第一章/20話 「誰かが成仏すると寂しくなりますか?」
日和さんと颯真の暇つぶしゲームがひと段落つく頃にウェスターさんがやってきた。
いつも連れているロズと、見慣れない大きな茶色い鳥を連れていた。
「遅くなってすまん! オーワを借りるのに思ったより手間がかかってな」
その大きな鳥の目の前にウェスターさんが両手を広げると、2羽ともお辞儀をする。ひょこっと会釈するように頭を下げ、羽を2回小さく動かしてみせた。
「オーワすっごいおっきい!」
「すごい! ウェスターさん、この子たちって訓練されてるんですか?」
「あぁ、少しだけどな。あと、見るのははじめてだろうが落ち着いてな。こいつらはこんなでも臆病な性格なんだ」
ウェスターさんのその言葉に颯真と日和さんは顔を見合わせ、唇に人差し指を当てしーっとまるで子供がするように言う。
「ちょっと静かにしないと」
「ね、ちょっと騒いじゃったからびっくりさせちゃったかも」
「少しくらいは大丈夫さ」
2人の肩をぽんとウェスターさんが支えるように優しく叩く。颯真と日和さんに歩み寄って背丈を合わせたウェスターさんは、屈託のない笑みで説明を続ける。
「オーワは二翼魔鳥類で、ヴェートの交通手段の1つだよ。高低差の激しい場所への移動や長距離移動、天気や温度の変化にも強い。元々の習性から他の魔獣を感知して距離を取る」
「遠くからでも他の魔獣の位置がわかるんですか?」
「あぁ、オーワはロズや他のここでの暮らしの相棒として採用されるような魔獣に比べて意思疎通が難しいところがあるが、それでもしっかり話は聞いてくれるし手だって目で追ってくれる。ヴェートの住人にとって賢く強い隣人だよ。オーワは役所で十数匹管理しててな、今日は役所から借りてきた。もちろん他の場所でも借りられる」
隣人。ウェスターさんのその表現にこの国では魔獣を時に崇め、時に仲間のように大切にする文化があることを思い出した。ペットについて白の法典に問いを投げたときも、ヴェートでは魔獣の存在を同じ国に住む同居者のように捉えることが当たり前になっていると補足があった。最近になってペットという言葉が使われるようになっただけで、少し前までは分かち合う相棒、静かなる隣人などと呼ばれていたらしい。
「ウェスターさんは、ヴェートに来て長いんですか」
「ん? どうした、あきら」
鷲を大きくしたような姿のその鳥を左右から観察する2人と合わせていた目線を戻すと、ウェスターさんはそう俺に返した。
「ロズと仲が良さそうだったからなんとなく気になって」
「そうだなぁ、他の国がどうかは知らないがヴェートでは早いと3ヵ月で、遅くても半年で成仏するやつがほとんどだ。俺はここに来てもう5年は経ってる、そこからは数えなくなったよ。長すぎるだろうな」
いつもより随分、小さい声でウェスターさんは話す。
「周りの誰かが成仏すると寂しくなりますか?」
「あぁ……そうだな。寂しくなるよ、俺はあきらみたいに目が赤いわけじゃない見ればわかるだろう? 普通なはずなのに、どうして俺だけが成仏できないんだろうって思うときはあったよ。それでも、今は楽しい! 神様がこういう日常を俺にくれたのだとしたら、俺は心から感謝するさ。」
俺にはきっと手放しには、思えません。
「すごい、ですね」
聞こえないような声でそう返した。
オーワの観察会に満足したらしい日和さんと颯真にウェスターさんが歩み寄る。オーワは桃鹿のラン(ロズ)に比べ体の色は穏やかだが、目が泳いでいる。きっと慣れないのだろう、大きな目をきょろきょろとさせ、それでも顔はほとんど動かさない。
「よし! これからオーワに乗って移動する、オーワに乗ってから急に動くのは危険だからしっかり捕まること!」
急に声量があがったウェスターさんにオーワが一瞬、びくりとした。それを見た颯真が唖然とする。
「僕、高いところだめなんです」
コントのような流れだ。
「絶対大丈夫だよ! だってすっごく綺麗な景色ばっかりだよきっと! 楽しいよ!」
「ゆ、ゆっくりなら大丈夫かな」
颯真の顔が引きつっている。
「オーワはヴェートの中で1、2を争う上昇速度を誇るぞ! 楽しみだな」
「暴れなきゃ大丈夫だよきっと!」
なんて安心しきれない返答だろう。ウェスターさんに関しては恐怖を煽ることにしかなっていない。
「あきらさん、一緒に乗ってください」
「嫌だ」
「俺の代わりにロズに乗るか? ロズも早いぞ、ちょっと安定しないが」
「そ、それもちょっと遠慮します」
「一緒に乗る? え、あ、うん! ひよちゃんがいいなら」
ヴェートでよく利用される交通手段だとウェスターさんは言っていた。今のうちに慣れておいたほうがいいだろう。多分。
颯真は日和さんに惚れてるようだし、かっこつけでなんとか耐えてもらいたいところだ。
2人で手を取り合いオーワに乗る日和さんと颯真を眺める。
こうしていても忘れることはないから、せめて悪くないと思うことには疑問を感じないで居よう。前世、一瞬でも俺にこんな時間があったなら何も感じなかったのだろうから。悪くない、それ以上に考える必要はない。彼女はセカンドヘヴンでこんな時間に巡り合えただろうか。




