第一章/12話 「おいおい、見ない顔だな。新入りか?」
ウェスタ―さんと合流した俺たちが向かったのは、さっき少し見て周った商店街の少し先の小さな店だった。
ウェスタ―さんが何か(意味がない言葉のようにも聞こえた)を唱えると、ウェスタ―さんより背が高くとてもガタイのいい男性がそのドアを開けた。
「よぉ! オリバー」
「久しいなウェスタ―!」
挨拶を交わすと2人は勢いよくハグをする。
「元気にしていたか?」
「あぁ! お前も元気そうで嬉しいよ」
お店から漂う嗅ぎ覚えのあるいい匂いに鼻が反応する。
「おいおい、見ない顔だな。新入りか?」
「あぁ、昨日セカンドヘヴン入りしたんだ。連れだよ」
「俺の飯なんて食べちまったら、ヴェート都市周辺以外に住めなくなるぞ?」
「はっは、そうだな! いつも最高だよ」
陽気なウェスタ―さんに続いて、中に入る。店内にはすでに2組の先客がいて、見覚えのある……前世そのままのスパゲティを頬張っていた。
オリバーというイタリアンレストランの店主は、その店をアリダという目の不自由な奥さんと一緒に経営しているのだと語った。テーブルの上のメニューも店内の雰囲気も懐かしく、ずっと前に父と行ったはずの近くの洋食屋を思い出した。
「オリバーはな、俺と同じで前世の味をできるだけ違和感なく再現することにこだわって店をしてるんだ。この店でしか食べられないのが勿体ないくらいにうまいぞ! あと、酒もある!」
ウェスタ―さんが指さしたカウンターの上のボードには、ブロンジュ酒入荷してますと書いてあった。
「異世界で本格スパゲティなんて……僕、想像もしてませんでした!」
ある意味、最高な反応を返した颯真を見てウェスタ―さんは大きな声で笑う。
「ヴェートは自由の国だからな、こういうのも融通が利くんだ」
ウェスターさんは心底嬉しそうに歯を出しにぃっと笑う。
「良い国だぞ」
自信満々にそう付け加えた。
「そんなに褒められちゃあ、今日は一杯まけとくとかないなぁ」
席に水と持ってきたオリバーさんは照れを隠すように笑う。
「アリダとオリバーとは同期なんだ、紹介できてよかったよ」
「ウェスタ―にはよくしてもらってるよ、本当に」
リシュリューさんにラズト、この人もウェスタ―さんを慕って尊敬しているように見える。案外、本当にただのお節介焼きのように思えてきた。
運ばれてきたサラダは野菜というより果物のような色のものが多く(それでも葉野菜なのだが)あまりにもカラフルでやっぱり異世界版という違和感はあったが、味は文句のつけようなく美味しかった。
正直、前世の野菜より美味しい。
この店のお勧めだというカルボナーラとトマトスパゲティは味も見た目もほとんど前世のままで、肩の力が抜けた。トマトに似た味のオレンジ色の野菜を魔法で少しだけ着色してソースの原料に、カルボナーラの卵は隣街で養殖されている魔獣の無精卵を使っているのだと説明してもらった。
実際、かなり研究されているのだろう。
ブロンジュで造酒されているらしいお酒でウェスタ―さんのテンションがおかしくなる頃には、仕事を終えたリシュリューさんも合流した。
リシュリューさんがお酒を飲み始めるころには日和さんと颯真は食べ過ぎてテーブルに突っ伏して熟睡し、俺も酔っ払ったウェスターさんとリシュリューさんに勧められ(半ば無理やりに)呑んだアルコールが体に回り、酔い始めてきていた。
「これってちょっとお酒とは違うんだけど、この世界でもお酒を飲んだように感じる。そういう風な魔法の飲み物で」
出来上がったオリバーさんはもうすぐに回らなくなりそうな舌で語る。
「アリダも一緒に飲めたらなぁ」
完全に貸し切り状態の店内で店主が大きくゲップをした。
「今日は検査の日か?」
「あぁ、ヴェートに最近2人……あとその後1人、えっと今3人か? グリーズの人らが来ただろ。役員の、ほら。その中の1人、ラズト君とは別のヴェート都市医院に姉妹だったか同期だったかがいる、ほらあの」
「あの子か」
「あの子が、いろいろ観てくれるらしくて」
2人の話に耳を傾けていると、後ろの席で椅子が倒れる音がする。
「うぇえすたー、もっとわたしにかまえばいいのいー」
みっともなく想像を裏切らない酔っ払いに完成しきった大人っぽさの欠片もない(ある意味かわいらしい一面と言えるので颯真が見たら苦手意識がなくなっていたかもしれない)リシュリューさんが声を上げる。呂律も回っていない。
ついに出来上がってしまったようだ。見る限りペースも早かったので、当然のことだろう。
「前世だったらありゃ、2日酔いコースだな」
「あー、あれだ。弱いのに随分飲むやつ」
よく居たとリシュリューさんを指さしてそう言う店主に、ウェスタ―さんは仕方なさそうに笑った。
それから少ししてリシュリューさんに加え、オリバーさんも泥酔。レストラン二階、生活スペースになっているところにオリバーさんを運んで、彼の奥さんを迎えに行くとメモを残したウェスタ―さんは、何やら白の法典を開く。
「仕方ないな、リシュリューは家に飛ばすか!」
俺がどうするんですか、と聞く前に白の法典が緑色の光を放つ。
「ウェスタ―・ヴェティストが命ず! リターンイット、地点A」
その途端、緑色の閃光が走る。あまりの眩しさに目を閉じ、開けた瞬間にはリシュリューさんの姿がなくなっていた。
「今のでヴェートの場所、かつ俺が訪れて印をつける魔法をかけておいた場所ならどこにでもあらゆるものを飛ばせる。まぁ人を送るのは慣れてないとあんまりよくないんだがな。距離があるとめまいがするらしい、前にリシュリューに怒られたことがあるよ」
「ヴェート以外には……」
「国や海を跨ぐのは厳しいな。リシュリューとは、もう随分長いからな。雑なやり方だが、こうして何かあった時にリシュリューを家まで送れるようにしてる」
なんだか女性にするには、少々荒っぽい扱いである気もする。
「送ってやれればいいんだけどな、リシュリューとばかり仲いいところを見られるのも良くない……。ついでに、アイツも素直じゃない」
お互いに友人以上に思いあっているように見えて仕方がない。俺が口を挟む立場じゃないけれど、気になる。
それから颯真と日和さんにはタオルケットをかけ、後で戻るようにと伝言をメモに残しておいた。
ウェスタ―さんと店を出る頃には、すっかり外が静かになっていた。
「オリバーの嫁さんのいる病院はそう遠くない。この時間なら用事も終わっているはずだ。ロズに乗って早く迎えに行こう、あんまり女性を一人にするのは良くない」
セカンドヘヴンに不審者が居るとは思えないがどんな時も夜道を女性で一人というのはよくない。
一人になるタイミングがなかなか無いなと思いつつ、割り切って返事をする。ローブのポケットの包みは寝る前にでも確認しよう。
「わかりました」
時間を気にしているのだろう、速足で歩くウェスタ―さんが思い出したように口を開いた。
「気になる事もあると思うが、それを解決してやるのは当分、難しそうだ」
「……白の法典に聞けば、何とかなる事がほとんどだと思ってますし」
「グリーズのこと、魔法のこと。それ以外のことも、気になる事が多く目につくだろう。あきらはこの世界だからできることが具体的にあって、目標があるんだろうな。だからこそどうしても、他のヤツとはちょっと違ったところに疑問を感じるのかもな」
ウェスタ―さんの横を歩くロズが気にかけるように、一瞬ウェスタ―さんの方を見遣る。
「事情はよく分からん。さっき言ったことも、ほとんど俺の勘さ。俺にできることは限られているだろうが、力になれる範囲のことなら力になる。頼ってくれて構わん。だからもう少し肩の力を抜くといい」
「……ありがとうございます」
何故だろうと思いつつ、どう聞いていいのかわからなくなってそれは飲み込んだ。
それから居心地の悪くない静かな時間が続いた。
たまに人とすれ違ったが、それでも日中に比べると随分少なかった。
ウェスタ―さんの言う通り、病院にはそこまでかからなかった。
それらしき建物の前で、先に俺たちに気づいたらしい女性が手を振っていた。ゆっくりと病院の敷地内に入っていく、半分閉まった門を超える。手を振る看護婦のような格好の女性、車いすの女性、それから白衣を着た女性がそこにいた。
白衣の女性と目が合う、嫌な予感がしてその隣の2人とウェスタ―さんを見る。
その時の俺はそれでもこの2人を警戒しなければ、とまでは思わなかった。