繁忙期をお休み15
親子丼を食べ終え、私は食後のお茶を入れた。テピちゃんたちには金平糖を差し入れする。
温かい麦茶を飲んで一息ついたら雰囲気は完全に事情を話す流れだ。けれど、私はどう話せばいいのか迷っていた。
醤油の色で染まったニンニクをちびちび齧りながら、サフィさんが話を促す。
「まー、とりあえず話してみなよ。打ち明けるだけでもラクになるだろうしね〜」
「はい……あの、私が人としてダメって思われるかもしれなくて、ちょっと話すのに勇気がいるっていうか」
「大丈夫大丈夫! 俺ヴァンパイアだから! 人間のイイかダメかなんてよくわかんないし!」
私が迷いながら言った言葉をサフィさんがあっさり笑い飛ばしたので、思わず凝視してしまった。
「俺的には気に入った血を誘拐してきて繁殖させてる奴とか、わざと攻撃受けて不死ってこと相手に見せつけ続けて精神おかしくさせる奴とかはダメだな〜って思うけど」
「あっ、そういうのじゃないです全然」
「でしょ。あと迷宮いろんなダメ人間いるし、少々のことでは驚かないから」
ヘラっと笑ったサフィさんを見て、私はちょっと力が抜けた。
ヴァンパイア基準のダメ人間、かなりぶっ飛んでいる。そのぶっ飛び具合から考えると、私なんてかなりちっぽけに見えるだろう。ダメであることに変わりはないかもしれないけど、少なくともサフィさんに嫌われることはなさそうだと思うとなんだか安心した。
ふう、と息を吐いて、もう一口麦茶を飲む。それから私は話し始めた。
「ここでバイトする前、違う場所でバイトしてたんです。私が暮らしている世界で」
「働き者だねえ」
サフィさんがニンニクを齧りながらのんびり頷いた。
私の両親は、一人暮らしするなら生活費はなるべく自分で稼いでみなさいという方針だった。家賃も学費も払ってもらっていたので、せめて光熱費や食費、教科書代くらいは自分でどうにかしたかったのだ。
物件を決めて、それから引っ越してすぐにバイトを探した。
「時期が良かったのか、時給のいいバイトに受かって。大学からも近かったし、夜も遅くなりすぎない、いいバイト先でした」
チェーン店ではない、おしゃれなカフェだった。カフェ好きには有名なお店だったようで、私がバイトしている間にも雑誌に載ったり取材が来たりということもあったくらいだ。
私は裏方として応募したので、カフェの裏側にある倉庫で主にネット通販できた注文のピッキングをしたり、オリジナル茶葉の梱包などを手伝ったりしていた。そのため接客や食品製造に関わることはほとんどなかったけれど、店長をはじめとしてスタッフがみんな仲の良い職場で、カフェスタッフも製造スタッフも裏方スタッフも休憩が被れば仲良くお喋りした。
「食べ物作る人と、それを給仕する人と、裏方ね。迷宮ではそういう規模の店はないなー。上にある上流階級のレストランとかはそういう感じっぽいけど」
「あ、別に上流ってほどでもないですよ。広くはないけど、人気だから雇う人も多くなったとかで」
「なるほどねー。で、ユイミーちゃんはそこの人間関係で躓いたと」
「躓いた……というか、ちょっと馴染めなくなってきて。……同じ大学で、同じ学年の人もそこで働いてたんです。ユウっていう人なんですけど」
ユウはもともと家がそれほど離れておらず、大学合格した直後からバイトを始めたらしい。推薦入試だったので、高3の秋にはすでにスタッフとして働いていたそうだ。
見た目も良くて人当たりの良いユウは、私が働き始めた頃には既に接客スタッフの中心的な存在になっていた。
「すごく優しい人で、最初のまだ慣れていない頃に同じ大学だからって声をかけてくれたり、他のスタッフとも仲良くできるように休みを合わせて遊びに行ったり」
「最初はユイミーちゃんもその人がいい人だと思ってたと」
「最初は、というか、今もいい人なんだとは思ってるんです、けど」
「けど?」
「……なんとなく、そういう付き合いが苦手になってきて」
賑やかに遊ぶのが大好きというタイプではないけれど、誰かとわいわい楽しくやるのは好きな方だと思っていた。高校のときのバイト先でも仲良くしていたし、クラスメイトみんなと遊びに行くようなときは大体参加していた。
だけど、気が付いたのだ。バイトをして家に帰ると、バイト仲間と遊んで夜になると、なんだかすごく息苦しくなっていることに。
「ユウは人気者だったので、いつもスタッフの子たちが何人か一緒にいることが多かったんです。で、その子たちの中にちょっと苦手というか、同調圧力的なものを感じて」
「ナニソレ?」
「えーっと……迷宮のひとにはちょっとない概念かもしれないですね……」
自らの好きなように生きている迷宮住民がちょっと羨ましくなった。
バイトの仕事に慣れてくると、段々人間関係も意識できるようになった。
ユウは仕事もできて優しく、そしてかっこよかった。スタッフは圧倒的に女の子が多かったこともあって、常にユウの周りには女の子がいた。
男女のもつれとか、ドロドロの三角関係とかではない。むしろ逆で、女の子たちはみんなユウの意思を尊重し、ユウに言われたように仕事を頑張り、ユウが喜んでくれるようなことを一緒に考えていた。
一緒に働き始めていた子たちも、いつの間にかみんなその輪の中に入っていることに気付いて、私はちょっとだけ驚いた。色んな時間帯にシフトを入れてみて、ほとんどのスタッフがその輪に入っているのだとわかって、もっと驚いた。
「ユウのことが好きで付き合いたいと思っている子たちもいて、それはわかるんですけど、そうじゃない人も、女性だけじゃなく男性のスタッフまでも自然とユウを中心に過ごしているというか、それが楽しいと心から思ってる人たちばっかりで、……私もみんなとバイトしたり遊ぶのは楽しかったんですけど、なんか、やっぱり馴染めなくて」
仕事は難しくなかったし、楽しくてやりがいもあった。女の子たちも、意地悪な子たちより優しい先輩の方が多かった。
輪の中に入れと強要されたわけではない。でも、そうなることが当然のような状況になっている気がして、そうでない自分が異物であるような感じがした。
「ユウはいい人で、私も仲良くしたいと思ってたはずなんですけど、気が付いたらなんだかすごく苦手になってて」
ユウには何も悪いところはなかった。親切にしてくれたし、私の態度がおかしくなるとすぐに気が付いて心配すらしてくれていた。けれど、ユウと話すたびにいいしれない違和感に苛まれることになって、避けると周りの女の子たちがそれに気が付いてたしなめる。
親切にしてくれて、欠点がなく、仲が良かった相手を、理由もなしに嫌いになるなんておかしいことは自分でもわかっていた。思い返してみても、周りにいた女の子はともかく、ユウ本人から不快なことをされた記憶はひとつもない。それでも、女の子たちよりもユウの方が苦手に感じてしまっていた。
「人気者だから妬んでたのかなとか、好きの裏返しとか、色々考えたんですけど、わからなくて、わからないけどなんか嫌で」
「で、辞めたと」
私は頷いた。
理由もなく人を苦手になるということも嫌だったし、たったそれだけの理由でバイトを辞めた自分にも失望した。思っていたよりも自分の性格が悪く根性がないのだと突きつけられた気がしてかなり悩んだけれど、学期が終わって春休みに長時間のバイトをすることを想像すると、もう続けてられないと思ったのだ。
「自分でも人としてどうかと思ってるんですけど、でも」
「シノチャンノタメノオ菓子ガアルト聞イテ!!!」
「うわっっ」
私の暗い説明をぶち壊すかのようにバーンと扉が開き、派手な鳥が真っ直ぐにカウンターへ飛んできた。
器用に着地したシノちゃんが、ピンクがかったトルコブルーの羽をドーンと広げてアピールする。
「シノチャンノタメニ買ッテキタポテチガアルト聞イテ!!!」
「いや、あるけど、今ちょっと話してたんだけど」
「ポテチ!!!」
「騒がしいからちょっと静かにしてね」
「アハハ死の鳥ユイミーちゃんにすごい懐いてるね〜」
高速で頭を上下させているシノちゃんは、ポテチを食べるまで大人しくなってくれなさそうだった。ていうか何でポテチ買ってきたこと知ってるんだろう。スジャークさんに聞いたのだろうか。
仕方ないので、サフィさんも一緒にどうぞとポテチをパーティー開けしてカウンターに置く。素早く一枚を咥えたシノちゃんは、ポテチを片足で持ちつつパリ……パリ……とかじりはじめた。瞳孔が開いている。
「えーっと……そんな感じで、理由もないけど苦手な人がいて、その人とばったり会ったので買い物できなかったんです。言葉にするとすごくどうでもいいことですよね」
「シノチャンノオ菓子奪ワナイデ!!!」
「シノちゃん静かにして……」
サフィさんが手を伸ばしたのでクチバシを開けて盛大に威嚇していたシノちゃんを宥めていると、本当にどうでもいいことでイヤな気分になったり怖がっていたように思えてきた。
あの頃は真剣に悩んでいたし落ち込んでたんだけど、なんだろう。今となっては別世界のことのように感じる。まあ、ここは物理的な意味で別世界だけども。
「なーるほどねー。まあ苦手なタイプっているよね。俺も巨大ムカデとか無理だし」
「それは私も初対面で無理だとわかるタイプのひとですね」
「でもまあ生活に支障が出るくらいなら、どこかに住居移した方がいいかもね。食べ物買いに行くにも難しいなら大変だし、ニンニク入手できないのはもっと大変だし」
「流石に引越しするようなレベルでは」
ニンニク星人にとっては死活問題かもしれないけれど、ニンニクに限定しなければ絶対に買い物できないというわけでもない。仮に私に話があるとしても四六時中ウロウロしているわけでもないだろうし、いざとなったらバイト終わってから夜に買い物に行けばいいのだ。果物屋さんは閉まってるかもしれないけれど、スーパーなら24時間開いているところもある。それこそコンビニでも食べ物は買えるし。
そもそも、ユウがいたのは今日だけかもしれないし。
私がそう呟くと、口元をポテチのカスまみれにしたシノちゃんがプェッと鳴いた。
「アノ人ネェ〜ナンカ怪シイカンジスルンダヨネ〜」
「えっ」
「あ、死の鳥がそう言うってやっぱ何かあるの? 人間じゃないとか?」
「えっ」
「調ベテミルケドネ〜……シノチャンノオ菓子ニサワラナイデッ!!!」
「えぇ……?」
ポテチを食べようとしたサフィさんの指にシノちゃんが噛み付いている。
騒がしい光景を見つつ、私は混乱していた。
怪しい感じって、何。




