第6話:性的低級悪魔
「なるほどデス。夜に性的なイタズラをしでかすインキュバスや女性淫魔の類と見てよさそうなのデス。ベル様、どうしマス? 淫夢を見せられる程度の被害デスガ」
ベル=ラプソティは夜中に皆を叩き起こして、明日、睡眠不足になるか、それとも少しばかり精気を吸い取られるかの2択を迫られることになる、どちらも明日、しんどいめに会うのは同じであるが、なるべくなら皆が疲れを感じないようにしてほしいと願うのであった。
「わたくしたちだけで対処しましょ。一団の皆はベッドの上で眠ることすら出来ずの旅を続けているわ。少しでも体力の温存をしてもらいますわよ」
「わかりまシタ。ベル様がそうで良いと言うのであれば、ボクに異論はありまセン。では、さっそく害虫退治といきまショウ」
アリス=ロンドはそう言うと、藁のベッドの上から起き上がり、あろうことか、マリーヤ=ポルヤノフの狐色に輝く尻尾の根本に右手を突っ込む。そして、何かをむんずと鷲掴みにして、一気にそれを引き抜く。
そんなことをされてたまらないのはマリーヤ=ポルヤノフであった。声にならない声をあげて、それを悲鳴として口から飛び出させることになる。
「なんじゃ!? なんじゃ!? あちきがイケメンに抱かれていたと思ったら、尻から尻小玉を引き抜かれたほどの衝撃を受けたのじゃ!」
「安心してくだサイ。尻小玉を抜いたのではなくインキュバスを引き抜いただけデス」
アリス=ロンドの右手で鷲掴みされているのは多足を持つ奇怪な海老に似た虫であった。それはギチ……ギチ……と口と身体全体から奇妙な音を出していた。アリス=ロンドは右手を光らせて、テラテラと謎の液体で濡れている奇妙な虫を光の彼方へと送り出す。
インキュバスは身体の表面を固い甲羅で覆われている甲殻類に類似したモノが多い。海老、蟹、そしてフナ虫と個体によってさまざまな形をしている。たいていは腹側から伸ばされる触手によって、女性たちのデリケートゾーンを覆い隠し、さらにはその触手で宿主たちの精気を吸い取る悪魔であった。
それを止めさせるためにアリス=ロンドはマリーヤ=ポルヤノフのデリケートゾーンに張り付いている海老の形をしたインキュバスを剥がして、浄化したのであった。マリーヤ=ポルヤノフとしては、なんとも言い難い表情になるしかなかった。
「インキュバス程度で、あちきの性欲が尽きることはないのじゃ。ああ、この世には存在しないと思われるほどの白馬の王子様が、あちきの身体を弄んでくれたというのに……」
マリーヤ=ポルヤノフの言いはもっともであった。インキュバスにデリケートソーンを弄ばれたとしても、蚊に刺されるような不快感が生じるわけでもない。あちらは生きるために精を吸い取り、そのリターンとして、良い淫夢を与えてくれる。ようは持ちつ持たれつという関係を悪魔相手に築ける唯一の存在だといっても良い。
しかし、天使族である者たちにとって、快楽を悪魔から与えられるのは、死活問題にまで発展してしまう。ニンゲンと天使族にとって、インキュバスや女性淫魔に対する価値観は雲泥の差ほどまでに開いていた。
「余計なお世話だとマリーヤさんに言われてしまいまシタ。ボクはもう不貞寝したい気分デス」
マリーヤ=ポルヤノフが不満を言えば、それに対して不満をぶちまけるのがアリス=ロンドであった。天使と悪魔は共存関係を築くことなど、絶対に出来ない。しかし、ニンゲンというものは、善にも悪にも傾くことが出来る特殊な存在である。ベル=ラプソティはそもそもとして、マリーヤ=ポルヤノフを初めとして、一団の皆から不平不満が飛び出すことは承知の上でインキュバスと女性淫魔を退治しようと言い出したのである。
それもこれも、わずかであったとしても、皆の生きる力を温存する方向で動くことを決意していたからである。マリーヤ=ポルヤノフが文句を言い、アリス=ロンドがへそを曲げる自体に陥ったが、ベル=ラプソティはアリス=ロンドをまあまあと宥め、残りのインキュバスたちを駆除するために動き出す。
淫夢を楽しんでいたマリーヤ=ポルヤノフは不承不承ながら、アリス=ロンドたちの手伝いを買って出る。自分が良い淫夢から無理やり目覚めされたことへの仕返しだと言わんばかりに、魔素測量器が示す位置へと行って、ニンゲンたちからインキュバスを引っこ抜き、ゲシゲシと足蹴にするのであった。
インキュバスを引っこ抜かれた女性たちは皆、マリーヤ=ポルヤノフの時に似た反応を示してみせる。その中には旦那持ちも居たが、旦那とインキュバスが見せてくれる理想の王子様は別腹であることはその女性が示す反応からも自明の理とでも言いたげであった。
「ううん……。もうやめますゥ? 皆さんのためだと思ってやっている行為で、あたしたちが無駄に恨みを買っている気がするのですゥ」
カナリア=ソナタもさすがにうんざりだという感情を顔に表情として映し出す。しかし、それでもベル=ラプソティは元々、感謝されるためにやっているわけではないと固い意志を示し、渋々であるがカナリア=ソナタとアリス=ロンドはそれに従う他無くなる。
そんな意志の固いベル=ラプソティであったが、女性淫魔たちがグリーンフォレスト国から派遣された兵士たちの上に馬乗りになっているのを見て、回れ後ろ右をしてしまいたくなる。
「えっとォ。ベル様の姿に似せているのが3割。あたしに似ているのが5割、そして残り2話がマリーヤさんですねェ……」
「ふんっ。しょせん、男はおっぱいのために死ねる奴らばかりじゃ。この割合は正しくもあり、間違っていると言ってやりたい気分じゃな」
「なんか、気を張っていたわたくしが馬鹿みたい。アリス。あんまり気分が良い光景じゃないから、女性淫魔を一掃してくれない?」
「ベル様をいやらしい眼で見ている兵士たちを女性淫魔ごと焼いて良いデスカ?」
アリス=ロンドがベル=ラプソティにフルバースト・エンジェルモードの使用許可を求める。しかし、それはさすがにやりすぎだとベル=ラプソティがアリス=ロンドを止めに入ることになる。結局のところ、女性淫魔如きに過剰なエネルギーを使うのは悪手だというカナリア=ソナタの言いに従い、アリス=ロンドはダガーストライク・エンジェルモードへと移行し、その手に持つ短い光刃でばっさばっざと一体づつ女性淫魔を背中から斬り伏せていく。
淫夢から眼を覚ましたグリーンフォレスト国の兵士たちは、ベル=ラプソティ、カナリア=ソナタ、マリーヤ=ポルヤノフたちの顔をまともに見ることは出来ない。一様に彼女たちと視線を合わせぬようにと努める他無かった。
「大体、片付いたわね。カナリア、これで全部かしら?」
「魔素測量器の数値的にはあと1匹居るんですけどォ。クォール様の命が消し飛ばされるというかァ……」




