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第8話:責任者としての責務

 西行きの速度が眼に見えて衰えたことで、聖地の住人達の心に不安感が押し寄せる。何かあったのではないのか? という憶測が住人たちに飛び交い、それはフラストレーションとなり、一気に爆発しそうになる。しかしながら、凱旋王は英雄と呼ばれるに相応しい(おとこ)であった。英雄と称される人物にはある共通する才がある。


 それは『即断即決』である。そして、凡人と英雄の違いは、即断即決であったとしても、大ハズレの決断をしないというところだ。天が味方しているのか、英雄の決断には幸運がつきまとう。凱旋王も自分はまだツキに見放されているわけでは無いと判断し、包み隠さず転移門(ワープ・ゲート)の状態を皆に伝えるのであった。


転移門(ワープ・ゲート)が不安定なのは、聖地にあった福音の塔が破壊され、その機能を停止したせいもあるんだろうけど、さすがは凱旋王様だわ。いたずらに皆を不安にさせるくらいなら、思い切って、その情報を包み隠さず言うのも一手ね」


「勉強になるのですゥ。思いっ切りの良さって、大事ですから、凱旋王様の株は上昇しまくりなのですゥ」


「何と言っても、転移門(ワープ・ゲート)をくぐる優先順位を聖地の住人に譲ってくれるって発言が好印象なのでッチュウ」


 西行きの一団の最後尾に居るベル=ラプソティたちは凱旋王の手腕を手放しで褒めてみせる。英雄とはまさに凱旋王様に送られるべき称号だと思わざるをえない面々であった。不安をある程度、払拭された一団は西行きを再開する。自分たちの身の安全よりも、聖地の生き残りに気を配ってくれるグリーンフォレスト国の一軍に、聖地の住人たちは感謝の声をかけていく。


 しかし、聖地の住人たちは希望の裏には絶望が潜んでいることを忘れてしまっていた……。


「では、(われ)が安全に向こう側に渡れるかどうか、確かめてこようぞっ!」


 転移門(ワープ・ゲート)がある地にたどり着いた一団は、この闇の領域(テリトリー)へと変わっていく土地から、遠く離れたグリーンフォレスト国へ行けることに安堵の息をつくことになる。しかしながら、皆の眼から見ても、転移門(ワープ・ゲート)の表面は波立っており、さらには転移門(ワープ・ゲート)からは不快な異音が鳴り響いていた。


 転移門(ワープ・ゲート)はその名の通り、離れた地に一瞬で到達できる『門』であった。その様は王城と街を分け隔てている城門のようないで立ちをしていた。しかしながら、そういった城門とは違い、常に開け放たれており、この門が物理的に封鎖されることは滅多に無い。聖地と関係性が悪化しているような国相手に、『外交的手段』として、一時的に封鎖することはあっても、基本的に誰でもどこの国でも使用可能であった。


 凱旋王ことディート=コンチェルト国主は、聖地の住人達の不安を和らげるためにも、まず、自分が転移門(ワープ・ゲート)をくぐり、また戻ってこようとした。


「おい……。凱旋王様が戻ってこない……ぞ? しかも転移門(ワープ・ゲート)から響いてきている異音が大きくなってるぞぉぉぉ!?」


 ディート=コンチェルト国主とその側近が転移門(ワープ・ゲート)をくぐることで、門の周りから紫色の放電が起きる。さらには転移門(ワープ・ゲート)の鏡面がまるで時化(しけ)のように荒れる海面のように揺れる。


 異常が無い時の転移門(ワープ・ゲート)をくぐる時は、穏やかな湖面に水滴が落ちたかのように美しい破紋が走る。皆の眼から見ても、明らかに今の転移門(ワープ・ゲート)は異常も異常であることがうかがい知れた。しかしながら、転移門(ワープ・ゲート)が異常な状態であることは、前もって凱旋王から告げられていた。安全を確認しに行った凱旋王が転移門(ワープ・ゲート)をくぐってから5分以上経ったというのに、戻ってこない。


 ついに一団の不安は最高潮へと達し、半狂乱となった聖地の住人たちは転移門(ワープ・ゲート)の向こう側へと行くべく、他人を押しのけて、我さきへと走り出す。それを止めたのは凱旋王の息子であるクォール=コンチェルト第1王子であった。


「皆、抜刀せよっ! ヒトから獣へと変わろうとしている者たちを斬る気で構えよっ!」


 他人のことなど省みず、自分のことだけを考える者たちを『獣』と断じたクォール=コンチェルト第1王子は腰の左側に佩いた長剣(ロング・ソード)を抜き、右手で構える。そして、斬ると宣言しても、転移門(ワープ・ゲート)をくぐろうとしたならず者たちのひとりの腹を、右手で持つ長剣(ロング・ソード)で切り裂く。


 クォール=コンチェルト第1王子が右手に持つ白銀製の長剣(ロング・ソード)の刃が血で真っ赤に染まる。クォール=コンチェルト第1王子はギリッ! と歯がみし、自分のした行為によって、食道から口へと胃液が駆け昇ってくる感覚に襲われることになる。だが、せり上がってきた胃液を決して、口から吐き出さぬように注意をしながら、暴漢と化した獣たちの腹を次々と掻っ捌いていく。


「ヒトから獣に堕ちた者たちに一切の容赦をするなっ! 特に女、子供の命を護れっ! ハイヨル混沌軍団だと思って対処せよっ!」


 クォール=コンチェルト第1王子の発言は的確であった。グリーンフォレスト国の1軍は聖地の住人及び、教皇や神官(プリースト)たちを護るために、聖地にやってきた。その聖地の住人を斬り捨てることになるのはこれ以上無い皮肉ではあったが、クォール=コンチェルト第1王子は真に護るべき対象を見誤らなかった。


 クォール=コンチェルト第1王子はグリーンフォレスト国の1軍を指揮し、聖地の住人たちの命を刈り取ると同時に、聖地の住人の中でも特に弱い者たちを護るべく剣を振る。その様子を嘲笑うかのようにますます転移門(ワープ・ゲート)の表面は荒波を起こし、さらには紫色の放電を強める。そして、ついに1000枚のガラスが一斉に割れる音が周囲に響き渡る。


 爆音と爆風が転移門(ワープ・ゲート)の向こう側から生じ、暴漢共々、クォール=コンチェルト第1王子たちは吹き飛ばされることになる。


「あぁ……。転移門(ワープ・ゲート)が完全に壊れた……。俺たちはどうすれば良いんだ……」


 爆音と爆風が止むと同時に、暴漢と化した聖地の住人たちの一部は力なく、その場で膝から崩れ落ちる。立ち上がったクォール=コンチェルト第1王子は血の色に染まった長剣(ロング・ソード)を拾い上げ、部下にその血を拭わせる。


「グリーンフォレスト国の代表として言わせてもらう。どうか俺を信じて、別の地にある転移門(ワープ・ゲート)を目指そう。どうか、これ以上、俺に血を流させないでくれっ!!」


 クォール=コンチェルト第1王子は重き責を負うことを宣言する。父であるディート=コンチェルト国主がどうなったのかもわからない。だが、今、皆を導けるのは自分だけだという自覚を持つに至る……。

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