第39.5話 桶狭間の戦いのきっかけは信長の挑発か!?
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第40弾です。
今回のテーマは、桶狭間の戦いのきっかけは信長の挑発か!?です。
第40話以降で描く桶狭間の戦いのきっかけについて取り上げました。
ぜひご一読ください。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「桶狭間の戦いのきっかけは信長の挑発か!?」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
桶狭間の戦いは知ってんで!信長が少ない人数で勝った戦いやろ?
大田勇介
その通り!『信長公記』では4万5千の今川軍に対し、わずか2千の信長軍が勝ったと記されてる。
ヨシロー
えっと・・・20倍以上!?むちゃくちゃな大勝利やな。
マタスケ
ただ、今川軍の数が信長軍より多かったのは間違いないにしても、そこまで極端な戦力差はなかったとするのが今作の立場やねん。それはまた別の機会に詳しく話したいと思う。
ヨシロー
で、信長の挑発って!?
マタスケ
鳴海城や大高城の周辺に攻撃拠点となる砦を幾つもつくったことやな。ふたつの城を「陸の孤島」にしてしまい、今川の本軍を引っ張り出すことにつながった。つまり、挑発して今川軍を尾張国にやって来させ、桶狭間の戦いが起きたってことやな。
ヨシロー
えっ!?信長が今川軍が来るようにしたって言うんか。
マタスケ
明らかに両城の補給路を断ち、長期戦による攻略を目指してる。そうなると、今川の援軍がやって来ることは当然想定される。だから、少なくとも今川軍が来ることを計算に入れ、あるいはあえて来させるために攻撃に出たと考えられる。
ヨシロー
何で今川軍は確実にやって来るってわかるん?
マタスケ
当時の主従関係は、部下の領地を守ることを条件に主人は部下の忠誠を獲得してた。部下が攻められた場合、救援に行かなければ部下の忠誠を失ってしまう。だから、今川義元は鳴海・大高の両城を何としても助けに行かなければならんかった。実際、部下を見殺しにしてしまい、部下に一斉に裏切られて滅んだ大名家はいくらもあるしな。
ヨシロー
せやけど、今川軍の方が信長軍より多かったんやろ?信長は何でイケるって思ったんやろな。
マタスケ
これまで信長軍は野戦で次々と勝利をおさめてる。同数よりもやや多い敵にも勝ってるし、今川軍相手にも自信があったと思う。筆者は、信長の作戦が次のようなものやったと考えてる。「鳴海・大高両城を兵糧攻めで攻めとる。今川の援軍がやって来たら、チャンスを見て戦いを挑み、勝利する。」
ヨシロー
何か、バクチみたいな話やな。
マタスケ
うん。今作ではここまでの信長の戦略をなるべく丁寧に見てきたつもりなんやけど、初期の信長は武力偏重と言っていい。敵勢力がだいたい同じくらいの勢力だったという事情もあるけど、野戦でカタをつけて勢力拡大を続けている。たぶん全然負ける気がしてなかったんちゃうかな。で、今川家との対決を決めたんやろう、と。
ヨシロー
ほんでどうなるかは、第41話以降に期待ってことやな。
マタスケ
そやね。そっちはバクチにならんように、堅実にいきたいね。
ヨシロー
信長はバクチすんのに、随分慎重やな。
マタスケ
おう!『信長公記』・・・
ヨシロー
何回目や、これ・・・!
ナレーション
お後がよろしいようで。




