第一章/16話 「この世界はお前が思ってるよりずっと自由だ」
意識が戻ってからリシュリューさんに聞いた話では一定以上の魔力適正(魔法に対する才能)を持ち合わせていると激しい感情の変化が魔力暴走に繋がることが稀にあるらしい。特にセカンドヘヴンへ転生してからすぐは危険で、対処の仕方を知っていてよかったとリシュリューさんは言った。過去にヴェートでは紫色の目の少女が魔力暴走をお越し、対処が遅れたことをきっかけに被害が出てしまったことがあったという。魔力暴走はヴェートに住む魔獣も起こすらしく、魔力を貯めこんだり生成したりするその容量が多ければ多いほど起こりやすいらしい。ウェスターさんの話によれば、転生者が起こす魔力暴走はセカンドヘヴンでの滞在期間に比例して大きなものになるというデータがあり(なぜ知っているのかはわからない)今回は一番負荷が少ないかつ魔力暴走の初期状態で対処ができたからよかったらしい。運がよかったと、ウェスターさんは何度も言った。
今回はウェスターさんとリシュリューさんの信頼できる部下や友人が2人と協力してくれたという。あと10日経っていたらヴェート役員総出でも何があったかわからなかったとウェスターさんは言った。だから今のうちに発散させといてよかったのかもな、と言ってくれた。
そうは思えなかったが、礼以外何も入れなかった。ただ頭を下げた。
本当はヴェートの役所に届け出て、病院で処置を受ける必要もあるがそれでは間に合うかわからない上にこれからの待遇が悪くなる可能性もあった。そこでウェスターさんが気遣って、ウェスターさんの家で最少人数での処置を行ってくれた。暴走状態の俺をメンバーごと無理やりにテレポートさせたのだという。
残っていたリシュリューさんも顔色を悪くしながら、まだ役所でやることがあるからとウェスターさんの家を後にしてしまった。
居た堪れない気持ちに苛まれた。
俺はすぐに体を起こして会話ができるほど回復した。
淹れてもらったホットコーヒーを片手にウェスターさんと向かい合う。
「で、こうなった理由は十中八九ラズトだろう?」
「俺の、自業自得です。今回も」
「……追い打ちをかけるようで悪いが、俺の体には若干の魔力の痕跡がある。寝ている間に何かされたようなんだ。ちょっとした違和感もある。お前のせいだと責めるつもりはない、だが……あの後、いったい何があった?」
「俺はすでにグリーズに目をつけられていて」
自分の中に途端、変な感情が浮かんだ。幻滅されてしまうだろうかとか、そういうものだった。
何故かはわからなかった。
手に熱を伝えるマグを、なんとなく両手で握る。
「ラズトが俺やウェスターさんに処置を行ったんだと思います。俺のせいで」
「そうか……」
俺の言葉を聞いたウェスターさんは押し黙った。刺すような沈黙が過ぎる。
少ししてウェスターさんが口を開いた。
「ある程度、予想はできていたよ。俺はあきらに対して責任を取ってほしいとも思わないさ。仕方がない、手を出した以上な……。この程度、巻き込まれるのは厭わないさ」
責任を取れやしないとも、思っているんだろうなこの人は。
そしてどうにもできないことも知っているのだろう。
「気にすることはない。二度目がないように気を付ければいい。ラズトに言われたことも気にするな。あいつがした処置ってのは、グリーズの役員が行う特例処置の中の一種だ。多分、軽い記憶操作のようなものだろうな」
「昨晩のことが……」
「決まり、だな。あきらも昨晩の記憶が曖昧になっているなら、記憶操作だろう。なぁに、ちょっと思い出せないくらいさ」
ウェスターさんの記憶を操作したことを、ラズトは恩師の荷物に手をかけさせたと言ったんだろう。
俺は恩を仇で返すようなことをしている。
「もちろんラズトにグリーズから、もしくは上官から指示が下った可能性もあれば、ラズトが上に知らせが行かないように軽い処置で済ませてくれた可能性もある。ただ、あまり気分のいいものじゃないよな、人の記憶をいじるのもいじられるのも。ただ、俺はそれでもラズトもあきらも責めないさ」
「……」
「お前がどう捉えるかは任せるよ、背負い込みすぎなければそれでいいさ」
ウェスターさんがテーブルにマグを置く。陶器のコツンという音が小さく響く。
「お前がラズトに怒るのも、アイツがあきらに怒るのも違う。グリーズの役員だろうがなんだろうが、俺たちは平等であるべきだ。何があってもこの世界で平等に成仏する日のために過ごすことが許されてる」
「そう、ですね」
無理やりに返事をした。
「大丈夫さ、この世界はお前が思ってるよりずっと自由だ」
それからすぐに宿舎に戻った。何ともなかったフリをして、颯真と日和さんと話して、すぐに寝室戻った。白の法典はリビングにわざとおいてきた。他に何かを思う以上に、どうしようもない罪悪感が募っていた。
その日はそのまま逃げるように眠った。




