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【改稿前】Fallen Heaven  作者: 甘宮るい
第一章/前編 Inferiority of life
23/52

第一章/17話 「いくつか魔法を教えてあげる」




 次の日の朝早く、俺は書き置きを残して役所に向かった。


 オーベロンにいくつか聞きたいことがあった。会えるとは思っていなかったが、ミサさんには会えるんじゃないかと思った。

 昨晩、ミサさんにもらったはずの包みを探したが見つからなかった。そのことも謝ろうと思っていた。

 それに、何もしないわけにはいかなかった。

 ヴェートで時間の流れを感じる瞬間は少ない。颯真も日和さんも特にやることもなくのんびりとしていることが多い。忙しなく動いている人なんて役所くらいでしか見かけない。

 それを見ていると発散しようのない焦りが募った。

 グリーズでかけられた魔法のせいか、それとも彼女のせいか、自分のせいか。





 役所に入ってすぐミサさんと目が合った。


「なんでいるの」


 不機嫌そうにそう言う。以前と変わらず視線が冷たい。


「オーベロンは」

「オーベロン様、オーベロン王」

「……オーベロン王に話がある」

「王はいつでも面会できるような人じゃない」

「わかってる」

「ふぅん、じゃあ分かって。今日はダメ」

「少しでいい」

「お引き取り願います」


 取り付く島もない様子に項垂れる。


「ここで王の話をしないで……。秘匿(ひとく)の魔法使わなきゃいけないのがすっごく面倒」

「えっと……」

「はぁ、ある程度のことなら私が面倒見てあげる。ついてきたら?」


 終始、めんどくさそうな彼女にさえ気を(つか)わせてしまったらしい。大人しく彼女について歩いた。





 説明もなく連れられてやってきたのは役所の裏手だった。そこには前世の公園にあったものよりもずっと広い原っぱがあった。そしてその緑を囲うように宿舎に似た建物が建てられている。原っぱの奥の小さな緑の丘、その奥は背の高い木々が並び森に続いているようだった。


「いくつか魔法を教えてあげる」

「え」

「初歩的な魔法くらい覚えてもらわないと、王の手が煩う」

「すごく有難い。ありがとう、ありがとうございます」

「ミサ」

「えっと」

「私の名前、敬語とかそういうの煩わしいし疲れる。それもやめて」

「呼び捨てでいいってことか?」

「勘違いしないで、あとその辛気臭(しんきくさ)い態度もやめて」

「注文が多いな」


 俺の顔を見て、ミサは舌打ちをした。


「そのへらって笑うの、傷ついてますーっていうアピールでもしてる?」

「そんなわけじゃ」

「キモイ、ちょっと黙ってて」


 そういうと彼女は指を鳴らした。小さな火が灯る。

 どこからともなく取り出したタバコ(のようなもの)に火をつけ、吸った。

 そっと息を吐く彼女の口から煙が上る。


「これ、内緒ね。あ、一本吸う?」

「やめときます」

「前世、煙草とかお酒とかやらなかったの?」

「俺は、丈夫な方じゃなかったから」

「ふぅん」


 気怠(けだる)そうに眼を細める。


「面倒なことは忘れちゃえばいいのに、嫌なことも」

「面倒なことってだけで片付けられたらそうしてる」

「まぁ、私も人のことは言えないけど」

「……」

「王が最近、アンタの話ばっかりする。面白いって」


 やはりオーベロンには遊ばれているような気がする。


「賢いのに不器用で、人間らしいのぉってさ」


 表情を崩し、こっちを見てくしゃっと笑う。


「お、オーベロンの真似か?」

「ちょっとくらい笑ったら?」

「いや……」


 あまり似ていないとは言えない。


「あと、呼び方。王ね」


 わかったわかったと、身振り手振りで返すと馬鹿にしたようにミサは笑った。





 ミサに散々文句を言われた後、白の法典を取りに宿舎に帰って再び戻ってきたときには大きな魔法陣のようなものが描かれていた。

 手招きされて、その中へ入る。


「アンタのうだうだ話は聞く気になれないから、ほら、とりあえず真ん中に立って」

「あ、あぁ」


 彼女はオーベロンが気に入っているからと言うが、お節介で優しいらしい。時折、俺の様子を(うかが)う。それを見て、オーベロンがミサを傍に置く理由が少し、ほんの少しだけわかった気がした。





 一般的な魔法を片っ端から叩き込む、と言った彼女は本当にスパルタだった。

 俺を魔法陣の真ん中に立たせ、ミサが呪文を唱え手本を見せる。1回で真似ができれば血の眼だから当たり前と言われ、失敗すると調子に乗るなと怒られた。発光の魔法(掌に光の塊をイメージして作りだす)を2回失敗したときの溜息は正直、心に来た。けれど、手を止めず無駄なことは言わず、ただひたすらに基礎魔法を叩き込んでくれた。

 思い返せば、俺の罪悪感ややるせなさ、後悔なんかを酌んでくれたのかもしれない。

 (いや、そう思った方が楽かもしれないと思うほどにミサの教育はスパルタだった。)


「ここまでが基礎魔法の中で呪文を覚えれば誰にでも使える魔法ね。初歩中の初歩だけど、飲み込みは悪くない。血の眼だから威力もイカれてる、どっかで役に立つんじゃない?」

「今日中に基礎魔法、全部って言ってたよな……終わるのか?」

「無理でも叩き込む、何もできない血の眼ってダサいでしょ。そんなのと関わりたくない……」

 確かに才能だけあって何もできないのはあまりにダサい。

「そういえば昏倒(こんとう)と似た魔法なら、あのグリーズのガキにもかけられたことあるんじゃないの」

「……ラズトのことか?」

「その様子じゃ、アンタがやらかしたのってグリーズ関係? あーやだ、もう無理。めんどくさい。で?」


 ミサの問い詰めるような視線に耐えかねて顔を逸らす。


「まぁいいけど? そこまで鬼じゃないし」

「……言うとおりだ。やらかしたよ」

「へぇ、なにやったの」

「ここでは……」


 誰に聞かれているかわからない。


「秘匿の魔法をこの周辺に張ってる。誰も聞けない」


 ミサがそういった瞬間、ミサの後ろの葉が芽吹いていく。異常な速さで育った草木が宙で広がり楕円形に連なっていく。何かのゲートのようだと思った直後、鳥のなく声と共に聞き覚えのある声が聞こえた。


「それに関してはわしも力を貸しとるからのぉ、安心じゃ」

「王!」

「わしは王じゃのぅて、さて魔法の勉強は順調かの? ミサ、アキラ」


 王はすべてを見ていたかのようににんまりと笑った。


「言いたいことはあるじゃろうが、わしは忙しくての。すまんがまた今度じゃ、さてさて、この周辺に重ねてわしの魔法もかけておこうかの。どんなことも認識させない、都合のいい魔法じゃ。グリーズも感知できん、実に都合のいい魔法じゃ」


 その言葉に何かを返そうと口を開くが、音にならない。


「おっと? まだわしと話すに至らぬようじゃのぉ」


 オーベロンはそう溢すと、また草木のゲートへと消えた。その楕円形(だえんけい)の緑は、瞬きをする頃に消える。


「ホント、気に入られてる」

「さっき、俺の声がでなかった」

「王の前では、王が一定以上の興味を持たない人間は口を開けない。発言権がなくなるの、王が興味をもってやっと話せる。ちなみに、関わったことがないと認識もできないから」


 まだまだってこと、とミサは付け加えた。




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