ねらわれたまご21
「お、おはようございまーす……」
たまテピセットと買い物袋を持ち、そっとお店を覗いてみる。
いつもと同じ、雑多だけれど静かな光景だ。
ドアの近くも、いつも通り。
……昨日の手って、今でもいる(?)のかな。
カウンターの向こうをチラチラ気にしながら一旦キッチンに向かい、さっとシンク回りを掃除する。食材をしまって鍋に水を入れて火にかけ、またカウンターへと戻ってきた。
あの床、掃除してもいいのかな。やりにくいんだけど。
「あ、あのー。あのー、おはようございますー」
カウンター越しに、ドア近くの床に声を掛けてみる。
するとしばらくして床がむにゅむにゅ動きだし、ぬぅ……と手が出てきた。
周囲を探るように、届く範囲の床をペタペタ触っている。
『……ワ゛ルイ゛……キャク、イ゛……ナイ……』
「あっ、すいませんお客様はいないんですけど、あのー、その、あなたのとこをホウキで掃いたり雑巾で拭いたりしても大丈夫なんでしょうか?」
魔王さんのビームと、サフィさんの魔術でできあがった手っぽいなにか。そう考えると、私が今話しかけているのはいきものですらないのかもしれない。
でも、動いて喋られたらなんか人間性を感じてしまう。
そして素材が床板とはいえ、そんな存在にゴシゴシ雑巾をあてていいものか。
手は周囲を探るのをやめ、床から出たままの状態でしばし静止した。中学美術のデッサンでありそうなポーズだ。
『ソウジ……』
そう唸った手は、するすると床に戻って平らになった。しんとして何事もない床に見える。
……掃除してもいい、ということだろうか。
ホウキを持って恐る恐るカウンターから出て、そーっと手が出てくる辺りを掃いてみる。
掃いた感じ、床だ。普通の。
いきなり出てきて掴まれやしないかとビビりながらホウキで掃き、さっと水拭きした。大丈夫だった。
沸かしたお湯で瓶の消毒を済ませた頃に魔王さんがやってくる。ノックしてドアを開け入ってきた魔王さんは巨大な手、というか手が生えてくる床としばらく見つめ合っていたものの、何も言わずにカウンターまでやってきた。
「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」
果物カゴを受け取ると、中にいつもの手拭いと、スプーン、そしてプラスチックのカップが入っている。
マンゴープリンが入っていた容器、洗って持ってきたらしい。綺麗に剥がされたフタも入ってあった。
魔王さん、律儀。
「この容器も洗ってくださったんですね。あの、使い捨ての容器なのでこのまま捨てちゃうんですけど、いいですか?」
容器として使えることには使えるけど、何に使うかといわれたら用途に困るカップ。綺麗に洗ってあるのでちょっともったいないけれど、と私が説明すると、魔王さんの黒い手がすっと伸びてきて、カップのうち一つを摘み上げた。
紫色に光る目でじっと眺めて、それから自分の方へ引き寄せる。
「それひとつ持って帰りますか?」
私の背より高い位置にある魔王さんの頭がコクッと動いた。なごみ。
くじ引きで当たった商品券でさっそく買ったお高い苺とさくらんぼのセットを一緒に食べ、残りのそれらとマンゴーと上級南国果実Bを果物カゴに包んで渡す。魔王さんはいつも通り頷いて、また私に『汝に幸あれ』と言ってから帰っていった。
商品券当たったし、幸ありましたよと心の中で返して見送る。
「よし、ニンニクの準備しようか」
「テピ!」
魔王さんがいなくなったら、大体このお店は実質営業終了だ。
ニンニクヴァンパイアが期待を寄せているので、早めにニンニク醤油の仕込みをしてしまおう。
買ってきた大量のニンニクの皮を剥きつつ、テピちゃんたちと通じない会話を楽しんでいたらノックの音が聞こえてきた。
はーいと声を上げてカウンターの方を覗くと、勢い良くドアが開く。
そこから入ってきたのは、見慣れない姿をした見慣れた顔だった。
「ユイミーちゃん、来たわよー!!」
「えっ、まじょばちゃん?!」
「来タヨ〜」
肩にカラフルな鳥を乗せた、黒いローブ姿のまじょばちゃんが私にニコニコ笑いかけた。




