繁忙期とお休み24
白くて小さい紙袋。その中央には、えらく達筆な字で「守袋在中」と書かれていた。
「在中……?」
いや、在中なんだろうけども。一瞬履歴書在中が浮かんでしまった。
普通の神社で貰う紙袋って、そんなん書いてたっけ。
ちゅん、と鳴いたスズメが、コツコツとお賽銭箱の木材をクチバシでつつく。
「あ、お賽銭ね」
「オマモリ代金モ入れたらイイトオモウヨ〜」
「え、あれやっぱりお守りなの? ていうか私が持ってっていいの?」
「ユイミーちゃん専用ダヨネ〜」
「ほんとに?」
神様、お守りとか物理的に用意できるの? どういう仕組みで?
夫婦喧嘩をした貧乏な神様が、ちまちまと内職でお守りを作っている姿が浮かんだ。
いや、さすがにないか。お社の修理とかしている人が、なんかお告げとか貰ってお守りを買ってきたのかもしれないな。袋の但書きからして神社の名前も書いてないし、多分ボランティアの人なんだろう。
お告げをもらうボランティアって冷静に考えるとすごい存在だけども、神社裏にワープホール空いてるくらいだし。
ちょっと自分自身の思考が、変なお客様に慣らされすぎている気がするな。超常現象に慣らされて、いつか普通の人の前で変な行動をしてしまわないか心配だ。
お財布を取り出しつつ、私はシノちゃんにそっと聞く。
「シノちゃん、お守りいくら?」
「シノチャンワカンナイ!」
「えっポチったんじゃないの? シノちゃん値段知らないで頼んだの?」
100万円とかだったらどうするんだこの鳥。
いざとなったらシノちゃんの羽根毟り取って払おうと小脇に抱えたシノちゃんを改めてしっかり捕まえておく。
「コウイウノハー、気持チノ問題ダカラ〜、ユイミーちゃんガ決メタライインジャナイ?」
「一番困るやつ」
「御利益ツヨツヨデ頼ンダヨ〜」
「そんな野菜マシマシみたいな……え、じゃあ高めなのでは……?」
ボロボロ神社のご利益ツヨツヨ。相場が全然見えない。
初詣とかで買うお守りって、いくらくらいだっけ? 千円? 2千円?
ツヨツヨなら割増すべき?
「1万円……とか?」
お財布を開けて悩む。
1万円を取り出しかけて、私は苦悩した。
お守りに1万円。かなり勇気がいる判断だ。
ものすごいご利益があるなら、というか具体的にユウが近寄らなくなったりそういう効果があるなら、1万円を出しても惜しくないかもしれない……いやちょっと惜しいけど。生活費の何割とか考えると惜しいけども。でもお金で解決できるなら……。
でも本当にそんな効果があるんだろうか。
考えていると、パタパタと飛んだスズメが1万円を取り出しかけた私の手にとまった。
てんてんと指の方に移動して頭を下げる。まるで財布を覗き込んでるみたいだな、と思ったら、ズボッとクチバシを突っ込んで紙幣を咥えて引っ張った。
黒くてちっちゃなクチバシに挟まっているのは、千円札が3枚。
「えっ、3千円……でいいんですか」
グイグイと引っ張っているその3枚を取り出すと、スズメは私を見ながらちゅんと鳴いた。
なんか、なんか一瞬、スズメの目が「これで許してやる」的な目線だった気がする。
1万円は出し渋ったのを見抜かれてそう。スズメなのに。
「ソレデイインジャナイ〜?」
「いいかな、3千円で」
普通のお守りより高いけど、出すのに苦悩するほどには高くない。
もしご利益がなかったとしても、ギリギリ諦められそうな金額。
なかなかいいとこついてくるな、とふっくらしているスズメに感心してしまった。もしかしてこのスズメが神様なんだろうか。
お賽銭箱にシノちゃんの分も含めてお賽銭として100円玉2枚を入れ、そして3千円も入れる。私は小脇に抱えていたシノちゃんを肩に乗せてから手を合わせた。
ユウと顔を合わせず暮らせますように。お守り3千円でいいんですか。夫婦仲良く暮らしてください。あと、もしよかったらあの家につながる謎の穴、またピンチのときに使わせてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。
神様に対してのお願いってこんなのでいいんだろうか。若干俗っぽさを感じてしまったけれど、シノちゃんが私の肩で「オイシイ居酒屋オシエテ〜」とか言っているのでそれよりはマシだった。居酒屋は神様に聞くよりググった方がいい気がする。ていうか入るつもりか居酒屋に。
「えーっと、じゃあ、お守りいただきます……」
お祈りもお賽銭も支払いも終えたからか、私が「守袋在中」の袋に手を出してもスズメは何も言わなかった。再びお賽銭箱のフチにとまり、ツクツクと羽繕いしている。
袋を広げてみると、本当にお守りが入っている。在中している。
つまんで取り出してみると、手のひらサイズのお守りだった。「護」と刺繍された布袋は、右上から左下にかけてピンクからトルコブルーのグラデーションになった生地が使われていた。シノちゃんとお揃いなのは、偶然だろうか。
お守りの口は、エメラルドグリーンの組紐で結ばれている。昨今のお守り、随分ハイカラなカラーリングなんだな、と思いながら裏を見て、思わず「え?」と声を出してしまった。
『野々木由衣美』
私の名前が刺繍してある。
「え、なんで?」
「ユイミーちゃん専用ダヨネ〜」
「いや、そうなんだけど、なんで名前知ってるの? 神様だから?」
「ソウジャナイ〜?」
「ちょっとびっくりした」
シノちゃんにしても、私の本名は知らない気がする。調べれば名前を知る方法はそれなりにあるんだろうけど、表札にも名前を出してないし、郵便物だってほとんど来ない。地元じゃないから私のことを知っている人も近所にいないのだから、関係のない人が知ろうと思っても難しいはずだ。
本当に、なんでもお見通しにできるような神様がいるのだろうか。いや、いるっぽいのは分かってたけども。
それならお守りにもご利益がある気がしてきた。
「このお守り、持ち歩いた方がいいよね。ポケットに入れてていいかな?」
「サット取リ出セルトコガイイヨ〜」
「そうなの? 手で触った方がいいの?」
「イザトナッタラ〜投ゲツケルデショ〜」
「え?! 投げつけるの?! お守りを?!」
「大キク振リカブッテ投ゲルヨネ〜」
「振りかぶって投げるの?!」
シノちゃん、いや迷宮界のお守りどうなってんだ。
もしかして、投げて怯んだところを逃げる用……じゃないよね。お守り(物理)3千円じゃないよね。
「あの、このお守り、投げて使うものじゃないです……よね?」
フクッと膨らんで座っているスズメに尋ねると、うとうと瞑りかけていた目を開いたスズメが「ちゅん」と返事をした。
ちゅんて。ちゅんて何。
私はお守りを紙袋に戻してバッグに入れたあと、また手を合わせる。
神様、お守りって、投げて使うものなのですか。間違ってたら使い方も教えてください。
真剣に祈った私の横でシノちゃんが「コレデ安心〜カラオケ行コ〜」と呑気すぎる言葉を発していた。




