異世界探し33
「い、イ、いらいは、ふた」
声が重なっているように聞こえ、仲介人の男性が床に座り込む。低い振動音と共に、顔があったところに空いた黒い穴が周囲を吸い込むように広がってこちらに近付いてきた。
まるで黒い穴が私を飲み込もうとしているかのようだ、と思ったのと、手に持っていたものを後ろを向いて放り投げたのが同時。
驚いた顔で腰を浮かせたサフィさんと、鳴き声を上げるシノちゃんが黒色に侵食されてあっという間に見えなくなった。
奇妙な浮遊感と沈黙、そして暗闇に呑み込まれる。
「……なんであの鳥置いてきちゃったんですかーっ!!」
「うわびっくりした」
突然身近で叫ばれたので、私は思わず神器を取り出して振り上げてしまった。半透明でうっすら光っている魔術ノートが、すりこぎの当たってしまった額に両手を当てつつ私を涙目で睨んでいる。
私と同じようにブラックホールもどきに吸い込まれたのか、それとも私がリュックに本体を入れていたからか、魔術ノートも一緒に来たようだ。
「ごめん魔術ノート、敵かと思ってつい手が」
「なんであの猛毒を置いてきちゃったんですかっ!!」
「シノちゃん? なんでっていうか、なんとなく」
「役に立ったかも知れないのにーっ! 見てくださいユイミーちゃんさまっ!! このっ! 亜空間っ!!」
魔術ノートがバッと片手を広げる。視線を誘導してくれなくても、どこもかしこも変わることない暗闇だ。
「ここって、前に来た次元の狭間ってやつかな」
「酷似していてその可能性も高いですが、前のときとは全然違いますっ! 禍々しい気配がマガマガしてますっ!!」
「マガマガ……」
ぐーに握った手をブンブン振りながら言った半透明な少女は、周囲をキョロキョロしてから私にぎゅっと抱きついた。私には触れられず通り抜けてしまうので、腕をすかすかと動かしている。
「ユイミーちゃんさま、なんだか危ないですよう……なにか怖い予感が」
『非推奨ノ次元転移ヲ感知シマシタ』
「ひゃああ!!」
私の腕から鳴った音声、魔術ノートが過剰にビビっていた。ちょっと可愛い。
左腕の方を見ると、二の腕に巻かれたバンドが赤色のランプを点灯させている。
「えーと、ハイパーヘルプマシーン?」
『ハイハイ、街ユクアナタノスーパーオ助ケマシーン、ハイパーヘルプマシーン537号デアリマスヨー』
「なんか話してた人の顔がいきなりブラックホールになって、よくわからないとこにいるんだけど」
『身ノ毛ガヨダツ状況デアリマスネ。モットモ、ワタクシニハ毛ハアリマセンガ』
軽妙な受け答えと共に、小さな電子音が聞こえてくる。どこかひょうきんな電子音声は、真っ暗闇の中での緊張をちょっと和らげる効果があるようだ。魔術ノートもソロソロと私の左腕に近付いている。
「あの、どこかに転移して帰るか、山田さん……いやご近所セイバースーパー山田さんに連絡できる?」
『チョットデキカネマス。現在通信障害アリ、通信圏外デアル孤立次元ニ存在シテイルカ、強制的ニ外界トシャットアウトサレテイル可能性ガアリマス。無闇ニ転送実行スレバ、オ陀仏デアリマス』
「お、お、お陀仏ですよおユイミーちゃんさまーっ!!」
「落ち着いて落ち着いて」
取り乱す魔術ノートの頭あたりを撫でつつ、シノちゃんを放り投げて正解だったな、とちょっと思った。シノちゃんは異世界と日本を行き来する能力があるけれど、ここでその能力を使うと危ないことになっていただろう。咄嗟に投げたので乱暴だったせいか、暗闇に覆われながら見たシノちゃんがブチギレ顔だったような気もするけれど、シノちゃんのためのことだとあとで言い聞かせることにした。鎮静剤としてチャーシューも必要かもしれない。
『兎ニモ角ニモ、通信デキナイコトニハ私ハタダノオシャベリマシーンデアリマス。ユイミーちゃん、ドウニカ通信デキソウナエリアヘ移動願イマス』
「わかった。魔術ノート、とりあえず移動しようか。方角も道もわかんないけど」
「進んでるのかもわからないですねぇ……」
片手にすりこぎ、片手にライトを付けたスマホを持ち、私たちは適当に選んだ方向へと歩き始めた。
『何カアレバ相談シテクダサイ、ナルベク対応シマス』
「うん、よろしくね」
『移動中ヒマナラバ、チョットシタ物語クライハオ話デキマスノデ』
「節電したいからまた今度聞くね」
『正直、死の鳥トハキャラ被リヲ感ジテイマシタノデ、コノ場ニイナイノガ有難イデアリマスネ』
「キャラ被りの概念理解してるんだね……」
突然の暗闇だけれど、とりあえず道中は楽しくなりそうだ。
遭遇に備えて前方にすりこぎを振りつつ、私はさほど緊張せずに暗闇を歩くことにした。




