第一章/18話 「ナーヴ・インターフィアレンス」
オーベロンが顔を出してからミサは休憩がてら基礎魔法について話した。
基礎魔法と言ってもヴェートには半分も知らずに生活している人が多いこと、そもそもヴェートには魔法を他人に行使しようと考える人間はほとんどいないこと(対魔獣魔法が使える人は多いらしい)、基礎魔法は向き不向きに関係なく何度か練習すれば使える人がほとんどだということを聞いた。
そもそも魔法は呪文と自分の魔力によって対象(人や魔獣の他に物や空間など)に対して効果を押し付けるものらしい。魔術はややこしい仕組みがあって(ミサでもよくわかっていないらしい)ものによっては充分な才能に恵まれていても使えない場合もあるそうだ。魔術と違い魔法の仕組みは単純で、魔法への適性が高ければ高いほど(才能があればあるほど)効力が上がり、使えるものも増える。
俺みたいなヤツが基礎魔法を使えば普通の人が使う特殊な魔法を上回る効力がでるらしい。
ついさっきミサに教わった発光の魔法も成功したときはミサのものよりも大きく強い光の玉を作り出すことができた。
ミサによれば俺は呪文を覚え一度成功してしまえば練習せずとも基礎魔法は使えるようになって当然らしい(ちなみに普通はそう簡単にはいかないという)。
俺がだから今日中に基礎魔法を叩き込めるということか、と返す前にミサはつまりそういうことだから覚えてと言うと、雑談は終わりというかのように立ち上がった。
「じゃあ、次は対人魔法を齧るか……」
俺を魔法陣の真ん中に引っ張ってきたミサはそう言った。
「基礎魔法に対人魔法があるのか?」
「ううん、正確には対魔獣魔法の応用」
そういうとミサは指をくるくると2回まわし、目の前に俺の背丈ほどある木の案山子を用意した。
「見惚れてないで話し聞いてくれる」
「見惚れてない」
「ならいいけど、これからやるのは神経干渉の魔法。対魔獣魔法の一種だけど試さないから知られてないだけで対人にも使える。ただ、これは魔獣が魔法エネルギーをコントロールする神経に干渉して一時的に魔法エネルギーを利用できなくするためのものだから、対人に使うとマズイことになる。最終手段って思えばいいかな、襲われたときに使えばいい」
「でも、基礎魔法ってことはみんな知ってるんだろ?」
「そう。でも対魔獣魔法って知られてるし、仕組み的にも人間に効くって知ってる人ほとんどいないと思うけど。あ、ただアンタの場合、普通の魔法でもありえないくらいの効力と効果が出るからホントにヤバい時にしか使わないで」
「わかった」
「最悪、起き上がれなくなる」
「ミサは試したことがあるのか」
「……ないしょ。ともかくこの案山子の中心を狙って打ってみて」
「打つ?」
「そう、魔法を手の先から打つ感覚で放つの、まっすぐね。呪文は神経干渉ね。案山子が私だと1つしか出せないし、見本はなし。さあやってみて」
白の法典を受け取り、開いて唱える。
「アキラが命ずる、神経干渉」
唱え終えた直後、白の法典を持っていた方とは逆の掌にじんわりと熱を感じ始める。急にその温度が上がって声を上げる。
「熱っ」
ヤバいと思った矢先、掌の温度はすぅっと消える。
「あー……そうなるんだ。血の眼だから手に魔力が集まるのが早い、だから詠唱時間も私の半分になって……」
「詠唱時間?」
「あー魔法の詠唱時間、基礎魔法でこの神経干渉だけまともに詠唱時間があるの。大体3秒、アンタの場合1.5秒以下になってる。そこから0.5秒以内に対象に向けて放つイメージでその熱を押し出す、わかった?」
「あぁ」
「じゃあもう一回」
深呼吸し、今度は案山子に先に掌を向け唱える。
「アキラが命ずる、神経干渉!」
掌に集まった熱が黄色く、まるで雷のように走って案山子を打つ。
「肩に当たってる。まぁその様子だと次はやれるでしょ? てかやって」
じゃあもう一回とミサが言う。
さっきよりずっと深く息を吸い込んで、唱えた。
「集中しすぎて案山子ごと吹き飛ばすことってあるんだ……」
案山子の中心に当てるイメージで解き放った俺の魔法は、案山子全体に命中……というか飲み込んで案山子に組み込まれた神経の代わりの部分を狂わせるどころか案山子を丸ごと爆破した。
跡形もなく消し飛んだ案山子を見てぽかんと、口を開けたミサは今日一番めんどくさそうな顔を俺に向けた。
「はぁ」
「わ、悪い」
「ここらへんの芝、再生するのに私の魔力すっごい使ったんだけど……」
心底嫌そうな顔でミサが言う。
「コントロールも覚えさせないと……まぁいいや、とりあえず次に進めるか」
それからまたいくつか魔法を教わった。息が上がってきた俺にちょっとだけ休憩しようと言うと、ミサは原っぱに座り込んだ。
俺を見上げて、口を開く。
「で、何やらかしたの?」
気になります、と書いたような顔で視線を向ける。やたら気になるらしく、目つきのいいとは言えない目がいつもより丸みを帯びているような気さえする。
「覚えてたのか」
「グリーズのことでしょ? 薬でもバレた?」
今日、謝らなければと思っていたことを思い出す。
「ミサ……あの包み、俺が失くしたかグリーズに回収されたかもしれない」
「大丈夫、アキラ以外が触ろうとすると私の部屋に戻るようにしてあるし。それじゃあ戻ってきてるかもね。1つは飲んだなら症状もマシになってるだろうし、飲み忘れたままよりいいよ。あ、アンタと違って私は抜け目ないから足もつかない」
よかった、ミサにまで危害が及んでいなくて。
「すまん」
「ふふっ、面白い。なんか、頭下げてるの似合わないね。他の誰よりダサく見える」
「……気を付ける」
「どうせグリーズの事情に踏み込みすぎたとかでしょ。処置された? 記憶操作?」
「記憶が操作されてる。多分、そうだと思う、それから気になることが」
「なに?」
「俺の部屋でその時だれかが何か話してたような気が」
「ラズトってガキ以外に居たって事?」
「ラズト以外、あと1人いや2人……とにかくラズト以外にも居た気がするんだ」
「グリーズの役員ってこと? ふぅん、別におかしいことじゃないけどね……まぁ、もうちょっと気を付けたら? わかるでしょ?」
「あぁ」
「気にしないでおけないなら忘れさせてあげようか? 私にもそれくらいできるけど?」
「いい、遠慮しておく」
「アンタにはセカンドヘヴンでやりたいことがあるんでしょ、弁えな。自分の立つべき立場をね」
話に満足したらしいミサはそれから俺に残りの基礎魔法を叩き込んだ。ミサの授業はハイペースだったものの、基礎魔法を一通り教わったころには日が暮れていた。
気分転換くらい自分でできるようになったら、と言い残して2回ほど手を振るとミサはどこかへ消えた。周囲にはどこにもない赤い葉がその場に1つ何処からか落ちてきた。どこにもいないのに、じゃあまたねと聞こえた気がした。
宿舎に戻ると、日和さんと颯真に怒られた。どうやら帰りの遅い俺を心配してくれていたらしい。こんな年下であろう2人にさえ心配させてしまうなんて、情けない。
その日は悪夢を見ることはなく、それまでよりずっとゆっくりと眠ることができた。
ただこの夜は俺が穏やかに眠れる最後の夜になった。




