序章/1話 「目が覚めるとそこは、死後の世界だった」
目が覚めるとそこは、死後の世界だった。
生きている間は死後の世界のことなんてわからない。死んだらどうなるか、どこに行くのかなんて考えても無駄なことだった。そう哲学者さえ言った。
けれどそれが意味のないことだとしても、誰だって人生の中で何度かは想像したことがあるのではないだろうか。
死んだ後のことを。そこにあるかもしれない次の世界のことを。
実際のところ、その死後の世界は存在した。ただ、まるで今まで生きてきた世界と変わらないような……どうしようもない理不尽さがあるだけだった。
死んだ先には地獄と天国が待っている、そんな認識だった。絵本でだって見たことのある雲の上の楽園にも悪いことをすれば閻魔様に舌を抜かれる赤黒い監獄にも、今や人の魂が溢れかえって大変なことになっているらしい。ガラス細工で彩られた窓の下で一人呆然としていた俺に服を差し出した男はそう語った。
転生(命を受け取ったわけではないのでそう言っていいのかわからないが、時間をもらったことは確かなので転生としておく)の流れはあまりに想像しやすいものだった。
罪を犯した魂はその汚い魂が次の生へ影響しないよう完膚なきまで地獄で無に返される。美しいまま最期を迎えた魂は天へ上り、極楽浄土で前世への執着を洗い流し無に返る。そうして魂は次の生へと向かう。だが、地獄での魂の浄化には何百年単位の時間が必要で、天国では次の生へ向かうかは個人の判断に委ねられている。もちろん天国に昇った人間が転生を選択しても前世とのつながりを絶ち、何の要素もない魂にするにはやはり何百年単位の時間が必要になる。魂を新しく生み出すことは易くても、生命の創造主(神のようなものだろうか)はこの魂の再利用を推奨している、らしい。生を終えた魂を蔑ろにすることも禁じられているのだと、次いで彼は説明した。
この現状を打開するための策として神に遣う天使たちは、天国と地獄の間にもう一つ天国を作った。
それがこの世界、セカンドヘヴンなのだと彼は意味有り気な笑みを浮かべて言った。
要するに俺はその溢れた魂のうちの一つ、ということらしい。
前世に未練のほとんどない綺麗な魂は天国へ昇り、前世で重い罪を犯し償わなければ純に戻らない魂は地獄へ向かう。
前世への未練があり魂を純に戻すのは難しいが天国に向かう権利がある魂、前世で罪を犯していても罪が軽くセカンドヘヴンでも十分に償いができる魂がセカンドヘヴンに向かう。そしてセカンドヘヴンでその魂を純に戻すためにその未練や罪と向き合い繋がりや魂をその器から切り離す目的で第二の人生を送る。
そういうシステムになっているらしい。
斯くして俺はこの世界に転生することになった。
壇上の男が話す。今日、この世界へやってきたらしい俺を含めた複数人がその話を聞く。死んだはずが知らない場所で一糸纏わぬ姿で目覚めた俺を含めて、その部屋にいるものは皆、人の形をしていた。
入学説明会を思い出させる変な雰囲気だ。空気だけが浮足立つ中で、とりあえず話を聞く。この場で騒ぐやつがいないのは弔われた記憶があるからかもしれないと、ふと思った。
俺が死んだ瞬間のことはよく思い出せなかった。
男は死んでからすぐここへ送られるわけではない、とも言った。忘れているだけかもしれない。
「もちろん、死を受け入れるのには時間がかかることでしょう。ですが、この場所からは夕刻には動いて頂かなければなりません」
第二の天国、セカンドヘヴンには地球と同じように朝と夜があり同じように時間も存在するらしい。前世と全く異なるのはセカンドヘヴンに魔法が存在することだ。
「先ほど、少しだけ魔法に関して触れましたね。その続きとこの世界の仕組みについて触れましょう。この世界には魔法が存在します。イメージは前世、皆さんが物語の世界の中で知ったこと、なんとなく妄想していたものとそこまで差はありません」
楽しみでしょう、というかのような表情で男は続ける。
魔法があれば成仏できるだろうなんて突飛なことをやる神様がいるらしい。大層、お気楽なことだ。
「これは皆さんがより効率よく前世への未練を消費できるように作られたものです。そのため、より前世への未練を残した方ほど、魔力の才が強くなります。魔法に関する得意不得意、簡単に魔法を使うための才能としましょうか……その判別は目を見れば容易にできるようになっています。詳しい現在の能力値は数日後には右手の小指に刻まれるようになります。目の色に関しては変わることはありません、ですがあくまでその色は才能を示しているだけです。数値はその方のその時点での能力の総合値を表示するものですから、変化していきます」
魔法が存在する。人の想像できる範囲でかつ理想の設定だろう。引っ掛かりを感じなくはないが、納得はできた。
「魔法についての詳しい説明や目の色の判別などは先程、お渡しした本……白の法典を参照してください。その本はあなた方、個人に適用したものです。くれぐれも自分の本を紛失することのないように気を付けてください。それから皆さんの見た目に関してですが、皆さんが18歳時点の状態になっています。髪色や体つきがこの時点で前世のものと違う、変化しているという方は、あなたのこだわりや理想が大きく反映されているということになります。簡単な魔法を覚えれば背丈や体格などはある程度変えることもできます、もちろん戻すことも可能です、このようなことも先ほどお伝えした方法で白の法典を参照していただければ問題ないでしょう。」
この説明は転生してきた全員が聞くものなのだろうか。だとしたら、普通はこの説明をどうとらえるのだろう。第二の人生だとか、ボーナスステージだとか、そういう風に考えるのだろうか。
体感一時間ほどの説明会は、有り得ない量の情報を落としていった。この世界では言語が統一され、どの言葉を話しても意味が同じ当人が知っている言葉として聞こえること、それがこの場所では誤差なく自然になるようになっていること、時間や日の概念がない場所もあることなど、少なくとも半分くらいは正しく頭に入っていると思いたいがどれもこれも俺の常識から外れた内容だった上に半信半疑のまま聞いた話だ、自信はない。
肌触りのいいローブが肌に触る。
とりあえず視線を落とした先の本“白の法典”は、真ん中で開く見開き二ページの本だった。戸惑うも束の間、疑問に答えるようにその真っ白のページに“あなたに応えます”と文が浮かび上がった。
まず俺たちの体は前世の18歳頃の体になっているが、身体には前世のような機能はなくこの世界に食べ物は存在しているが食べなくてもいいらしい。食事や睡眠などの必要性はないということだ。今の体は魂の容れものということだろうか。何はともあれ食事や睡眠に対して面倒だと感じたことは何度もある、もしそうなれば俺にとってはいいことだ。
ただ、あの男によれば前世の欲求を残している人も多いらしい。結局、食事や睡眠を前世の習慣のようにしばらくは行うことになるのかもしれない。そういえば感覚も通っており魂とこの入れ物は繋がっているので怪我には注意するべきだと、男も言っていた気がする。
そして今いる場所はセカンドヘヴンのグリーズと呼ばれる場所だ(そう説明を受けた)。壁にあった地図によると今、俺がいる真っすぐでかつ長く幅の広い廊下があるこの建物もグリーズと呼ばれる場所の一部で、そしてこの場に転生者は送られてくるらしい。
グリーズはこの世界の国々と違いそれらを管轄している機関だと、白の法典は思考に付け足すように応えた。
グリーズはこの世界の国々とここへ来る人々を繋いでいて、ここにやってきた俺のような新入り転生者は日が沈むまでに自分が生活の拠点とする国を決めて、やってくる船でここから出ることを推奨されている。それを補填するように白の法典は、ここではグリーズに残り転生やこの世界からの旅立ちを諦めてグリーズに属し務めるか、ここを出て転生を目標にして暮らしていくかを選ばなければいけませんと付け加えた。
長く古い聖堂のようなデザインのこの大きな廊下を陽が当たる方へ進む。天井が見えないほど高い。神殿にあるような大きな柱がいくつかある、壁や廊下には少し暗くて見え辛いが何か模様が描かれているようだった。なんとなく前世のローマ、パンテオン神殿を思い出す。
少しして、教会に無理やり市役所の受付を合体させたような開けた場所に出た。白の法典に視線を落としながら歩いていたから、向こうから差し込む光が余計に眩しく感じる。目を擦ってから、こっちへ手を振っている女性の受付へと向かう。
地に足の付かないような覚束なさを意識しないように、足早に。けれど、俺は確かに体中に感覚を持って、進んだ。
髪を高く灰色のリボンでまとめた受付の女性は、この世界の国々の説明をそれはもう丁寧にしていった。自由に選択することのできる、自然を重んじる魔獣との共存と自由を掲げる国、人との繋がりと本当の絆が得られるらしい国、芸術や美術それを表現することが最も幸せなことなのだという国、魔法に特化した実力主義の国、この四つの国の紹介とこれからについてのことを分かりやすく俺に説明してくれた。
俺はその場で属する国を決めずその場でとある交渉をした。
前例がないから言い切ることはできない、と女性は言ったが掛け合ってもらえるらしい。
受付から離れる。ふと閉じていた白い法典を開くと、国に属することはこの世界の、なんて説教めいた内容が浮かび始めていたのですぐに閉じてやった。
グリーズから出る船を待ちつつ、影に座って他の人たちを眺める。他の誰かと話をしている人もいれば、白の辞典を見つめる人、項垂れる人、いろんな人がその船を待っていた。
これからどうしようと悩むことはなかったが、何も考えず開きなおした膝の上の本は“この世界に居る人もしくは居た人について、その個人情報を教えることはできません”と勝手に応えた。
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