第67.5話 岐阜へ帰るまでが退き口です?
※ 本編にはあまり関係ないですので、興味がある方のみお読みください。
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第68弾です。
今回のテーマは、岐阜へ帰るまでが退き口です?です。
秀吉の出世の糸口になったとされる金ヶ崎の退き口についての考察です。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「岐阜へ帰るまでが退き口です?」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
何か、遠足でのお約束みたいなタイトルやな。どういう意味なん?
大田勇介
俗に言う「金ヶ崎の退き口」よりも岐阜への帰還の方がはるかに難儀やったってことを言いたいんやな。で、「お家に帰るまでが遠足ですよ!」的なタイトルをつけた、と。
ヨシロー
やっぱりな。で、実際のところ、どう難儀やったん?
マタスケ
第68話にも出てきたけど、過去に信長が京への行き来に使ったルートがことごとく浅井家に遮られてしまったこと、それによってやむなく六角承禎の支配地域である甲賀郡に近い千草越を使ったところ、狙撃によって命を狙われたことやな。
ヨシロー
確かに敦賀から京までの間では命狙われた話は出てこんかったから、今回のほうが大事やな。
マタスケ
あと、南近江の諸郡に重臣たちを分散配置しなければならなくなったことも、地味に難儀なことやな。
ヨシロー
ん!?そうなん?
マタスケ
そうやねん。信長軍をまとめて運用したら、浅井や六角はもちろん、朝倉軍よりも大軍となる。けど、それぞれ1千人以上の兵隊を持つ重臣たちをあちこちに置かなアカンことになって、信長が軍事行動を起こす際に動かせる兵隊の数が大きく目減りしてしまうことになった。うまく岐阜に帰れたとしても、攻撃に出にくい状況に陥ってしまったわけなんや。
ヨシロー
チラホラ重臣の名前出てたけど、実際に引っこ抜かれたら信長の本隊が激減するん?
マタスケ
当時の織田家で寄騎を加えて千人以上を率いていたと思われる主だった重臣は佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、森可成、坂井政尚、木下秀吉、明智光秀らとなる。他に信長側近から抜擢されつつあった蜂屋頼隆や中川重政らや西美濃三人衆らを加えた十数人が当時の織田家の有力幹部クラスと目される。そのうち、実に半数近くが京や南近江の確保に割かれ、伊勢の滝川一益を加えると、岐阜に帰り着いた信長が動かせる兵力は最大動員時の半分前後になってしまう計算になる。浅井や六角だけならともかく、朝倉まで相手する余裕はない。
ヨシロー
なるほど。けど、それやったら、いったん京とか近江から撤収したらええんちゃうん?
マタスケ
そんなことしたら、ハッキリと信長の勢力が負けて後退したとみなされて、もっと敵に回る勢力が増える可能性がある。せっかく信長が擁立した将軍・足利義昭も失脚してしまうかもしれん。信長としては京や京への連絡路は決して失うことはできない。だから、南近江の各地に重臣たちを駐屯させて、守りを固める必要があったんや。
ヨシロー
そういうことか。
マタスケ
で、そうやって重臣たちを配置しても、必ずしも安心とは言えなかった。浅井や六角のほか、一揆が起こったりして南近江各所が不安定化し、しばらくは点と線を確保している状況やったと思われる。いつ各重臣たちが孤立して撃破されるかわからんわけで、信長としてはまだまだ苦しい状態が続いていたはずや。
ヨシロー
そうか。けど、今回のタイトルの感じやったら、岐阜へ帰ったら解決したみたいな感じやけど?
マタスケ
正確に言うと、岐阜に帰ったことで軍隊の立て直しが可能となったことと、その直後に北近江と南近江でそれぞれ起こった信長方に有利な出来事のおかげで、一転して信長が攻勢に出ることが可能になったんや。
ヨシロー
それはどんな出来事なん?
マタスケ
そいつは次話に譲ることにしよう。
ヨシロー
焦らすなぁ!!
マタスケ
「浅い川も深く渡れ」って言うがな。じっくり行きましょうや。
ヨシロー
また浅井にかけよったな・・・!?
ナレーション
お後がよろしいようで。




