第一章/29話 「何か心当たりあるの?」
初対面に相応しい話はせず、魔獣の話やお店の話を少しした。記憶にも残らないような他愛ない内容だった。何となく打ち解けてきた頃、目の前の少女が少し間をおいて、こっちをじっと見る。
何か話を切り出そうかと考え、口を開こうとする前にその沈黙は破られた。
「そういえば、最近どこかでだれかと魔法の練習でもしたの?」
「え」
「私の友達の魔力の残り香がね、君からしてさ。私、すごく鼻がいいの」
残り香、そんなものは聞いたことがない。ウェスターさんの言うような違和感に似たものだろうか。
「あ、待って。君、行動追尾の魔法がついてる。あれ、セカンドヘヴンに来たばかりじゃないの? もう恋人?」
追尾の魔法がついている、と彼女は言った。今までの思考が断ち切られていく。一体誰にかけられたのだろうか。全く気付かなかった。クレインの村長に魔法を使ったことを気づかれていたのだろうか。いや、視線は感じない。正直、気づかれていないと思う。
「魔法がついてるって変な言い方だったかな、ごめんね。何か心当たりあるの?」
「いや、心当たりはなくて」
「うーん、恋人でもないんでしょ?」
「はい」
「恨まれるようなこと……なんてしないよね。悪い子とミサが関わるとも思えないし、追尾の魔法って割と難しい魔法でね、あんまり知ってる人もいないと思う。なんか失敗して着いちゃったのかもしれないね。ほら、別の人につけようとしたとか? かな」
恋愛関係にあった別の人につけようとして、俺についたとはあまり考えにくいが心当たりもラズトくらいしかない。
やっぱりこの人はミサの友達なのか、正直とても意外だ。この人はまだ名乗りあってもいないが、大人しくて言葉遣いも綺麗だ。あまり合うとは思えないがすごく仲が良さそうだし、ミサにもそういう面があるのだろうか。
「俺も追尾の魔法は知りませんでした」
「基礎魔法とか一般魔法の一種でも、こういう特殊で使い辛い魔法って普及しないから私みたいな暇人くらいしか知らないの。特にヴェートには魔法を熱心に学ぶ人なんてほとんどいないと思うから」
「確かに、外で魔法使ってる人も見ないですね」
都市でも外で魔法を使っている人を見たことはない。
「行動追尾の魔法の効果は、その個人が5メートル以上移動する度にその人の居場所が使用者に伝わるってもの。ずっと魔法を使い続けないといけないから、ある程度魔法を勉強してないと知ってても使い辛い、そして行使するときも相手の視界内に入らないといけない上に詠唱に時間がかかるから、まぁどうにかできても恋人同士くらいだと思う。それに居場所が伝わるってだけで、それ以外の効果はないの。特に害もないし、外しておくね」
視界内で詠唱の必要がある。それに当てはまるような記憶はない。ただ、間違ってつけられたものだと断定するのも早い気がする。害がないのなら、気づかないフリをして誰が俺に追尾の魔法をかけたのか突き止められないだろうか……。いや、危険すぎる。
簡単に考えるなら、やはり最有力候補はラズトだ。そもそも村長には魔法のことは気づかれていなかっただろうし、ウェスターさんが止めてくれそうだ。そして視界内で詠唱された覚えもない。秘匿の魔法を使われたとしても、内容からして違和感くらいは残りそうだ。ラズトなら使う理由も理解できる。ただ、何もしない限りは手を出してこないだろう。他の誰かの可能性もある、ラズトだった場合も面倒なので特定はしないでいいか。
いや、でも。
「ちょっと待ってください、それって何時くらいに俺にかけられたものかってわかりますか?」
「えっと、ちょっと待ってね。んーちょっと前かな、絶対今日じゃないよ。魔法の残り香はかなり薄い。ほとんど気づかなかったし、2日以上前なのは確定。もしかしたら3日とか4日前なんてこともあるかも」
2日以上前なら村長が魔法をかけた可能性はなくなった。ラズトが俺に忠告をしてきたのは3日前のことだった。だが、ラズトが俺の記憶を弄ったと思われるのはその前日の夜だ。その時に魔法をかけられた可能性は充分ある、確かにラズトが俺はグリーズに目を付けられていると、その時に断言している。ただ、ラズトの仕事に俺の見張りは含まれているのだろうか。ラズトならやりかねないかもしれないが、そもそもグリーズの役員にそんな暇はあるのだろうか。
「そのままに、しておいてください」
少しだけ声が震えた。
「え、いいの?」
ラズト以外の可能性も捨てきれない。無理やり外すのは得策ではないだろうと判断した。
「大丈夫です。教えてくれてありがとうございます。俺も、魔獣見に行ってきます」
「へ、あ、うん」
「失礼します」
逃げるように足早に、3人が居る方へ急いだ。




