第74.5話 なぜ石山本願寺は信長に敵対した?
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第74弾です。
今回のテーマは、なぜ石山本願寺は信長に敵対した?です。
突如信長と敵対し、織田軍を急襲した石山本願寺。
石山本願寺を総本山とする一向宗とその総帥・顕如がなぜ織田家との敵対を選択したかについての考察です。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「なぜ石山本願寺は信長に敵対した?」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
第75話でいきなり敵が増えたよな。何でなん?
大田勇介
たぶん明確な原因ってのは解明されてないと思う。今回はそれまで決して仲が悪くはなかった織田家と一向宗がなぜ決裂したかについて考えてみたい。
ヨシロー
あんまり思い出されへんのやけど、織田家と一向宗って仲良かったんやっけ?
マタスケ
特に良くもなく、悪くもなくって印象かな。たぶん今作で一番最初に関わりがあったのは、斎藤道三との正徳寺の会見やな。少し古い話になるけど、第17話と第18話がそれにあたる。現代でも首脳会談が中立国で行われることが珍しくないけど、一向宗の寺院・正徳寺も同様の事情で会見場に選ばれたと考えられる。尾張と美濃の国境付近でどちらの勢力にも属しない場所やったわけやから。
ヨシロー
それでいくと、確かに仲が良くも悪くもないってことやな。他には?
マタスケ
信長が足利義昭を擁して上洛した時、石山本願寺は信長の要求に応じて矢銭(軍事費)をすぐに納めている。渋った末に軍勢を向けられ、最後は強制的に納付させられた堺とは対照的な様子。ま、堺が2万貫やったのに対し、本願寺は5千貫と少なかったこともあるかもしれんが、それでも現代の価値にしたら数億円の金をポンッと出したんやから、この時点での本願寺に信長や義昭への敵意はなかったと見ていい。
ヨシロー
じゃあ、何で急にケンカしだしたんや?
マタスケ
筆者の考えとしては、朝倉攻めの一部始終がかなり大きな影響を持っているとしてる。
ヨシロー
どういうこと!?
マタスケ
ひとつは、朝倉攻めの失敗によって信長と義昭のつくった政権の地盤が揺らぎそうな気配を感じ取ったためじゃないかと。近江国が乱れ始めたことも大きいが、三好三人衆が摂津国に再上陸したことで、畿内で義昭政権に敵対する勢力が一気に増え、情勢がかなり流動化していたから。
ヨシロー
近畿がぐちゃぐちゃになりそうやからというのはわかったけど、それなら最初から三好の味方をしなかったのは何でなん?
マタスケ
思いのほか信長の反撃が早くって、石山本願寺の首脳陣のなかでも判断に迷っていたんとちゃうかなぁ。素早い対応しているだけじゃなく、姉川の勝利もあるし、本当に織田のつくった政権が倒れるか確証が持てんかったんやろな。
ヨシロー
けど、最終的に信長軍を攻撃してんやろ?それはどういうつもりやったんやろ。
マタスケ
おそらく、だまし討ちのようにして始まった朝倉攻めの経緯が関係してるんやと思う。野田・福島を攻撃しにきた織田軍が、実は本願寺を主目標にしてる可能性が否定できんから。実際、朝倉攻めは若狭国へ出兵すると言いながら、いきなり敦賀に攻め込んでるわけやし。
ヨシロー
えーっと、それってやられる前にやったったってことか?
マタスケ
そういうこと。おそらく本願寺としては織田家が見た目ほど盤石でないと分析し、和戦両方を選択肢として持っていた。そんななかで総本山の目と鼻の先でドンパチやり始めたから、危機感を持った開戦派が勢いを得て開戦することになった。それ以外にも何かしらの利害対立はあったかもしれんが、最大の理由は積極的な防御やったんちゃうかな。
ヨシロー
そう言えば、信長の方はどうやったんやろ?一向宗と戦うつもりやったんかな?
マタスケ
少なくとも野田・福島の戦いの時点ではそのつもりはなかったやろうな。信長は段階的に本陣を野田城に近いところへ移していて、前方に意識を集中させる一方で後方の石山本願寺には全然注意を向けていないように思われる。石山本願寺側から攻撃をしかけなかった場合、戦闘に至らなかった可能性が高い。
ヨシロー
信長にとっては不意打ちをくらったかたちなんやな?
マタスケ
そう。だから優勢やった戦局が一気に膠着状態になってしまった。もし石山本願寺との戦闘を想定していれば、本陣を最初の天王寺から動かさず、警戒をしていたはずやからな。幸い退路を絶たれることはなかったけど、本願寺の攻撃が成功して織田軍の砦を占拠していたら、信長は京へ引き揚げることすら難しかったかもしれん。
ヨシロー
そう考えたら、信長は想定外、本願寺側にやる気があったっちゅーわけやな。
マタスケ
そう。他力本願ではなく、自力で我が身を守ろうと行動したってことや。
ナレーション
お後がよろしいようで。




