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第7話:聖地からの退去

 ベル=ラプソティが聖地の住人を乗せた幌付き荷馬車の1群の最後尾へと移動する。するとそこでタイミングを計ったかのようにベル=ラプソティの父親であるサフィロ=ラプソティが現れる。


「あれ? お父様。何故、このような列の最後尾にやってきたのです? お父様は教皇様と一緒の荷馬車に乗るとばかり思っていたのですが」


 ベル=ラプソティの疑問も当然であった。父は教皇がお気に入りとしている神官(プリースト)の一人だからだ。先ほどまでのハイヨル混沌軍団との戦いで聖地やその周辺に住まう住人が10分の1以下となり、さらには宮殿に住まう神官(プリースト)たちにも多数の犠牲者が出ていた。


 そういう現状において、聖地の守護者でもある教皇が自分の周りを特に親交の深い側近たちで固めるほうが自然である。ベル=ラプソティの父親であるサフィロ=ラプソティは天界の公爵家であると同時に、教皇から聖地の土地を貸し与えられているほどの大物だ。そんな父親をこの非常事態下において、教皇自らが自信の側を離れるような指示を父親に出すとは到底思えないベル=ラプソティである。


「ああ、それは正しいよ。しかしだ。軍の先頭を行けないので言うのであれば、せめて、列の最後方で殿(しんがり)役を務めると言い出したベルにこそ、私は一言言わせてもらいたい気分だよ」


 サフィロ=ラプソティは(おごそ)かに、しかしながら腹の中に怒りを溜め込みながら、ベル=ラプソティの取ろうとしている行動を諫める。ベル=ラプソティはそんな父親に対して、ぷくぅと河豚(ふぐ)のようにほっぺたを膨らまし、さらには父親から視線を外す。サフィロ=ラプソティはやれやれ……と嘆息し、一体、誰に似てしまったのかと思わざるをえなかった。


「ベルの勝気なところは母親に似たのであろう。しかし、天界にいるママにまで心配させるようなことはしてはいけないからね?」


 サフィロ=ラプソティはそこまで言うと、娘に背中を見せて、その場から去っていく。これ以上、今の段階で言ったところで、娘は強情を張るだけだと思い、喧嘩にまで発展しないようにとの父親の気遣いであった。ベル=ラプソティはそんな大人すぎる大人である父親に対して、申し訳なさで心がいっぱいになる。


(ごめんね、お父様。でも、わたくしが最後方に居た方が皆、安全なの……)


 ベル=ラプソティは16歳の誕生日に父親から買ってもらったターコイズブルーのブレスレットを右手でさする。左腕の手首にはめているこれは、父と娘の繋がりそのものであり、互いに命の危機が訪れた時に、その危機を知らせると言われている代物だ。


 ベル=ラプソティは星皇であるアンタレス=アンジェロとの初夜において、彼に素っ裸に剥かれた時も、この左の手首にはめているブレスレットだけは身に着けていた。それゆえに、ベル=ラプソティが実家である公爵家に戻ってきた時に、父親は何も言わずに自分を受け入れてくれたとさえ思っている。


(本当にあの時は口から心臓が飛び出すかと思ったわ……。でも、お父様にはまだあいつがわたくしに(おこな)った蛮行は話せていない)


 ベル=ラプソティはいつか笑って、星皇のクソがわたくしのクソが出る穴に指を深々とつっこんだということを言える日が来るのだろうか? と思うが、そんな日は絶対にこないであろうという確信めいたものがあった。もし、間違って、そんなことを口走った日には、いくら温厚なお父様でも、シャベルと光線が弾け飛ぶように発射される金筒を手にして、天界に怒鳴り込む可能性を捨てきれないからである。


「憂い顔のベル様は美しいのデス。ボクも憂い顔でも、星皇様を惹きつけれるような男の娘になりたいのデス」


「それって、慰めてるつもりなの? もう少し、気の利いたことを言いなさいよっ」


 アリス=ロンドの天然っぷりに、救われる気がしたベル=ラプソティであった。アリス=ロンドの発した言葉に苦笑しつつも、気持ちが幾分か軽やかになったことで、ベル=ラプソティは珍しくもアリス=ロンドに向かって、ありがとねと言ってみせる。言われた側のアリス=ロンドは何故、感謝されるのだろうか? とキョトンとした顔つきになっている。


「思っていることを当たり前に言っただけなのですケド、感謝されるほどなのでショウカ?」


「そこがアリス様の良い所だと思いますゥ。地上は天界と違って、人種も多用なので、発言のひとつひとつに気をかけなければいけませんのでェ。あたしからも、ベル様を元気づけてくれてありがとうございますとお伝えさせてもらいますゥ」


 カナリア=ソナタはペコリと頭を下げて、アリス=ロンドに礼を述べる。カナリア=ソナタにまでそうされてしまったために、ますますクエスチョンマークを頭の上に浮かべてしまうアリス=ロンドであった。なにはともあれ、自分は良いことをしたんだろうなと思い、アリス=ロンドはステップを踏みながら、自分たちが乗る幌付き荷馬車に移動する。


 廃墟同然と化し、さらには福音の塔を失った聖地に留まる理由は、誰にも無かったと言えた。家族の(むくろ)を埋葬する時間も与えられない聖地の住人たちが、不平不満を口には出さなかった。それは、この地を後にしなければならない理由のほうが断然に大きかったとも言えよう。悪魔に蹂躙され、さらには天界との橋も壊された今、聖地が魔地に変わるのは時間の問題であり、一刻も早く、この地から離れなければならかったのだ。


 悪魔の出現により、聖地は(けが)され、さらには住人たちの血と死肉で(けが)れに磨きが上がっている状態だ。魔物(モンスター)たちがそれを目当てに集まるのは自明の理であり、この地に特別な想いを抱いていようが、聖地を捨てる以外の選択肢は残されていなかった。


 聖地やその周りに住んでいた住人を含め、1000人余りを護るようにグリーンフォレスト国の1軍が展開していた。ベル=ラプソティがその一団の最後方の幌付き荷馬車に乗りこんでから、30分も経とうとした時、ようやくベル=ラプソティたちが乗っている幌付き荷馬車もゆっくりと前へと進み始める。


 せめてもの手向けとして、ベル=ラプソティは両手を握り合わせて、魔地へと変わっていく聖地に祈りを捧げる。そんな彼女の姿を見て、カナリア=ソナタ、コッシロー=ネヅ、アリス=ロンドも同じ所作をする。


 それから2時間、何事も無く、一団はここから3キュロメートル先の西にある転移門(ワープ・ゲート)のある地へと進んでいく。しかしながら、先行していた斥候隊が戻ってきたことで、一団は否応なく、西行きの速度を落とすことになる。


「なんとっ! 転移門(ワープ・ゲート)が不安定だとぉ!?」


「はい……。グリーンフォレスト国の1軍と聖地の住人たち全員が一度に向こう側に渡るのは不可能だと思われます。国主様。この事実、皆にどのように伝えましょうか?」


 大怪我を負っているディート=コンチェルト国主は身体に走る痛みだけでなく、頭の方にもやってくる痛みに悩まされることになる。この無情なる事実を疲弊しきっている聖地の住人たちにそのまま伝えることは、死人に鞭を打つのと同様の痛みを心と身体の両方に与えてしまうことになるからだ……。

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