勇者、異世界で歓迎される その1
クラウンがこの世界に転移してきて数日が過ぎた。少しずつだがこの世界のルールを覚えて今はマサの部屋で暮らしている。
マサの住居はかなり古いアパートだが、部屋数も多く気に入っていて長年住んでいる。
トラック野郎であるマサの朝は早い。長距離もこなすベテランドライバーゆえに、朝から晩まで仕事をしている日も多い。今日も朝から配達しまくる予定だ。
「おい。起きろクラウン」
「うぅっ!。僧侶さん!やめてくれ!その杖で殴られたら流石の私でも死んでしまう」
「何の夢見てるんだ?コイツ」
「ちょっと触っただけじゃないか…そこまで怒らなくても…」
「夢でセクハラか。今の内に息の根を止めといた方が世のためか…」
「わかった!私の奴隷のマサを好きにしていいから!」
ーズムッ!ー
「ほげぇ~!!」
「誰が奴隷だ、バカ勇者」
思いっきり腹を踏んづけてやった。
「寝ている者に何てことするんだ!君のような乱暴者とは一緒にいられない!私は出て行く!」
「どうぞご自由に」
「……私は寛大だから、些細なことはすぐに忘れてしまうのさ。マサも気にするな」
「お前の頭は、沸いてんのか?まぁいいや。とりあえず仕事に行くからお前も来い」
働かざる者食うべからず、ということでマサは毎日仕事を手伝わせていた。
「なっ!?今日も働くのか?!昨日も働いたんだぞ!」
「当たり前だ。仕事しなくてどうやって金を稼ぐんだ?」
「私は、王国から支援された討伐資金で旅をしていた。仕事などしていたこと無いのだ」
「知らん。早く着替えろ」
「仕事着もダサいし、なんで私が肉体労働なんか……」
「何か言ったか?」
「何でもない……」
素早く着替えさせ、マイカーで出勤する。会社は15分ほど走ったところにある。小さな運送会社だ。
「おはようございます」
「おぉ。マサおはよう」
「今日の荷物はどこに?」
「倉庫に並べてあるから積んでいってくれ」
マサが社長と会話をしている間に、クラウンは事務の女子社員に話し掛けている。
「レディ!今日の仕事終わりに私と食事でもどうだい?」
「アハハ…結構です」
「照れなくてもいいんだよ。きっと楽しい夜が待っているはずさ」
「いや、私結婚してるんで…」
「あぁ楽しみだ!どんな格好で行こうか?君の美しさに負けないような…」
ーゴンッ!ー
脳天にゲンコツを落としてやった。
「ほげぇー!」
「相手の話を聞け。嫌がってるだろうが」
「そんな訳あるか!私のようなイケメンに誘われて嫌がるもんか!」
「マサさん……この人、顔はいいけどオツムが残念ですね……心中お察しします」
「…ありがとう。嫌なことをされそうになったら容赦しないでくれ」
「わかりました」
その後、人に迷惑を掛けた罰として地獄の荷物運びを一人でやらせた。
『コイツ、何だかんだやれって言われたことはちゃんとやるんだよな。勇者も王国とやらの社畜だったってことか』
外回りの仕事を片付けた二人は、会社に戻ってきた。今日は荷物も多くて、クラウンも力石のノーガードみたいにして腕をブラブラさせている。
「今日の分は配達終わりました」
「おぉ。お疲れさん。ところでマサ、今日クラウンの歓迎会をやろうと思うんだがどうだ?」
「シャチョーさん!さすがは人の上に立つ者だ!どこぞのブラック上司とは訳が違う!」
「お前……まぁいいか。是非お願いします」
「よしっ!時間は19時から、いつものとこでな。じゃあ皆お疲れさん」
皆、足早に帰宅していく。マサもクラウンを連れて帰って行った。
自宅でシャワーを浴びて今日の汗を流したマサは、一通りの準備を終えたあとクラウンの格好を見て目を細めた。
「その格好で行くつもりか?」
「当然だ!今日は私のための宴席。であればキッチリした衣装で望まねばなるまい」
「でも、それはちょっとどうかと思うぞ」
「!! 何故だ!これは私の世界では正装だぞ。オーダーメイドの逸品だ」
「こっちの世界じゃ、そんな格好してるやつは頭のおかしな奴くらいだ」
クラウンは、まるで物語に出てくる貴族みたいな豪華な衣装を着ていた。ジャラジャラと金銀の装飾品が飾られている。時代錯誤もいいところだ。
ベルばらか。
っていうかどこに隠し持ってたんだそれ。
「ハッキリ言おう。その格好では女にモテない」
「なにぃ!! …嘘だろう!!」
クラウンは動揺している。
「本当だ。引かれる確率は200パーセントだ」
「私が、一人で女性の注目を集めるのが嫌で言っているのか?そうなら見苦しいぞマサ!」
「そう思うのは勝手だ。忠告はしたからな。後はどうなっても知らんぞ」
「それが本当だとしても、私には他の服がない……どうすればいいんだ……」
マサは畳に両手と膝を突いて、うつむいているクラウンの肩に優しく手を置いて告げた。
「とりあえず俺の服を着ていけ。その服よりはマシだ」
クラウンは顔を上げてマサに言う。
「君の服は加齢臭が凄いし、超絶ダサいから嫌だ」
その後、マサにボコボコにされたクラウンは、泣きながら手渡された衣装に着替えて部屋を後にした。