第一章/23話 「よろしくね」
「もうウェスター! なんて人連れてるの!? 気づかれちゃったじゃん」
ゆっくり立ち上がり尻の後ろをはたきながら、いたずらが失敗したらしい少女はそう文句を言う。
「マイ、アヤカシヤ側の森で驚かせるのはよくないって言っただろ?」
「だって、ウェスターが人のこと連れ回しに来るの久しぶりだったし……。ねぇねぇ、また歓迎の木を目印にしたでしょ! 神聖なんだよー? すごいんだよー? オーワとロズが留まってたから、私わかったの! 村長に怒られても私、知らないよ!」
「連れ回すなんて人聞きが悪いなぁ、案内だよ。村まで連れて行ってくれるか?」
「お安い御用だよ! はじめまして、私の気配に気づいたお兄さんと可愛いお嬢さんとそこの僕、私はクレインの村娘! マイ・ヴェティストって言うの! よろしくね」
後ろで結んだ茶色の髪、切れ長で深緑の瞳。ヴェートの役員の人たちが着ていたものとは少し形が違う、裾に白いラインが入ったシンプルな濃い緑色のワンピース。後ろで手を組み、可愛らしく自己紹介をした彼女は私に続いてというかのように、ずんずんと先頭を歩き始めた。
挨拶を返した俺たちは、楽しそう彼女について歩く。
「クレインは逆側から行くのが本当はよかったんだが、1年前に地形変動があってな。ヴェートの未開拓地の開拓を進めようとした影響らしいんだがな、不便だが仕方ない。ヴェートはこういうことも多いから、ヴェートで生活するなら役所から発信される情報はちゃんと確認しておかないとな」
「えー、でもクレインの中なら安全だよ? 私がいるし村長がいるし、もう安全だよ!」
「ちょっと待って、地形変動ってヴェートの地形が勝手に動くってことですか? それとも意図的に動かすってことですか?」
「そうだなぁ、勝手にってわけじゃないが。うーん、白の法典に詳しい理屈は聞いてくれ。説明すると如何せん長くなる……」
「ウェスターがわかってないだけじゃないの?」
「俺は何でも屋さんじゃないんだぞ、本職はパン屋だ。こうして好きな風に気が合うヴェートの新入りを紹介することもあるし、役員のいろいろに突っ込むこともあるがまぁ俺は一般人だ。ヴェートの地形変動と魔獣の関わりをまだヴェートに来て間もないのにわかりやすく説明するなんてな、無理があるんだ」
「そこまで言わなくていいじゃん! だってだって」
「マイが俺を揶揄いたいのはわかってるよ、仕返しだ」
反抗するマイさんにかぶせるように大きな声でウェスターさんが続ける。
「さぁ着いたぞ! クレインだ」
陽が遮られた森を抜けたその先は、一面に晴天の光を受ける小さな村だった。
目の前には大きな葉を何枚も重ねたような屋根が印象的なテント、その奥に平屋が並んでいる。その右奥から色とりどりの果物が生る畑が覗く。左手前には大きな木と木の間にハンモックがぶら下がり、そこで座って食事をとる人たちがいた。
「まずは村役場に顔を出すか」
ヴェート都市とは全くイメージの異なる森の奥で光に包まれる暖かな村から、たくさんの楽しそうな話し声が、虫のような動物のような鳴き声が聞こえる。穏やかな音に意識を取られていた俺たちはウェスターさんの声で今へと引き戻される。
「すごいね、ホントにたくさんの人が生活してる」
ただ、この場所よりもヴェート都市の方が便利な気がする。そんな思考に返すように、ウェスターさんが説明を始める。
「ヴェートの都市には役所から許可が下りた店を運営してるやつとその関係者、もしくは役員と魔獣管理や魔獣研究に携わって半年以上経つもの、それから医療従事者くらいしか住めない。だからこうやって自分がしたいことや、自分が好きなものに合わせて住む場所を選ばなきゃいけない。ここの人たちは自然が好きだったり、草花を育てるのが好きだったり、そういう人たちさ」
「クレインにはのんびりした人がいっぱい暮らしてるよ! 明るくてみんないい人たち! 生活もすっごく楽しいよ」
「でも、あれ、そうだっけ。僕、都市に住めるのかなって思ってました」
「役所で説明されなかったか?」
「そうくん忘れてるんじゃないの?」
「うーんなんでかなぁ、あきらさんは聞きました?」
俺は元々ヴェートで生活していくわけではないのでその手の説明は最低限の内容しか聞かされていない。
「いや、俺はどうだったかな」
何となく面倒なので適当に濁す。
「そうくん、病院に迎えに来てくれた時だってちょっと話してたよ! ほら、看護婦さんとあの院長先生が」
「んーごめん。僕、全然覚えてないや。後で白の法典で確認しようかな」
「まぁ来たばかりの時に説明されても頭に入りきらないよな、仕方ないさ。そんなこともある。だからこそ白の法典で確認できるようになっているんだ、大丈夫さ」
ウェスターさんが颯真の肩をぽんぽんと叩く。
「ウェスタ―とその後一行のみなさん! 私は畑に顔を出してくるから、村長に挨拶だけお願いね!」
「おう! ありがとな!」
あっちだから、と村役場(正面のテント)を指さしてそう言うとマイさんは走って奥の畑の方に向かった。
ウェスタ―さんの後をついて、そのテントへ入る。
「じいさん? いるか?」
だが、テントの中に人影はない。けれど何となく誰かいる気配がする。一瞬、悪寒がしてあたりを軽く見回す。
「ありゃ、これは畑か家かぁ? まぁまだ昼だしすぐ戻ってくるか」
そう言ってウェスタ―さんが木のテーブルに手を付いた時、そのテーブルがぐらつく。その途端テーブルの下から男の人が顔を出した。
マイさんには気が付けたが、その男の気配は気のせいかと思えるほど薄っすらしたものだった。物音も一切しなかった。
「うわあああ」
「ひゃっ」
ビビりな颯真の叫び声と日和さんの可愛い悲鳴が響く。
立ち上がった男は口角を上げ、にんまりと笑った。




