第68.5話 落窪の戦い>姉川の戦い!?
※ 本編にはあまり関係ないですので、興味がある方のみお読みください。
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第69弾です。
今回のテーマは、落窪の戦い>姉川の戦い!?です。
数ある織田軍の戦いのなかでもあまり目立たない落窪の戦いについての考察です。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「落窪の戦い>姉川の戦い!?」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
タイトルの意味がもうひとつわからんな。どういう意味なん?
大田勇介
世間一般では姉川の戦いが有名なんやけど、同時期の戦いとしては落窪の戦いの勝利の方が信長としては意義が大きかったんちゃうかってことやな。
ヨシロー
それは何でなん?
マタスケ
前回(「第67.5話 岐阜へ帰るまでが退き口です?」)でも取り上げたけど、信長は辛くも京から岐阜へ帰ることができたけど、通ったことない険しいルートを通る羽目になるわ、しかもその途中で狙撃されるわ、大変な目に遭った。この状況が続けば、信長の勢力圏内の移動はかなり制限されたままの状態となる。
ヨシロー
そんなにボコボコに負けたわけやないのに、気がついたら結構ピンチになってんねんな。
マタスケ
そう。そんななかで甲賀郡で逼塞していた六角軍が信長が去った南近江の奪還に動き出す。信長は岐阜に帰ったばかりやから、しばらくは援軍に来られる見込みはない。南近江に駐屯することになった織田の諸将は独力での対処を強いられた。
ヨシロー
さらにピンチやんけ!
マタスケ
そうやねん。六角軍の兵力は不明やけど、積極的に攻勢に出てきたわけやから、織田軍と同等かそれ以上の数がいたと考えられる。さらに六角軍は旧支配者という利点を活かして、南近江各地で一揆を扇動していたようやから、織田軍は苦戦を免れんかった。
ヨシロー
でも、第69話ではあっさり勝ってなかった?
マタスケ
うん。戦いはわずか1日で決着がつき、六角軍は780人もの戦死者を出して敗走してしまった。六角軍の総数は不明やけど、多くても3千から5千前後の兵力やったと思われるから、これだけの損害をこうむったとなると、壊滅的打撃と言っていい。以後も六角家は度々甲賀郡から出撃して南近江を脅かすんやけど、良く言えば他の勢力と連携して、悪く言えば織田軍が他の勢力の相手をしている隙をつく形で作戦を展開していくしかなくなる。
ヨシロー
けっこう大事な戦いやったんやな。
マタスケ
佐久間信盛や柴田勝家の功績はかなり大きい。六角軍の脅威が減ったことで、南近江を防衛戦力を減らして、よそへ転用することが可能となった。この勝利と北近江の堀家の寝返りによって、情勢は一気に信長有利に傾く。堀家が味方についたことで北近江へ出兵する条件が整い、落窪の勝利によって柴田・佐久間・森などの諸勢を北近江へ呼び寄せることが可能となったんや。
ヨシロー
なるほど。ターニングポイントやな。ところで、姉川の戦いって何やったけ?
マタスケ
・・・(かなり有名な戦いなんやけどな・・・。)まだ今作では出てきてないけど、この後すぐに北近江で行われる織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍の戦いや。詳しくは次回以降に譲るけど、よくこの戦いがターニングポイントとされることが多いんやが、筆者は世間で言うほど決定的な戦いやったとは考えていない。戦いの規模は落窪の戦いとは比べ物にならんくらい大規模なんやけどね。
ヨシロー
規模がデカイからって、必ず最重要やとは限らんと言いたいわけやな。
マタスケ
そういうこと。姉川の余波は当然あるんやけど、必ずしも信長の運気が急上昇したとは言い難い。むしろ落窪の戦いの方が、にっちもさっちもいかん状態から攻勢に出られるきっかけをつくったわけやから、より効果的やったという見方やな。
ヨシロー
そっか。戦いの名前は落窪やけど、実際に信長の運気が落ちくぼんでたんは、戦いの前までで、そっからは上り調子なんやな。
ナレーション
お後がよろしいようで。




