第9話:エネルギー補給器
最下位の階級に属する悪魔と言えども、外道スライムには誇りがあった。婦女子に辱めを与えらぬ自分のふがいなさに憤るしかない。それゆえに、外道スライムはいよいよもってして、粘液のネバネバ感を強め、アリス=ロンドをすっぽんぽんにしようと呪力を高めることになる。
「いい加減、しつこいのデス。核を見つけまシタ。眼から光線なのデス」
アリス=ロンドは頭に被るオープン型フルフェイス・ヘルメットの前面のある一点に神力を集中させる。そうすることで、ヘルメットの前面に光点が生まれ、そこから、天に向かって、一条の光線が放たれることになる。それで核を貫かれた外道スライムはまるで風船が割れるような音を発しながら、アリス=ロンドを中心として、周囲へと弾け飛ぶことになる。
「ちょっと! 周りへの被害を考慮してよっ!」
「うわっ……。クォール様が外道スライムの粘液でベトベトになってしまったのですゥ」
ベル=ラプソティとカナリア=ソナタはあろうことか、クォール=コンチェルト第1王子を盾にし続けていた。それもそうだろう。アリス=ロンドの衣服を溶かしきれないことで、怒りにその身を震わせている外道スライムが、その怒りの矛先を自分たちに向けられた時の対処として、クォール=コンチェルト第1王子をますます身代わりの盾として、使用していたからだ。
「ああ……。アリスたんの匂いが外道スライムの身体に沁みついてるよぉ。こんな幸せは味わえなよぉ」
クォール=コンチェルト第1王子は外道スライムの残骸を身体中に浴びたというのに、イキかけの表情であった。身体に粘りついてるそれを手ですくい取り、口と鼻の周りに自らの手で纏わせる。
「クォール=コンチェルトを排除目標として認識しまシタ。眼から光線デス」
「ちょっと、待ちなさいよっ! 確かに今のクォール様は気持ち悪すぎるけど、それはやっちゃダメッ!」
「アリス様、ストップ、ストップなのですゥ! その状態で眼から光線を放ったら、本当に超一級天使装束の残エネルギーが枯渇してしまうのですゥ! もしそうなったら、クォール様がさらに喜ぶことになるのですゥ!!」
「クッ! こんなに悔しいことはないのデスッ!」
アリス=ロンドは歯噛みせざるをえなかった。今、彼女の身が真の裸体になっていないのは、彼女の股間を覆うオリハルコンの糸が織り込まれた革製のショーツのおかげでもあった。そして、カナリア=ソナタのいう通り、オープン型フルフェイス・ヘルメットの内面では、残エネルギーが危険域に達していることを示すアラームが鳴り響き、警告サインが赤色で浮かび上がっていた。
もし、眼から光線でクォール=コンチェルト第1王子を殺しそこねた場合は、アリス=ロンドは見せたくもない相手におちんこさんをさらけだすだけの結果に終わってしまうことになる。アリス=ロンドは今以上の屈辱を味わうことを『是』とはせず、カナリア=ソナタの静止の声を受け入ることにする。
クォール=コンチェルト第1王子は、アリス=ロンドの匂いと味を堪能していた。しかし、部下たちの冷ややかな視線を喰らい、しばしこの場は任せたと良い、どこかへと消えていく。
「チュッチュッチュ。賢者モードになりに行ったのでッチュウ」
「賢者モード? コッシロー、言っている意味がわからないわよ」
「ベル様は知らなくて良いことでッチュウ。それよりも、アリス様のエネルギー供給をさくっと終わらせてしまうのでッチュウ」
天界の騎乗獣であるコッシロー=ネヅに話をはぐらかされたと思うベル=ラプソティであったが、詳しく聞いたら、こっちのほうが精神的ダメージを負いそうな予感がしたので、深くは詮索しないようにした。そして、それよりもアリスにさっさとエネルギー補給を終わらせてもらい、この場から去ることのほうが急務だと思うのであった。
「アリス。低級と言えども、ハイヨル混沌はわたくしたちに危害を及ぼそうとしてきているわ。わたくしたちがアリスを護るから、早く貴女はエネルギー供給を終えてちょうだい」
「わかりまシタ。所要時間は1時間くらいだと思いマス。その間、ボクは無防備に近い形となるので、特にクォール=コンチェルトを近づけないようにしてくだサイ」
「そこは悪魔の襲来を気をつけるべきだと思うんだけど?」
ベル=ラプソティはアリス=ロンドが何故、そう言うのかを理解出来なかった。しかし、その疑問はすぐに氷解することになる。アリス=ロンドは横5ミャートル、縦3ミャートル、高さ3ミャートルの金属製の箱へと近づき、その表面に手を当てるや否や、その金属製の箱が開いて行き、その中身を皆の眼に映し出すことになる。
「ああ……。カプセル型のエネルギー補給器なのね……。しかも前面だけでなく全体が透明なタイプ……」」
金属製の箱に入っていたのは、横に長いタイプのベッド式カプセル型エネルギー補給器であった。天使が身体に大きな損傷を与えられた場合であったとしても、こういうタイプのカプセルに入り、数日を過ごせば、健康な身体を取り戻すことが出来る。
アリス=ロンドの身体には目立った傷は無かったがゆえに、アリス=ロンドは1時間でエネルギーの補給が終わるであろうという予測を立てたのだと思う、ベル=ラプソティであった。しかしながら、誰の趣味かはわからないがそのベッド式カプセル型エネルギー補給器は上部部分だけでなく全体的に透明なガラスで覆われていたのである。
「こういうのって、前面、もしくは上部部分だけ透明なはずですよねェ。なんで身体全体が外から見えるようなタイプを送ってきたんでしょうかァ?」
「アリスの身体の隅々をチェックしたい馬鹿がいるってことでしょ。名前を出す必要も価値も無いわよっ」
「な、なるのどなのですゥ。星皇様がそうしたいからこそのこの全面ガラス張りなわけですねェ……」
カナリア=ソナタはがっくりと肩を落とす他無かった。ベル様から星皇様がどれほどの変態なのかをとくとくと愚痴られたことはことあるごとにあるが、それはベル様が星皇様をことさらに悪く言うために大袈裟に言っているだけだとタカを括っていた。しかし、実際に星皇様が崑崙山を半壊させたり、こんな破廉恥なベッド式カプセル型エネルギー補給器を送りつけられてきた日には、さすがのカナリア=ソナタも星皇様の評価をだだ下がりさせる他無かった。
「とりあえず、布を上から被せますゥ? そしたら、周りから見えなくなりますけどォ」
「それが出来たら、どれだけ楽なことか……。カナリアもわかって言っているわよね?」
「やっぱりダメなんですねェ。火事が起きたら大変ですしィ」
こういったエネルギー補給器に布を被せることは、暖房器具に布を被せることと同義であった。それゆえに燃えやすい物を近づけたり、被せたりすることは厳禁なのである。カナリア=ソナタはクォール=コンチェルト第1王子を物理的に、このベッド式カプセル型エネルギー補給器に近づけさせない策を考えなければならなくなる。




