第5話:眼から光線
ニンゲンの人格が3歳を過ぎた頃に豹変することは稀である。これは『性格』の話ではないと断りを入れておこう、どちらも3歳になる頃には、固まるモノではある。しかしながら、性格はそのヒトの努力でいくばくかは改善できるモノだ。
しかし『人格』となると、努力でどうにか出来るモノではない。そして、人格が変わるとなれば、精神に多大な負荷がかかる経験をした時に起きる。それこそ、近親者の死や、自分自身が死にかけるといったような経験が必要になる。そして、その経験と他の要因が絡み合うことで『人格が歪む』ということが起きる。
カナリア=ソナタはその話を前提として、クォール=コンチェルト第1王子は先ほどのハイヨル混沌軍団の襲撃により、とんでもない精神への負荷を喰らってしまい、さらにアリス=ロンドという可愛い男の娘のおちんこさんを見てしまったことが決定打となり、男の娘への愛情が一気に膨らんでしまったと予想づけたのである。
「なるほどね。アリスが罪作りな男の娘だったってことで、まとめて良いのかしら?」
「まあ、当たらずも遠からずですゥ。アリス様レベルの見目麗しい方におちんこさんが付いてたら、誰でもそれ相応にショックを受けるのですゥ」
「ボクは抗議させてもらいマス。ボクのおちんこさんもお尻の穴も、いえ、それこそ、身体の穴という穴は、星皇様とベル様のためのものデス」
アリス=ロンドの抗議を受けて、まあまあ落ち着いて? と宥めるベル=ラプソティとカナリア=ソナタであった。しかしながら、未だに聖地の西側にある森林で大火災が起き、その大火災のせいでキノコ雲が空高く積み上がっている現状、アリス=ロンドは皆にとって危険な存在では無いと説得するのは難しい。
そこで、人格と性的指向が歪んでしまったがゆえに、アリス=ロンドにぞっこんとなってしまったクォール=コンチェルト第1王子が味方であることは、1周回って喜ばしい事態でもあった。
「俺はアリス殿のためなら、何でも出来るっ! これだけは断言させてもらうぞっ!」
頭から木製の樽へとぶっこまれている状況だというのに、クォール=コンチェルト第1王子は、アリス=ロンドに向かって、求愛の台詞を吐き続けていた。
「って、言ってることだし、ここはクォール様を利用……じゃなくて、クォール様にアリス=ロンドは危険人物じゃないって説得してもらいましょ?」
「それはあたしもそう考えていますけどォ。アリス様の気持ちはどうなんですゥ?」
一応、本人の意志を確認するところまではベル=ラプソティだけでなく、カナリア=ソナタもマシな部類のニンゲンであった。四の五の言わずに従わせるよりかは、相手の意見を聞くだけ聞いて、尊重するといった体を取るだけでも、その人物の印象はガラリと変わるものである。
アリス=ロンドはう~~~んと唸った後、がっくりと肩を落とし、折衷案を示す。
「ボクの肌に直接触れてきたら、眼から光線で問答無用で焼却シマス。ベル様の立場を考えた上で、このラインがボクからの条件デス」
「うん、わかった。コッシローに頼んでおくわ。アリスに直接、触れようとしたら、噛み砕いて、その辺に埋めて良いって伝えておくわね」
「コッシローさんは、あたしたちと違って、戦闘中以外は誰にでも優しい方なので、甘噛みで済ませると思いますけどねェ」
3人娘の意見がまとまり、木製の樽に押し込めておいたクォール=コンチェルト第1王子を解放する。彼はアリス=ロンドにお近づきしたい雰囲気を醸しだしていたが、カナリア=ソナタがふたりの間に割って入り、物理的に距離を開けさせる。こういう仕事はカナリア=ソナタの出番であり、ベル=ラプソティに悪い虫がつかないようにと、いつでも注意を払ってきた経緯がある。
それゆえに相手の気分を害さずに、丁重に下がってもらう心得を会得しているカナリア=ソナタである。口八丁手八丁でクォール=コンチェルト第1王子を操り、お釈迦様の手の上で踊る猿のようにクォール=コンチェルト第1王子は、アリス=ロンドの素晴らしさをグリーンフォレスト国から率いてきた1軍や、聖地の生き残りの者たちに熱心に説き始める。
「馬鹿となんとかは使いようってまさにこのことね。アリスが魔女裁判にかけられることはなさそうでホッとするわ」
「アリスは魔女ではありまセン。でも、星皇様には魔女のように私を狂わせてくれました……と言われることがありマス」
ベル=ラプソティはその惚気に近い言葉にイラッ! とくるが、こめかみに指を当てて、怒りで沸騰した血が頭に昇らないように抑える。アリス=ロンドはともかく天然気質であり、いちいちまともにアリス=ロンドの言葉を拾っていては、疲労と相まって、アリス=ロンドをぶっ飛ばしたくなってしまう。命の恩人でもあるアリス=ロンドに対して、怒りをぶつけないようにしようとするベル=ラプソティであった。
森林火災は未だに続いていたが、慌ただしかった周りも段々と落ち着きを取り戻し始めたのをきっかけとして、ベル=ラプソティは次の手を打つためにも、カナリア=ソナタ、コッシロー=ネヅ、アリス=ロンドを呼び集める。
「わたくしは軍権を取り上げられましたわ。それゆえ、わたくしたちは金魚の糞の如くに、黙って、凱旋王様の導きに従うしかありません」
「ということは、ボクが凱旋王様を闇討ちして、ベル様が軍権を取り戻すお手伝いをすれば良いのデスネ? 眼から光線のエネルギーだけはしっかり残しておきマス」
「あのォ……。アリス様って、いちいち物騒な物言いをしますけどォ。もっと、穏便な方法をあたしが考えておくのですゥ」
「でも、アリス様の言うこともあながち間違っていない気がするのでッチュウ。闇討ちうんぬんは置いといて、さっきの戦いで凱旋王様は大怪我を負ってしまったのでッチュウ」
コッシロー=ネヅの発言で、ベル=ラプソティとカナリア=ソナタは暗い顔になる。地獄の番人と番犬が出てきた時に、その1体である牛頭鬼をたったひとりで抑えてくれていたのが凱旋王ことディート=コンチェルト国主であった。
その息子であるクォール=コンチェルト第1王子はグリーンフォレスト国から率いてきた1軍で馬頭鬼を抑え込んでいてくれたがゆえに、クォール=コンチェルト第1王子が大怪我をすることは無かった。
しかし、ディート=コンチェルト国主は自分と互角以上に渡り合える存在と久方ぶりに出会えたことに歓喜し、牛頭鬼との一騎打ちを延々と続けてしまったのである。最後は怒りに滾る牛頭鬼の裏拳を喰らい、ディート=コンチェルト国主はぶっ飛ばされることになるが、半狼半人の身ひとつで、悪魔1体を抑え込んでくれていたことは、素直に賞賛に値する働きである。
そして、その代償として、ディート=コンチェルト国主は大怪我を負うことになったのだ……。