第53.5話 楽市楽座って信長の発明じゃないん?
※ 本編にはあまり関係ないですので、興味がある方のみお読みください。
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第54弾です。
今回のテーマは、楽市楽座って信長の発明じゃないん?です。
信長の革新的な経済政策として語られることが多い楽市楽座ですが、その実態についての説明です。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「楽市楽座って信長の発明じゃないん?」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
楽市楽座ってそもそも何なん?
大田勇介
その説明の前に、まずは当時の座と市場について説明せなアカンかな。
ヨシロー
市場って魚とか野菜とか売ってるとこやろ?
マタスケ
現代ではそういうイメージが強いけど、昔は色んなものが売ってる場所やったし、開かれる日も少なくて月数回ってことも珍しくなかった。段々と大きな都市では毎日のように開かれるようになって、一部の認められた者しか商売ができないようになっていった。
ヨシロー
えっ、どういうこと?
マタスケ
領主や寺社、大商人ら市場の元締めに上納金を納めて出店許可をもらわなアカンかったんや。もし無許可で出店しようもんなら、市場を管理する市司らに市場から叩き出され、商品や売り上げも全部没収の目にあわされた。
ヨシロー
うわぁ、厳しいな・・・。そういや、座って何や?
マタスケ
当時は商品ごとに同業者組合があって、それに所属する者しかその商品を扱えなかった。例えば、油を扱う油座、魚を扱う魚座、材木を扱う材木座などや。これらも寺社が幕府から認められて元締めとなっているケースが多かった。
ヨシロー
何か、武士とか寺とか神社がだいたい元締めやってない?上納金とるとか、まるでヤ◯ザみたいやん。
マタスケ
うん。利権構造としては似てるかな。当時の支配階級は土地からの税のほか、商業税、関所の通行料なんかを収入源にしてたから。
ヨシロー
何か、弱いもんイジメして、カネを搾りとってるようにしか見えんな。
マタスケ
そういう面はあるな。民主主義の現代と違って、当時の支配階級は民衆のための政治を行うという意識は薄くて、自分の家の利益を守る意識が強かったから。
ヨシロー
何か不公平で嫌やな。
マタスケ
そこで楽市楽座が登場する。市場で誰もが商売でき、座に関係なく自由に商品が扱えるようにしたわけや。
ヨシロー
信長がそれをやったんやろ?やっぱスゴイよな!!
マタスケ
楽市楽座じたいは信長の発明ではなくて、南近江の六角家や駿河の今川家が先に取り入れてる。信長はそれらの真似をした形やな。
ヨシロー
けど、信長は民衆のこと考えて新しく楽市楽座?やったんやろ!?エライやん!
マタスケ
いや、そんなことは考えてなかったと思うぞ!?岐阜の楽市楽座は、丸焼けになった町の再建のため、手っ取り早く人を集めるために行ったと考えられる。その証拠に、熱田や津島など他の都市では元からの商人たちを保護して、楽市楽座はやってない。
ヨシロー
じゃあ、信長って民衆のために動いたわけでも、とにかく新しいことばかりやるってわけでもないんか?
マタスケ
そう。信長は「革新者」のイメージが強いけど、新しいことをしてやろうって意識より、どうすれば自分にとって最もメリットがあるかを考えて、手を打ってる。今作で何回も信長を「リアリスト(現実主義者)」って描写してるけど、そういうことなんよ。
ヨシロー
うーん、信長がわからんくなってきた。楽市楽座やなくて、苦労苦戦やわ。
ナレーション
お後がよろしいようで。




