいのに!」


 その女の手元の本に小さく浮かぶ円陣はそのままだ。装填準備に取り掛かるようで、文字がまた空中に円を作り始める。さっきと同じ魔法が来る。


「アキラが命ずる! 脚力強化ストレニングザニングレッグストレンジ!」


 脚力強化をして空中へ高く飛び上がる。


「アキラが命ずる! 神経干渉ナーヴ・インターフィアレンス!」


 魔法エネルギーの流れが雷のように走っていく。空へと向かってくる二回目の黒い円陣と相殺される。空中の俺へと標準を合わせさせることで日和さんと颯真、ミオさんへの被害をなんとか避ける。


「変形せよ!」


 空中から引き戻される中、白の法典を無理やりに指輪に戻し両手を開ける。次の攻撃も、円陣の軌道をよく見て計算し引き付けなければいけない。


「アキラが命ずる! 瞬間短距離疾走インスタントスプリント!」


 着地点に放たれた円陣を、短距離瞬間移動を利用してなんとか避けきる。さすがに連続で展開しすぎたのか着地の時に、一瞬息が上がる。その時に地面に着いた手が利き手だったため、さっきの傷口に土が入り気持ち悪い。


「我が信ずる白の教典! その教えに従え、愛別離苦」


 再び出来上がっていく円陣は先ほどよりも明らかに大きい。マズイ、場所を移動してしまえば颯真がいるところも巻き込みかねない。

 俺の移動速度が著しく低下した瞬間、女が目を細める。


「あ? 気になるの? こいつら先にやっちゃおうか」


 にぃっと口角をあげた。


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