第3話:奮闘するコッシロー
スルトが放った重すぎる一撃はクレーター内に新たな小さいクレーターを生み出すことになる。巻き上げれた土砂に乗って、ベル=ラプソティたちは大空を舞うことになる。コッシロー=ネヅは急いでベル=ラプソティとカナリア=ソナタを空中で拾い、その広い背中に乗せる。
「とんでもない一撃ねっ! 意識を天界に飛ばされるかと思ったくらいよっ!」
「あぅあぅ。軽く失禁してしまったのですゥ」
「ふたりとも怪我は無いでッチュウか!? 痛むところがあるなら、飛ぶ速度を調整するでッチュウよ!?」
「大丈夫ですゥ。ベル様と魔術障壁のおかげで直撃は避けれましたのですゥ」
頭上から大きすぎる炎の大剣が振り下ろされてきた時、カナリア=ソナタは恐怖で身体が動かなくなってしまっていた。しかし、彼女のすぐ側に居たベル=ラプソティがカナリア=ソナタを両腕で抱きしめ、さらにその場で跳躍してみせた。それにより、運動音痴のカナリア=ソナタでも、スルトが振るってきた一撃をまともに喰らわずに済んだのである。
「アリスは……無事みたいね。ってか、あのカプセル、固すぎない!? 見た目では土砂を被った程度に見えるんだけど!?」
アリス=ロンドが中で眠っているベッド式カプセル型エネルギー補給器の下半分が土砂で埋もれていたが、その表面には傷ひとつついていなさそうに見えるベル=ラプソティであった。ガラス張りであるために、あっさりと割れ砕けるという危惧を抱いていたが、それよりもカナリア=ソナタのほうが危険であったために、ベル=ラプソティはカナリア=ソナタの身の安全を最優先にした。
「さすがは大気圏を突き抜けて、直径30キュロミャートルのクレーターを作っただけはある星皇様からのプレゼントなのですゥ。はっきり言って、ドン引きなんですゥ!」
「チュッチュッチュ。もしかしたら、スルトの本気の一撃でもへっちゃらかもしれないでッチュウね、アレ……」
大空へと退避を終えたベル=ラプソティたちが、その大空の上からアリス=ロンドの様子を伺っていた。遠目から見て、アリス=ロンドが眼を覚ました気配も無く、アリス=ロンドに何の危害も及んでいなさそうであった。それゆえにベル=ラプソティたちは、ひょっとして、あのカプセルを盾に使ったほうが良いのではないかという疑念すら心に浮かんでくる。
そして、それに似た感情をスルトも抱いていた。自分に攻撃を仕掛けてきた天使と天界の騎乗獣に向かって、炎の大剣を叩きつけたのだが、その余波でガラス張りのカプセルもついでに割れ砕けるだろうとタカを括っていたのである。だが、スルトの眼から見ても、カプセルとその中にいる天使も無傷であった。それゆえにスルトは、今、蝿のように上空へと逃げた天使どもよりも、地上にあるカプセルの中で眠る天使の方を先にどうにかしなければならぬのではないのか? と思ってしまう。
しかし、そう思ってはいても、それを実行させてもらうほど、大空へと逃げた天使たちは甘くは無かった。天界の騎乗獣が口から冷たいブレスを吐き、それと同時にその背に乗る天使が光槍を投げつけてくる。
「フンッ! カプセルも気になるが、こちらを先に相手にすべきダッ! そんなそよ風で、我が纏う炎を吹き飛ばせると思うナヨッ!」
炎の巨人であるスルトは、自分の身に纏う炎をブレスで吹き飛ばされることを嫌う。そよ風と一笑してみたは良いが、そのブレスには神力が込められており、炎を吹き飛ばし、自分の生の肌を空気へ露出させてくる。スルトの肌は赤黒い溶岩そのもののようであり、その肉体から直接、炎を噴き出していた。
スルトは炎の衣を纏っており、言うならば、天界の騎乗獣が吐くブレスでその衣を剥ぎ取られそうになることで、軽い羞恥心を覚えたのである。肉体的なダメージこそ、受けないが、心に軽くダメージを受けざるをえないスルトである。そうしてきた相手を叩き落とすために、スルトは左腕を大きく振りかぶり、炎の戦斧を振り回す。
すんでのところでコッシロー=ネヅはスルトの攻撃を躱す。しかし、戦斧が纏う炎が遅れてやってくる。コッシロー=ネヅは厄介だと思わざるをえない。こういう大振りな攻撃に対しては、最小の動きで躱し、カウンター攻撃を仕掛けるのが戦いの基本であるが、遅れてやってくる熱風と焔の塊のせいで、コッシロー=ネヅは思いの他、回避のための移動量を大きく取らざるをえなくなる。
コッシロー=ネヅの動きが大きくなるということは、その背中に乗っているベル=ラプソティたちにも影響を与えていた。カナリア=ソナタはコッシロー=ネヅの背中から振り落とされないようにと、ベル=ラプソティの背中側から、彼女の身体に両腕でしがみつくことになる。そして、そうされたベル=ラプソティは思いっ切り神力を込めて、スルトに向けて光槍を投げつけることが出来なくなってしまう。
「もうっ! こちらの被害を気にしすぎているから、こっちもまともな攻撃が出来ないじゃないのっ!」
「そんなことを言われてもでッチュウ! 肉を斬らせて骨を断つと言いたいのはわかるでッチュウけど、肉を斬らせる前に、骨まで溶かされるかもなのでッチュウ!!」
スルトが両手にひとつづつ持っている炎の大剣と炎の戦斧は、コッシロー=ネヅのからし色の眼から見て、まるで溶岩の塊をそのまま叩きつけてきているかのように見えたのである。そんな危険すぎるシロモノをギリギリで躱すだけで済むならまだしも、その後で遅れてやってくる熱風と炎だけでも、ベル=ラプソティたちが大火傷を負ってしまうイメージがつきまとう。
武器そのものの実体と炎の残影がコッシロー=ネヅの判断を惑わせる。コッシロー=ネヅは大空を4本足で蹴飛ばしながら、背中に乗せているベル=ラプソティに対しても気遣いをせねばならぬ状況へと追いやられ、肉体的にも精神的にも疲労を蓄積させていく。
「あたしがコッシローさんをサポートするのですゥ! 怖がってばかりでは、ベル様の軍師失格なのですゥ!」
「その言葉を待っていたでッチュウ! カナリアの眼力でスルトの攻撃パターンを読んでくれでッチュウ!」
カナリア=ソナタは運動音痴ではあるが、目力と分析力はめっぽう強い。鋭い視線を赤縁眼鏡のレンズ越しに飛ばし、スルトの攻撃パターンを脳内で計算する。そして、はじき出した計算結果をコッシロー=ネヅに伝えることで、コッシロー=ネヅの回避行動は眼に見えて、良いモノとなる。
スルトは天界の騎乗獣の動きが格段に良くなっていくことに愉悦を覚える。これほどまでに動けるなら、もっとこちらも攻撃速度を上げていっても良いだろうと判断する。そして、どこまでこの天界の騎乗獣が動けるのかを確かめようと、両手に持つふたつの武器を次々と交差させていく……。




