繁忙期とお休み18
人の名前を呼びながらやってくる姿に、タクシーの運転手さんが顔を上げる。
「ちょっと説明しにくいので、とりあえず4丁目の交差点までお願いしますー」
「あ、はい了解しましたー」
絶妙なタイミングで私の声真似をしたシノちゃんが話しかけたので、運転手さんはこちらを向いてにこやかに笑ってドアを閉め、それから運転席に回る。
オウムは声真似をするというけど、今まで私が喋ったことのないセリフをこれほど流暢に言えるというのはすごいのでは。というか、シノちゃん普通の喋り方できるんじゃん。
お財布の用意をしつつ振り返るように窓の外を見ると、ちょうどタクシー乗り場に着いたユウと目が合ってしまった。
「学生さん? 今春休みでいいねえ」
「そうなんです〜。自炊頑張ろうと思って買いすぎちゃいました」
「自炊! 偉いねえー。おじさんも最近料理頑張ろうと思ってんだよ、うちの奥さんが腱鞘炎なっちゃってさ」
「えー! 優しい旦那さんですねー!」
フランクな運転手さんと完璧に会話をこなしているのはもちろんシノちゃんである。運転中のせいか、おじさんが全くシノちゃんに気付いていないのがすごい。シノちゃんが運転手のおじさんの惚気話に付き合ってくれているので、私は黙って座っていることにした。
ショルダーバッグの中に入っているテピちゃんたちが、チャックの間から心配そうに私を見上げている。そっと片手を入れてムニムニすると、ちょっとだけリラックスできた。
スーパーで声を掛けられたときは、あの図書館で会った女子グループが話題に出したので声を掛けてきただけという可能性もあった。
昨日まではまだ、いや限りなく怪しかったけど、偶然の範疇におさまることもなくはないかと思っていた。
流石にこれだけ連日顔を合わせると、そうではないとしか思えなくなる。
バイト辞めるまでの1年間は、学期中も長期休みも家の近くで姿を見ることはなかった。
なんで今の時期になってこんな状況になってしまうのか。
というか何が目的なのか。
バイト先で知り合った人とは連絡手段を全て絶っているので、何か言いたいことがあるなら直接言いにくるしか方法はない。
もし本当に用事があるのなら、逃げ回っていないで一度ちゃんと聞いたほうがいいのかもしれない。用事があって探していたなら、それを終わらせてしまえばもうこうして見かけることもなくなるだろう。
でも、もしユウが人じゃないんだったら、それはいい選択とはいえないのではないだろうか。
そもそも、毎日探し回るほどの用事ってどんなものがあるというのか。
私とユウは同じバイト先だったけれど、セクションは全く違っていた。勤務中は休憩以外で顔を合わせることもないくらいだったのだ。もしバイト関係で何か用事があったとしても、同じ裏方スタッフをしていた先輩や店長が連絡するはず。
忘れ物があったとしても女子に預けるなり大学が始まってから渡すなり、待ち伏せまでする必要なんかないはずだ。
苦手だと思っているからか、会わないという選択肢の根拠は色々出てくる気がした。魔王さんは、この逃げの姿勢が私の弱さだから克服しろと言っていたのだろうか。自分でもみっともないし逃げすぎだとは思うけど、あの姿を見るとどうしても会いたいとは思えない。
「ここでいいかな? じゃあ920円ね」
「あっ、はい」
「いやー今はレンジだけでできる料理も多いんだねえー。おじさん早速作ってみるよ!」
「きっと奥さんも喜びますよー」
「だといいなあ。はいピッタリいただきましたー。ありがとねー!」
私本人とシノちゃんの応答が混ざったけれど、運転手のおじさんは結局シノちゃんの存在に気付くことなく去っていった。
「シノちゃん、人の真似すごい上手いね」
「トリトシテノタシナミダヨネ〜」
「声真似は嗜みなの……?」
重たい荷物とたまテピちゃんたちとシノちゃんを持って階段を上り、ゼーハーいいながらドアの前で一旦止まる。荷物を持ったまま鍵を出そうと四苦八苦してると、トートバッグから顔を覗かせたシノちゃんがプェーと鳴いた。
「ホラホラハヤク〜モタモタシテルト来チャウヨ〜」
「えっ本当に?! ……いや流石に早すぎるでしょ」
「ハヤク入ッテ生クリーム作ッテヨ〜」
「作らないよ。まだ午前中だし。ていうかシノちゃん胃もたれしてたでしょ」
「オナカスイタカラ〜」
「ご飯食べたいだけじゃん。てかさっきも食べたのにお腹空いてるの?」
「シノチャンハネ〜オイシイモノイツモ食ベルタイプノ鳥類ダカラネ〜」
「絶対それ種族のせいじゃないよ」
いつも通りの甲高くてイントネーションが変な喋り方に戻ったシノちゃんと喋りつつ、私は部屋の中へ入る。重たい荷物を置くと溜息が出た。この荷物の重さだけを考えても、やっぱりタクシーで帰って正解だったかもしれない。
「はー疲れたー。とりあえず、お店に持っていかないのは冷蔵庫に入れとけばいいか……シノちゃん、お腹空いてるならニンジン食べる?」
「シノチャンハ塩分ト油分ト糖分ト酒ガダイスキッ!!!」
「メタボまっしぐらアピールか」
「魚卵モスキッ!!!」
「わかったから静かにして。ここ壁薄いから」
ダメ人間、いやダメ鳥発言をするシノちゃんにニンジンの先っぽを切ってあげると、セメテマヨツケテヨ〜と文句をいいながらちょびちょび食べていた。ニンジンだって甘いのに。
沢山買った食材を冷蔵庫や冷凍庫に入れ終え、今日の夕飯用のものを持っていくためにまとめて袋に入れていると、インターホンが鳴る。
「……」
シノちゃんと目を合わせ……ようとしたら瞳孔が開いてたので、ショルダーバッグに入ったままローテーブルにいたテピちゃんたちと目を合わせる。テピちゃんたちはちっちゃな手の片方で口のあたりを塞ぎ、反対の手で木のドアをそれぞれが示していた。
再びインターホンが鳴る。
私はなるべく音を立てないように、夕食用の食材とショルダーバッグを持った。生野菜スキクナイダヨネ〜と呟いているシノちゃんに囁くように呼びかける。
「シノちゃん、行こう」
「シノチャンハ昼寝スルカラ〜生クリーム食ベルトキヨンデ〜」
「は? またうちで寝……いや、誰か来てるから静かに」
「マタネー」
半分ほど齧ったニンジンを器用にポイッとゴミ箱に投げたシノちゃんが、バサッと飛んで私の布団に潜り込む。我が物顔なところが気になるけども、前にシノチャンは布団に入ってどこかへいなくなっていた。
もう一度インターホンが鳴る。
中にいるのがバレているような気がして、私はシノちゃんはそのままにしてそのまま木のドアの向こうへと入った。




