たくらんだとり10
三種の羽を得たものは、常ならざることその身に起きる。という言い伝えがあるらしい。
「毎日来てるってまた貴重な体験だねユイミーちゃん。財宝鳥の羽根は特に効力とかないけど、かなり貴重なものだから価値は高いよ。特にオスの金羽根は」
「値段言わないでください」
安いものではないという情報だけでもうお腹いっぱいである。
根元から先まで親指ほどもないこのメタリックな羽根は、綺麗だしそこそこ価値がありそうだなとは思っていた。けれど金貨が何枚積まれるのかレベルと思うとむしろ厄介なものにしか見えなくなった。
「……店に置いていったってことは、これ、売りにきたんですかね?」
「いやそれ無理あるでしょ。小さい鳥なら、現金化したらむしろ持ち歩けないだろうし。鳥はしっかりしてるから、もし売りにきたならお金貰わずに帰ることもしないだろうし」
「でも毎日来てるし……もしかして売ったことに私が気付いていないから催促に来てるんじゃ……」
「歩き回って寛ぐことが催促?」
「……」
派手鳥さんが価格表を突いてアピールしたのとは対照的に、あの金銀ペアは価格表に興味を示したそぶりを一切見せていない。私が尋ねてもそうだった。売買のつもりなら、何かしら反応があっただろう。
「まあそんなに落ち込まないで。ほら、死の鳥の羽根はまだ手に入れてないんでしょ?」
「まだも何も、いらないんですけど……もし手に入れたらどうなるんですか?」
「さあ、実際に体験した人知らないからなあ。不幸になるとかではないと思うけど」
サフィさんはそう言ったけれど、死の鳥とか入っている時点でいい響きではない気がする。
蘇生可能にする羽根を使う羽目になる、とかだったらマジでやめてほしい。私はただ平凡に、時給のみをもらってバイトをしていたいだけなのに。
溜息を吐くと、いつのまにか近付いてきていたテピちゃんたちが私の足にキュッと抱き付いていた。かわいい。
「そう暗い顔しないで。ほら、悪いこと起こらないようにお守りあげるから」
「お守りより、この羽根持っていってくれませんか? あのでっかい羽根も」
「それはちょっと……鳥の恨みは買いたくないかなー」
同情的な顔をしているサフィさんは、羽根を渡そうとするとさらりと避けた。無理に押し付けようとすると、素早く立ち上がってお金をカウンターに置く。
「もし何かあったら力になるから、落ち着いて落ち着いて。じゃあお守りとお金置いとくから。美味しかったよごちそうさまーまた明後日あたり来るねー!」
「サフィさん待っ……いや早っ」
ニコニコキラキラ笑いながら、サフィさんはあっという間にドアから出て行ってしまった。綺麗にからになったお皿と、代金と不思議な色の石だけがカウンターに残っている。
逃げ足が早いというのも、迷宮で生き残っていく上では重要なのかもしれない。
ふうと溜息を吐きながらイスに座ると、テピテピーと心配そうな声が聞こえてきた。お盆を出してカウンターまで上げると、テピちゃんたちが心配そうにうろうろ、いやてぴてぴしながら私を見上げている。
「そこまで心配してくれるのはテピちゃんだけだよ」
「テピ」
「……羽根もらってくれる?」
1匹残らずすごい勢いで後ずさってプルプル震えられた。
翌日、テピテピといつも通りなテピちゃんたちを招き入れ、そしてしばらくして聞こえてきたコツコツという軽いノックに立ち上がる。
「……」
幅5センチほど、細く少しだけドアを開けると、ホロロー、と声が聞こえてきた。もちろん向こう側にいるのは、毎日通ってきている金銀のウズラっぽい鳥たちである。小さな頭をヒョコヒョコ動かしてこちらを見ていた。しゃがんで目線を近付けてから、持っているものを見せる。
「あのー、入ってくるのはいいんですけど、その前にこれ持って帰ってくれませんか? なんか変な言い伝えにリーチかかってるので……」
サフィさんによると、何が起こるかはよくわかっていないらしい。そもそも財宝鳥と呼ばれるこの金銀ペア鳥も、昨日来たド派手なスジャークも、そしてまだ見たことない死の鳥もすべてかなりレアな鳥だそうだ。スジャークは特に、30年に一度くらい目撃情報があるけれど、素早いので近くに寄ることも難しいのだとか。
貰った金の羽根を指で挟み、中に入ろうと隙間に顔を突っ込んできている金の鳥につきつける。
「あの……価値のあるものとか置いていかれると困るので……そういうことされるお客様はちょっと……」
金の鳥は、隙間から入ってこようとこちらに向かってガリガリ床を掻いていた。ウズラっぽい見た目とは裏腹に、私が押さえているドアがじわじわと開き始めているほどに力強い。金の鳥の背後では、細長くなってこちらを覗き込んでいる銀の鳥が、ホロローホロローと鳴きながらこっちを見ていた。
「いや……入る前にこれ……持って帰って……っ」
本気の力でドアを押さえながら、金の羽根をクチバシの前に持っていく。しかし細いクチバシはそれを受け取ることをせず、ただホロローと言いながらぐいぐい入り込もうとするだけだった。
やがて、ドアが閉まるのを体で防いでいる金の鳥を踏み台にするように、その後ろからぴょんと銀の鳥が顔を覗かせた。それからその隙間を通ってお店の中へと入ってくる。
「いやそれはズルいのでは」
まだドアを押さえている私の周りを回って、銀の鳥がホロローウホロロローウと鳴く。その鼻先に羽根を持っていっても、スルーしてトコトコと私の周りを回っていた。床について反時計回りに私の後ろを通りすぎ、膝にぴょんと両足で乗り、それからまた降りる。
ホロロー、ホロロローウ、ホロッ、ホロロー。
気が付くと、私が入店を阻止しようとしている金色の方も、銀の鳥に合わせて鳴き声を発している。ホロローホロローと周囲を回る音を聞いているうちに、私の意識はどんどんとぼやけていった。
『……者……新たなる訪問者よ……』
「え……?」
そっと揺り起こされて顔を上げると、草食動物の頭蓋骨に光る目がじっと見下ろしていた。磨いた床の感触が体全体に伝わっている。
どうやらうつ伏せに倒れているらしい。
「あれ」
『この場は眠りの場にそぐわぬ』
「あ、すいません。なんかいつの間にか寝てて……?」
果物かごを持っている魔王さんが、黒靄の中から空いている手を伸ばして差し出してくれた。それに掴まると、ぐっと上体を起こしてくれる。
先程まで入店拒否の攻防をしていたはずなのに、しんとしてドアは閉まっている。
一体何があったんだ、と周囲を見回すと、私が倒れていたところを囲うように、床に金銀の羽根がこれでもかというほどたくさん落ちていた。メタリックな輝きでキラキラしている。
ホロロー、と鳴く金銀の顔が浮かんできた。
持って帰るどころか羽根を大幅に増やして置いて帰ったのだ。
「……鳥ィーッ!!」
思わず叫ぶと、魔王さんがちょっとビクッとしていた。




