第1話:星皇からのプレゼント
「星皇様。地上への通信が開きました。しかしながら、通信状況が悪く、ベル様と混線しておりますので、発言にはご注意を……」
天界において、星皇が乗る天使軍団の旗艦:天鳥船はハイヨル混沌軍団相手に最前線で戦い続けていた。その天鳥船の通信士である天使が、星皇に地上への通信回線が接続完了した旨を告げる。前回の地上への通信で、星皇様が奥方との痴情を暴露するという大失態をかましてくれたので、通信士は特に気をつけてほしいと願い出る。
しかしながら、通信士の思いなど、星皇:アンタレス=アンジェロに通じるわけもなかった……。
「ああ……。アリス。貴女に淹れてもらった黄金水入りのホットレモンティはとっくの昔に飲み干してしまい、私の喉は乾きっぱなしです……」
「星皇様にそう言われるとボクはお尻が濡れてきちゃいマス……。ベル様の黄金水も手に入れておきますので楽しみにしておいてくだサイ!」
「ちょっと、あんたたち! 混線しているってわかってて、その発言をしてるでしょ!? わたくしが星皇におしっこを飲ませているようなことを言わないでちょうだい!?」
天鳥船の通信士はいっそ、この回線を今すぐにでもオフにしてしまおうかと考えるが、地上に向かったアリス=ロンド様だけでなく、ベル様にも重要な情報を星皇様が与えるまでの間、出来る限り、クリアな音声を届けるために尽力する。
「星皇様。残り時間3分です。それ以上はもちません」
「はい。では、手短にお伝えします。天鳥船からもアリスの活躍をモニタリングしていましたが、アリスに着させた超一級天使装束の神力は残り少なくなっています」
「すいまセン。ベル様をお守りするためにと、後のことを考えずにエネルギーを使いまくってしまいマシタ……」
「いえいえ。アリスが謝る必要はありませんよ。安心してください。逆によくぞベルを護ってくれたと褒め称えたいくらいですよっ!」
通信機を右耳に当てている星皇:アンタレス=アンジェロは努めて、優しい口調でアリス=ロンドがベル=ラプソティを護りきってくれたことに感謝の念を伝える。通信機の向こう側から、アリス=ロンドのホッという安堵の声が聞こえ、星皇の身体からも緊張が消えていく。
星皇はどっかりと椅子の背もたれに体重を預け、教皇に預言を託した理由の半分をアリス=ロンドに告げる。
「なるほどなのデス。さすがは星皇様なのデス。ボクは崑崙山に向かう途上で、星皇様からのプレゼントをもらえば良いのデスネ?」
「はい。聖地にある軌道エレベーターが大破した今、その軌道エレベーターを使うことは出来ませんので、天鳥船から直接、地上へ向かって、アリスへのプレゼントを贈ります」
「では、お返しにベル様の黄金水とボクの黄金水をブレンドしたモノを星皇様に送りマスッ!」
「絶対に嫌だからっ! アリス、わたくしと同じタイミングでトイレについてこようとしないでよっ!? え?? 何、その勝ち誇ったような顔は!? 良からぬことを考えているなら、また乳首をつねるわよ!?」
星皇は通信機から飛び出してくる妻の怒声に対して、右耳を物理的に通信機から距離を開ける。愛しいベルが元気なことは喜ばしいが、自分に黄金水を分け与えてくれる素振りを見せてくれない妻に少し残念な気持ちになってしまう星皇である。
それゆえに星皇はことさらに優しい口調で、アリス=ロンドにでは無く、妻であるベル=ラプソティに向かって言葉を紡ぐ。
「私はベルのおしっこなら喜んで飲みましょう。いや、貴女のおしっこによる湯舟にでも浸かってみせましょう」
星皇は妻の恥ずかしがる返答を期待したのだが、『ふざ』というとんでもない声量が聞こえてきた次の瞬間には、ブツッ! と妻の声が聞こえなくなってしまう。
「通信切れました。思いのほか、ハイヨル混沌軍団による通信妨害が激しく、これ以上は……」
「いえいえ。ありがとう、ミシュランくん。キミの技術力がなければ、1秒とて、地上へとコンタクト出来ません」
星皇:アンタレス=アンジェロは通信士のミシュランに礼を述べる。その後、アリス=ロンドに対して、補給物資を送るように指示を出す。天鳥船の船内はさらに慌ただしくなる。地上界から1万ミャートルも離れている天界から、その地上に向けて補給ボッドを送るためにシミュレーションを再三再四行ってはいるが、どうやっても地上にすんなりと運べるルートを確保できない。
「星皇様。下手をすれば崑崙山の麓が地上から消し飛びますが……」
「だからこその崑崙山行きのルートを教皇に指し示したのです。あの辺りを根城にしている魔物を一掃できるかもしれないので、一石二鳥じゃないですか」
天鳥船のブリッジは星皇の発言でざわつくことになる。しかし、問題発言をしでかした星皇はなおも涼しい顔である。天鳥船の後方ハッチ内部で働く作業員たちから、射出準備出来ました。タイミングを教えてくださいとの連絡が入る。ブリッジに居るクルーたちはどう返答したものかと一様に困り顔になってしまう。
「『案ずるよりも産むがやすし』という言葉があります。これは何事もチャレンジしてみなければわからないというありがたい御言葉です。さあ、アリス。私からのプレゼントを受け取ってください」
ブリッジに居るクルーたちはどうなっても知らないぞ……という雰囲気を醸し出すが、命令系統のトップに当たる星皇様の指示を無視することも出来ない。後部ハッチ内に居る作業員たちに渋々ながら、補給ポッドの射出許可を出す。
「よしっ! ブリッジから射出許可が出やがったぞっ! てめえら、タイミングを間違えるんじゃねえぞっ! 地上に大穴が開いちまうからなっ!」
「そうなったら、地上界の地図を修正しなきゃならない仕事が出来ますなっ!」
後部ハッチ内に居る作業員たちが冗談半分でそう言ってみせる。しかしながら、その声をブリッジで拾っていたクルーたちは胃に穴が開きそうになってしまう。どう計算しても、その大穴の開く範囲がどれほど変わるかだけなのである。せめて、ベル様やアリス様がその大爆発に巻き込まれないようにだけを祈る天鳥船のブリッジに居るクルーたちであった……。
天鳥船の後部ハッチの扉が大きき開かれ、横5ミャートル、縦3ミャートル、高さ3ミャートルの補給ポッドが射出される。それはジ・アースの周囲を10分間で5周し、角度を変える。補給ポッドはジ・アースの周囲に展開している魔術障壁と大気圏との摩擦により、真っ赤な炎の塊となる。
地上界のとある場所から見れば、ひとつの流星が大空を斜めに横断しながら地上界へと降ってくるようにも見えた。それが実際に地表に激突するなど露知らず、流星を見ていた者たちは、星皇と創造主:Y.O.N.Nに対して、地面に両膝をつきつつ、祈りを込める所作を取りながら、自身の願い事を早口に唱える……。




