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第3話:敵に回してはいけない存在

 ベル=ラプソティとマリーヤ=ポルヤノフはまさに一触即発といったところまで、互いの気を昂らせることになる。そもそもの発端は教皇なのだが、クォール=コンチェルト第1王子、そして彼付きの近衛兵たちも悪いと言えば悪い。しかしながら、今、この場に居る男連中はベル=ラプソティとマリーヤ=ポルヤノフが睨み合いながら、さらにいつでも腰に佩いている鞘から(つるぎ)を抜いても良いという雰囲気に飲み込まれ、誰一人、彼女たちの間に割って入ることは出来なかった。


「ベル様ァ。帰りが遅いので、お迎えにあがりましたァって、今、どんな状況なんですゥ!?」


 ベル=ラプソティがどうせ、アリスを愛でる時間を増やしてくれとかどうでも良いことをクォール=コンチェルト第1王子が言ってくるだけだなので、さっと行って、さっと帰ってくると言っていたのに、待てど暮らせど、いっこうに戻ってくる気配が無かったので、カナリア=ソナタたちはぞろぞろと一団の先頭にまでやってくることになる。


 そこであまり記憶に残っていない半狐半人(ハーフ・ダ・コーン)の女性と、ベル様が睨み合いからの抜刀体勢へと移行しはじめたところにばったりと出くわしたのだ。カナリア=ソナタはベル=ラプソティの背中側から両腕で抱え込むようにして、無理やりにベル=ラプソティの動きを止める。


「ふんっ。従者に助けられたようじゃな。あちきの剣技が披露されれば、そなたの大事な髪が半分ほど無くなっていたのじゃっ!」


 余計な一言とはまさにこのことであった。ベル=ラプソティの従者が止めに入ったことで、実際に鞘から(つるぎ)を抜き出し、引くに引けない状況に陥っていたかもしれない両者であったのだが、そこに飛び込んでくれたというありがたい存在のおかげで、どちらも退く理由が出来たのは実際のところ、これ(さいわ)いだったのである。


 だが、マリーヤ=ポルヤノフはあまりにも頭に血が昇っていたために、要らぬ追い打ちの言葉をベル=ラプソティに吐きつけてしまった。こうなれば、黙っていない存在がベル=ラプソティの傍らにいた。


「ベル様を侮辱することは、同時に星皇様を侮辱することになりマス。覚悟はよろしいでショウカ?」


「おやおや。クォール殿下の寵愛を受けた男の娘がやってきたのじゃ。そのか細い腕、絶壁胸板、そして、天使も裸足で逃げ出すほどの幼顔が、クォール殿下を籠絡した秘訣かえ?」


 マリーヤ=ポルヤノフは当然と言えば当然のこと、アリス=ロンドが星皇の(めかけ)であることを知らない。そして、それだけならまだマシであった。アリス=ロンドがクォール=コンチェルト第1王子をベル=ラプソティの許可さえあれば、消し炭に変えてしまうのも躊躇しないことをだ。


「これ以上の言葉は不要デス。ベル様。ボクにソードストライク・エンジェルモードの発動許可をくだサイ。3枚におろしてみせます」


「発動許可を与えるわ。でも、失禁させる程度で済ませてちょうだいね」


「わかりまシタ。やはりベル様はお優しい方なのデス。それでこそ、星皇様のベル様なのデス。ソードストライク・エンジェルモード発動デス!」


 マリーヤ=ポルヤノフはこの可愛らしい男の娘がなんとも勇ましい技名を言ってみせるものじゃと感心してみせる。しかし、クォール殿下から寵愛を受けているのが妖艶な自分ではなく、この男の娘であることが腹立たしいのは変わらない。マリーヤ=ポルヤノフはどうぞどうぞ、抜刀してみせいと右手をひらひらと上側に動かしてみせる。


 そんなマリーヤ=ポルヤノフに対して、アリス=ロンドはまずは身体の奥底から多量の神気を発してみせる。これを見て怖気づく女性であるならば、そこで決着であったのだが、さすがはベル様相手に一歩も引かずに罵詈雑言の嵐を浴びせさせる女性だと思ってしまうアリス=ロンドであった。


 それゆえに神気での脅しは止めて、身体から発した神気により、超一級天使装束にソードストライク・エンジェルモードのパーツを装着させる。さらには金筒を両手で握りしめ、そこにも神力(ちから)を注ぎ込み、3ミャートルもある光刃を生み出すことになる。


 さすがにゴクリ……と生唾を喉の奥へと押下せざるをえなくなるマリーヤ=ポルヤノフであった。しかしながら、脅し以上のこともするわけはなかろうと踏んでいたマリーヤ=ポルヤノフであった。その願いに近しい想いは次の瞬間には打ち砕かれることになる。


 アリス=ロンドはまるで有象無象を切り捨てるが如くに、大上段の構えから長さ3ミャートルもある長大な光刃をマリーヤ=ポルヤノフの頭上へと振り下ろす。しかも寸止めすらする気配をアリス=ロンドは示さず、それを上から下へと一気に振り下ろしてしまったのだった。


 マリーヤ=ポルヤノフはこの時ばかりは死んだと感じた。身体の中央ど真ん中を通るように頭の上から尻の割れ目にまで神気が通り抜けたからだ。マリーヤ=ポルヤノフは放心しながら、膝から崩れ落ち、足を崩した状態で尻餅をつく。さらには股の割れ目からジョロロロロ……と、ニンゲンなら誰にも聞かれたくないであろう黄金(こがね)色の液体を漏らす音を大量に響かせてしまうことになる。


「ソードストライク・エンジェルモードによる、みね打ちを無事に完了しまシタ。任務完了。これより、通常モードへ移行しマス」


 アリス=ロンドがそう宣言すると同時に、彼女が両手で持っていた3ミャートルある光刃は空気に溶け込んでいくように光の鱗粉となって掻き消えていく。その長大な光刃が消えた次の瞬間には超一級天使装束のところどころにあった追加兵装も光の鱗粉となって消えていく。


「あゥあゥ。本当に斬り伏せてしまったのかと思ってしまったのですゥ……」


 カナリア=ソナタの眼力をもってしても、アリス=ロンドの今の斬撃は真打ちにしか思えないほどであった。実際に斬られたはずのマリーヤ=ポルヤノフが頭から尻の割れ目までで真っ二つになっていない事実をもってしてでしか、今のがみね打ちだったとは気づけなかったのである。


「わたくしも少しびっくりしましたわ。やっちまったかぁぁぁ! と思ってしまいましたもの」


「あ、ベル様でもそう思っちゃったんですねェ。アリス様、今度からはみね打ちをする時は先に宣言してください。相手はどう思うとかじゃなくて、ベル様とあたしの心臓に悪いのでェ」


「わかりまシタ。出来る限り善処しマス。でも、こう言ってはなんですけど、後から言うからこそ、映える言葉ではありまセンカ?」


 アリス=ロンドの言うことはもっともであった。真剣勝負の前に、これから手心加えるという者がいること自体、相手を舐め切った発言であることはもちろんなこと、みね打ちすると宣言すること自体もまた、相手がそれに乗じて反撃をしてくる可能性も生まれてくる。この辺り、勝負としての駆け引きがあるのは当然としても、わざわざ言う台詞でないことは当然といえば当然であった。


 とりあえず、そのことはおいおい考えるとしてだ。眼の焦点も合わず、未だにジョロジョロジョロロロロと失禁し続けるマリーヤ=ポルヤノフを介抱しようとするカナリア=ソナタであった……。

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