繁忙期とお休み14
「すみません、今日はマンゴーも他のフルーツも買えなくて、お店にあるものだけしかないんです」
頭を下げる私を、魔王さんは光る紫色の目でじっと見つめていた。
買い物に出かけたのに、果物屋さんにもスーパーにも辿り着かずに帰ってしまったため、当然毎日買っていた果物も、それに代わるようなスイーツもない。
魔王さんは言葉にはしないもののいつも美味しそうに食べてくれているのだ。お米よりニンニクより、フルーツが買えなかったことが申し訳なかった。
せめてコンビニでバナナでも買ってくればよかったかも。でも高級志向でセレブな魔王さんに、間に合わせのバナナって逆に失礼では。マンゴープリンなら買えたかも。コンビニ入ってすぐに商品探せばよかった。
色々考えていると、ガシッと頭を掴まれた。
爪の長い黒い手が、その爪の先で傷をつけないように器用に私の頭を掴んでいる。
え、何。お仕置きビームでもされるのだろうか。
されるがままにしていると、魔王さんはじっと私を見つめてから唸るような声で言った。
『新しき訪問者よ』
「はい」
『汝の敵はヒトではない』
「えっ?」
私が首を傾げると、頭の上に乗った魔王さんの手も付いてきた。意外と軽く握られていたようだ。
『汝を脅かすは汝。外界に出づるものではない』
「え、えーと……」
『己に克つことこそ真の道なり。汝を解き放ち、己の剣を見出すがいい』
「え……えーっと……」
久しぶりに魔王さんが何を言ってるのか全然わからない。
「あのー、えっと、汝を脅かすは汝……? 私が私を脅かしているから、それを克服しろ……って感じですかね……?」
全然頭に入ってきていない状態のままなんとか訊くと、魔王さんがコクッと頷いた。そしてワシャワシャと勢いよく私の頭を撫で始める。髪をわしゃわしゃにされながらも私はちょっと考えた。
なんだろう。恐怖心に打ち勝て的なことだろうか。自分のライバルは自分的な。
もしかして、ビビリすぎと言われているのだろうか。たかが前のバイトの人相手に走って逃げ回るとかウケる……いや魔王さんはウケるとか言わないけども。
汝の敵はヒトではないって、物理的に人間じゃないって意味じゃないよね。
ていうかそもそも魔王さん、私の今日の事情を知っている風だけど、どういう情報網で?
千里眼ビーム?
頭頂部を中心に摩擦を起こされているというか、ぎこちない擦り具合が撫で慣れていない感じがして、魔王さんのナデナデはちょっと微笑ましい。
わしゃわしゃされつつちょっと笑ってしまうと、魔王さんはそっと撫でていた手を黒い靄の中に戻した。
よくわからないけど、たぶん、励ましてくれたのだろう。
ありがとうございますと言うと、魔王さんはコクッと頷いた。
「あの、アイス一緒に食べますか? パフェに入れてたやつと同じなんですけど」
魔王さんはしばらくじっとしてから、コクッと頷いた。心なしか力強い頷きだった気がする。
「エエエエエェーッ!!! ニンニクないのォ?!?」
文句もないどころか「気にすることではない」的なことを言ってくれた魔王さんとは反対に、1日の終わりにやってきたサフィさんはわかりやすく床に崩れ落ちた。
「あ、手さん、サフィさんは大丈夫だから、悪い客じゃないから」
崩れ落ちたまエエエ〜と声を出しているサフィさんを、店のボディーガードがつまみ出そうと巨大な指をワキワキさせている。私がそっとしておいてあげてというと、巨大な手は『ワルイ……キャク……』と唸りながらするする床に戻っていく。
「サフィさんすみません、ニンニク醤油だけで我慢してください」
「ええ……お漬物もないの? 味噌漬けは?」
「ないです」
「そんな……」
打ちのめされているけれど、漬物を平らげたのはサフィさん本人である。
買い物できなかったのは私が悪いし、大量に買い溜めすべきだったというのもあるけれど、絶対1日で食べきるサイズじゃないお漬物さえ毎日食べきるからこういう不測の事態に繋がるのではないだろうか。あのスーパーのニンニク、8割くらい私が買ってた自覚ある。
「その代わり通販頼んだので。魔王さんや今日来たお客さんたちにはお知らせしましたが、4日後にお休みもらってその日に受け取りますね」
「よ、4日……4日後……?」
「明日も買い物行く予定ではあるんですけど、確実に買えるとは言い切れないんで、ひとまず醤油に漬けたので我慢してください。今日は親子丼なんですけど、ニンニク醤油使ってますから」
フラフラしながらニンニク……と呟いているキラキラニンニクヴァンパイアにレンゲを持たせると、フラフラしつつも椅子に座って親子丼を食べ始めた。
「米がオレンジ色!!!」
「あ、お米も切れちゃったんで、死神さんに貰った玄米で作りました」
「俺の白い米は?!」
サフィさんのではない。
「玄米も美味しいじゃないですか。なくなったら死神さんから買おうと思ってて」
「まずくはないしユイミーちゃんが食べる分にはいいと思うけど、俺は白い米派なんだよユイミーちゃん!!」
ニンニクもお米も普通のスーパーで買ってきたものだけれど、サフィさんはそれが気に入っているらしい。どちらも迷宮産のものがあるというのに、異世界という付加価値が美味しく感じさせるのだろうか。
私は玄米の歯応えと風味、結構好きだ。日本のと食べ比べたことはないけども、死神さんの作った玄米、美味しい。
「ユイミーちゃん」
私も食べようとレンゲを掴んだ手を、サフィさんがガシッと両手で包み込んだ。
青い綺麗な目が私を真摯に見つめている。
「もう黙ってられない。ユイミーちゃん、悩んでること全部話して。俺じゃ頼りないかもしれないけど、一応魔道士だよ」
「サフィさん……」
いつもは緩んでいる顔を真面目に引き締めて、ちょっと心配そうにサフィさんが言った。
力強く握っている手も、心配そうな声も、真摯な目も私を気遣っているということが痛いほど伝わってくる。ていうか握られている手が実際にちょっと痛い。
「お願い。ユイミーちゃんを助けさせてよ」
キラキラした顔でそう言われると、私は頷かざるを得なかった。
ヴァンパイアのキラキラ感、すごい。
全てが「ニンニクのため」とわかっていても、抗えないほどの眩しさがあった。




