第一章/25話 「イヴスドロウピング」
それからクレインの話を詳しく聞いた。村長はウェスタ―さんはもちろん、日和さんと颯真のことも信用している様子だった。ただ、俺にだけその人はずっと疑いの目を向けていた。ずっとどんな動きにさえ注視されて、ポケットに手を入れる小さな動作でさえ村長の目線を泳がせた。
居心地が悪い。
クレ爺(愛称で覚えるのは些かひっかかりがあるが名前は聞いていないので仕方ない)はクレインでの生活について話をした。半分ほどしか頭に入らなかったが、クレインは小さな村だが果物を育てたり歓迎の花園の世話をしたり、二翼鳥類の一種ラキットという魔獣や桃鹿の一種である花桃鹿の生息地や生態を守ったり、ヴェートの森で重要な役割をいくつか背負っている伝統ある村らしい。基本的に自給自足の生活をしていて、たまにクレインの果物や薬草を求めてやってくる旅人と物々交換をすることで外の食べ物を手に入れるようになっていて、クレインで生活している村人はほぼ外に出ることはない。ヴェートの他の地域にはないグループでの生活方式をとっていて、みんなで協力して生活していくスタンスなのだと自慢気に語っていた。情報に関しても、定期的にやってくる新聞屋の少女や旅人と交換するようにしているらしくクレインは独立しているようだった。ちなみに村にはヴェートの役所が発信する情報を受け取れるような電灯などは見当たらなかった。
そのほか、周囲の魔獣に関することも聞いたが後で白の法典に聞けそうな内容だったので聞き流した。村長の話に集中しすぎると、俺自身へ向けられる疑いの視線が突き刺さるようで耐えられそうになかったというのが本音だ。
説明を聞いた後、ウェスターさんが村長と話をしている間に日和さんと颯真と一緒に畑仕事を見学することになった。
クレインの村人の人たちと話しながら楽しそうにオレンジに似た色の丸い果物を収穫する二人を他所に、楽しそうなふりで誤魔化す。
タイミングを見計らい、とりあえず白の法典の反応を見る。指輪の形態でも白の法典は反応した。うまくイメージできたようで、とりあえずミサからしつこく教わった秘匿の魔法を小声で唱える。
白の法典を利用する一般魔法の秘匿には難なく成功した。この程度、失敗するわけがない。ここからが本番だ。より強いオーベロンの力を借りられる秘匿の魔法を唱える。これに関してはミサ曰くまだ俺はオーベロンへの忠誠心が少なく(そもそもない)、1日に2回までしか使えない。その上、オーベロンの力を借りられるこの魔法は、王の許可制で発動に時間がかかる。一般魔法と一緒に、困ったときのために呪文を聞いただけで練習もしていない。少し時間がかかるかもしれない。
「悪戯に囁け、理を秘めよ、我は惑わしの王に感情を運ぶもの」
耳に甲高く小さい笑い声が聞こえる。
成功したのを感じて、口の右端が上がる。体に緊張が走り、唇が痙攣した。一発で、発動した。
慣れが必要だ。そもそもこんなに早く使うことになるとは思わなかった。乱用するなと言われている以上、ミサに怒られるかもしれない。だが、オーベロンの許可が下りたのだから別にいいだろう、これくらい。
だが、グリーズに関しての疑念は俺の中で消えたわけじゃない。
魔力の才能があるからできる(らしい)無茶ぶりをここから展開する。この時点で周囲から見た俺はぼぅっとしているだけだ。そこまでの違和感はないだろうし、話しかけられた時点で解くか、まぁなんとかすればいい。外からの声は聞こえるのだから問題はない。
都合よく認識させるオーベロンの力を借りた秘匿の魔法、効力は一回10分程度だ。一般魔法の秘匿(相手に俺が発した言葉やその行動をできるだけ認識させない)に関しては、集中力が切れない限り展開しておける。ただ、この時点でも秘匿は誤魔化しに過ぎない。その効力に関しても、使い手によるという曖昧さだ。
俺の彼女への思いは、軽いものではない。綺麗でもない。言い表せないほど汚く、きっと淀んでいる。それがこの才能を裏付けるものなら俺はこの瞬間、これくらい信じてもいいはずだ。
ここから使う魔法の練習なら、山ほどやった。
「アキラが命ずる、感情感知!」
あぁ、分かる。あの村長が今いる場所が、手に取るように。意識を集中させろ。村長本人に魔法をかけるのは村長のことがなにもわからない以上、危険だ。周りにかけて勘づかれるわけにもいかない。
じゃあ、俺にかけてしまえばいい。
「アキラが命ずる、盗聴」
耳を塞ぎたくなるほどの音が鳴り、それが静まっていく。普通は一気に一般魔法をいくつも展開するのは難しいらしいが難なく発動している。
そこに意識を落としながら、強い秘匿を解いておく。
集中しているからか魔法をいくつも使っているからか、体が徐々に熱くなっていくのを感じる。警戒心からか自分がする瞬きさえ強く意識しはじめる。
日和さんと話す。違和感もない。颯真を揶揄ってみる。変わりない。
感情感知をゆっくりやめて、盗聴のみに絞る。一般魔法ではあるが、魔獣に深く関わる仕事をする者にしか教わる機会がヴェートではなく、人に使うとその分集中力が削れるとミサは言っていた。
ゆっくり一般魔法の秘匿も解く。大丈夫そうだ。
まだ俺が扱えるレベルではないらしいが、唱えた呪文を感知させない秘匿よりもより強固な、使用している魔法をほとんどの方法から感知させないというものもあるらしい。ヴェートにはそこまで魔法の才を持った人がいないから一般魔法なら他人に使用しない、もしくは秘匿を使うことを心がければ勘付かれる確率をかなり下げられるとミサは言っていたが、油断は禁物だ。常に行動に違和感がないようにしなければ。
それを癖づけて果物の手入れや根の選定を手伝いつつ、耳を澄ませる。
(あの、アキラと名乗ったヤツ。本当に大丈夫なんだな。何度も聞くがなウェスタ―、俺はこの村に危害を加えるヤツならお前の友人としても容赦しない)
(あぁそうさ、グリーズの役員だ。以前も来ていただろう姿を変えて、それにあの件だってあった。信用しきれない。しかも今回は3人も一気にヴェートに来ているらしいじゃないか、ただ事ではない)
(ウェスタ―……お前を信じる。血の眼という話はわかった、わかったが。いや、いい。俺も気にしすぎているのかもしれんなぁ)
(この村の子らには、何も不安に思わず成仏してほしい)
「あきらさん?」
村長の声に集中しすぎていた。颯真の声に意識が戻される。盗聴の魔法が、ゆっくりと解け村長の声が聞こえなくなっていく。
「こんなので息切れしててどうするんですか、もう」
本当に運動ができないんですね、と笑う颯真に適当に返答した。
不自然に上がった息をすぐに整える。聞いてしまったことによる不安が募る。
底なし沼に足を踏み入れてしまったような感覚が思考を邪魔している。疑念が確信に変えられていくのに、その背景も何もかも断片的で、わからない。
彼女ならこんな時どうするのだろうか、なんて冷静じゃない頭で考えていた。




