第一章/30話 「人生なんて、言葉にすれば一瞬だよ」
結局、魔獣館で日和さんは蝶類の魔獣と契約、颯真は見せてもらった妖精の影響かヴァイオレットピクシーと契約を交わした。日和さんと颯真のために、交換用のお菓子をウェスターさんがあらかじめ用意してくれていた。俺はもう少し悩みたいからと伝え、今回は契約を見送った。魔獣との契約の数に制限は(例外を除き)ないのに、といろいろ調べたらしい颯真に言われ、ウェスターさんにも気にすることはないと肩を押されたが、その気にはなれなかった。一応、あれから颯真と日和さんと一緒に魔獣を見せてもらったり、写真と説明を見たりしたが特に惹かれなかったというのもある。
夕飯にするにはまだ早いかと話していたが、美味しそうな匂いのする魔獣も入店できる青空レストランがあったため、夕飯を先に食べることになった。
ベレーザの近くに生息している鳥の肉と卵、ベレーザにしかない葉野菜、それらで作られた料理は現世の物とは似つかなかったが不味いなんてことはなく、むしろすんなり食べられた。言語化できるほど似ている料理は浮かばなかったが、何となく馴染みある味だった。
食事中は盛り上がる3人と俺たちの後ろで同じように食事をする魔獣たちを見ながら、時折相槌を打ち、考え事をしながら過ごした。
考えて出てくるものなんて、元々俺の中にあった知識や経験なんかを材料にしたものでしかない。それを分かっていながら、思考を巡らせるのを止めなかった。十年前の出来事の話から、もしかしたら国と国を行き来できるかもしれないと考えて、そういえば無理のあるやり方だとか言っていたなと思い出して諦める。この数日、起こった出来事に対して疑問ばかりを浮かべてたが、解決されぬままになっている。それがどこかで繋がらないか、探していた。不自然と疑問を繋げれば、自ずと何かが見えるかもしれないと、探偵染みたことを考えはじめる。
皆目見当もつかない疑問、どうしても納得ができない点として今すぐに頭に浮かぶのは日和さんの首筋にあった謎の文字や数の羅列、それから行動追尾の魔法、そしてまだ見ぬラズト以外のグリーズ役員。この三つは簡単に答えが出そうなものなのに、何もわからないどころか何も起きない。関係ないのかもしれないと何度か思ったが、どうにも何もないというのは不自然すぎる気がしていた。
レストランから出て、そのまま宿に入った。ウェスターさん曰く、食後は数時間のんびり過ごすべきだそうだ。オーワとロズが疲れているからとも言っていたが、単にレストランで食べ過ぎただけのように見えた(それくらいにウェスターさんの腹は膨れていた)。
オーワとロズを宿に預け、日和さんと颯真の魔獣たちも預け、チェックインを済ませる。5人用らしい広い部屋に通された。黄緑色のソファに腰を下ろし、寛ぐ。
一息つく頃に部屋に入ってすぐにベッドにダイブした日和さんの寝息が聞こえ始めた。
「寝なくていいのか?」
向かい側のソファで横になったウェスターさんが、俺の横に座る颯真に視線を投げてそう言う。
「僕はまだ疲れてないので大丈夫です!」
その返事を聞いて直感する。あ、これはそのうち寝るな。
「食べ過ぎても?」
「それはウェスターさんですね!」
「はっはっは、確かに調子に乗りすぎたかもなぁ」
多分、2人共すぐ寝てしまうだろう。
「そういえばあきらさん、クレインに居たときなんか変でしたよ」
「……何となく、前世のことを考えてたんだ」
全てが嘘というわけではない。
「何だか僕、よく前世のことが思い出せなくなってきて」
「前世の出来事か? 俺は割と鮮明に思い出せるな」
「死んだときのことも、もやもやっていうか。来た時は覚えてたはずなのになぁ」
「俺も、死んだときのことは思い出せないな」
「あきらさんは前から言ってましたよね」
どうして死んだのか、いつ死んだのか、俺はまだ思い出せていない。
「僕、最初は覚えてたはずなんだけどなぁ」
ソファのスプリングが軋む音がする。ウェスターさんが体制を変え、俺たちの方へ向く。
「俺はよく覚えてるよ、セカンドヘヴンに来てからずっと忘れたことはないな」
ここに来たのは随分前なんだけどな、とウェスターさんが付け加える。そして、座りなおすと咳払いをし、ローテーブルにあった水筒から一口水を飲んだ。
「人生なんて、言葉にすれば一瞬だよ。俺は前世もパン屋をしていたんだ、嫁と一緒にな」
「お嫁さん……」
「少し、昔話を聞いてくれるか?」
「はい」
俺も頷き返した。
「俺の嫁は俺が嫉妬するほど、優しすぎる人だった。嫁は近くに住んでた子供が交差点に飛び出したのを庇って俺より早く死んだ。結婚してまだ2年の夏だったよ。俺はよくわからなくなってな、受け入れられなかった。嫁さんの優しいところを好きになったのに、そのせいで死んだように思えて仕方なかったんだ。それくらい分け隔てなく、誰にも優しい人だった。ただ、それでも嫁さんと一緒にやっていたパン屋だけは辞められなくて、ずっと続けた。別に俺の夢がパン屋だったわけじゃなかったのにな。その間も、嫁さんが死んだことは受け入れられないままだった。ただ盲目的に、パンを焼いて過ごしたよ。10年する頃に姉が亡くなって、俺は天涯孤独になった。それでもパン屋を続けたよ。俺は生きてる間に嫁さんが人に優しくしてきた理由は理解できなかった。そのまま俺も、交通事故で死んだよ」
「お嫁さんは、セカンドヘヴンには……」
「居ないだろうな、きっと。きっと天国だと思うよ。探してみようかとも思ったんだが、どうして自分が天国でも地獄でもなくここに来たのか考えたらな、人に優しくしたかった癖に人に優しくできなかったからなのかな、と思ったんだ。だからお節介屋さんとパン屋を兼業してる。もう嫁さんへの未練はないけど、ここで誰かに無条件に優しくすることの大切さを心から知りたいと思ってる。納得しきれなくて成仏できないままだけどな」
もう俺たちに充分優しく接してくれているとそう言おうとして、言い淀んだ。
何だかその理由を知って受け止めてしまったときにお嫁さんの感情と感覚が俺には見当もつかなくても、そうなんとなく思ってしまった。
きっといつかウェスターさんが共感できた時、成仏してしまうんだなと。
少し経って、日和さんが目を覚まし俺たちは宿を出た。元々休憩の予定だったから宿泊よりも対価は少ないはずだったが、お代は構いませんからまたベレーザに遊びに来てください、と受付の男性は言った。




