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1.アリアの過去と現在

アリアネット=カルカーン――アリアの今の性格は天性のものではない。

彼女は幼い頃は今とは真逆の性格だった。公爵令嬢なのに好奇心旺盛で、外で泥まみれになる程に遊ぶのが何よりも好きで、希望が叶わなければ駄々をこねて世話係を困らせる。平凡な子供らしい子供。


けれどある日。いつも通り泥まみれになって帰った日の事だ。

結論から言うと、その日はあまりにもタイミング悪かった。丁度アリアが出掛けている間に久しぶりに公爵邸に彼女の両親が帰ってきていたのだ。両親が帰ってくるなどという報せは事前にはなかった故に、アリアは彼らを見た時は時大層驚いた。両親らに会ったのは実に2年ぶりだったからだ。

中々会えない両親だったからこそ、久しぶりに会えた事が嬉しかった。だから帰った両親を見た瞬間嬉しくなって抱き着こうとしたら母親に『汚い!』と言われ、大きく避けられた時はショックだった。


しかしそれだけでは収まらず、飛びつこうとしたものに避けられたせいで、こけて無様に床にへたり込むアリアを無視して母親は世話係を呼びつけ、あろうことかアリアの前で罵り始めたのだ。


いつでもアリアの事を気にかけてくれていて、基本的に家にいない両親の代わりに共に居てくれる。日常生活の中でも危なくない範囲で自由に遊ばせてくれていた世話係の事をアリアは好いていた。

それ故に世話係が自分のせいで自分の両親に罵られるという光景はアリアの心にずっと”自身の罪”として残り続けることになる。


それがどれくらいの間続いただろうか。異様に長く感じた地獄のような時間も終わりを告げる。その場で世話係に解雇を言い渡した両親は今の今まで放置していたアリアにようやく向き合い、言った。


『貴族である貴女の行動には責任がつき纏うの。今後は公爵家の品位を貶めることのないように。……貴方はカルカーン公爵家の貴重な()()なのだから』


敏い子供だったアリアはそれだけで嫌でも理解してしまった。

自分は産まれ故に一生涯、籠の中の鳥なのだと。自分は公爵家のためだけに生きて、やりたいことや好きなことは望んでも絶対的に出来ない人生なのだと。


それからアリアは変わった。大好きだった外遊びをすることは一切なくなり、両親が新しく雇った世話係と家庭教師の厳しい躾けに犬の様に従順に従い続ける。いつからかアリアは一貴族令嬢らしくお上品で、婚約者や両親、従うべき人間に反論しないという以前とは似ても似つかない性格に変わり果てていた――――。


***


ショックで暫く動けなかったアリアだったが、ずっとこのままここにいるわけにはいかない。しかし何もなかったようにジブリールに話しかけに行ける程の心の余裕も、勇気も、今の彼女にはなかった。

アリアは貴族令嬢らしからぬ速さでドレスの裾を捲り上げるように持ちながら走り、煌びやかな夜会会場を後にする。注目を集めている自覚はあったが、この空間にいること自体が既に耐えられなかった。


城門前でも、来るときにジブリールと共に乗ってきた馬車に乗り込むのが嫌だった故に徒歩で王城から出ていく。城下町の比較的人通りが少ない場所に辿り着く時にはヒールは両足共に折れ、ドレスはズタズタに。何度か転んだせいで足は傷だらけになっていた。


そうしてお世辞にも綺麗とは言えない暗い路地裏で泣き崩れる。ジブリールにあんな風に思われていたことが悲しくて、それに気づけなかった自分が恥ずかしかった。


でも一番強かった感情は、悔しさ。

両親に貴族令嬢の何たるかを言い含められたあの日から、アリアは耐え続けてきた。好きなことは全て我慢して、嫌な事も、ジブリールの婚約者であるが故に受ける妬みや嫉みからの謂れのない誹謗中傷も――全て耐え続けていたのだ……貴族令嬢らしくあれるように。


女性らしく長い髪の毛、無駄に煌びやかで重いだけのドレス、身につけると首や肩、手首が重さで痛くなる宝石、粉っぽい化粧、堅苦しいルール、貴族同士のマウントの取り合いのような社交も全部全部全部全部大嫌いだった。

それでも心を殺して、頑張って貴族令嬢を演じていたのに。

もう、何が正解だったのか分からない。自分が空っぽで何もなくて、とてつもなく滑稽な存在だなんてことアリア自身が一番自覚している。でも……だとしたらどうすれば良かったのだろう。分からない。分からない。分からない分からない。

どうすれば良かったのかもこれからどうすれば良いのかもアリアには何も分からなかった。


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