命を刈り取るお仕事3
開かれた扉と共に、ひんやりとした風が吹き込んできたように感じたのは、気のせいだろうか。
向こう側から回されて動いたレバー式のドアノブが立てる小さな音、軋みながら開く木のドアの悲鳴、それ以外の音が消えたようにしんとしている。
視線が吸い寄せられるのは、やはりその人の頭部だ。
人間の頭蓋骨。中学や高校の理科室で見たのはスケールが小さいものだったけれど、ゆっくりと入ってくるそれは成人のサイズをしていた。目はくり抜いたように丸く凹んでいて、鼻のある位置は三角形にぽっかり開いている。強調される頬骨に並んだ歯、所々に入っているヒビのような接ぎ目。
完全にヒューマン的な頭蓋骨。しゃれこうべである。
光沢も色褪せもない漆黒の布がボロボロだとわかるのは、その輪郭がほつれ破けているからだ。柔らかく薄そうなその布が頭蓋骨の頭頂部から被せられ、顎の横を通って鎖骨のあたりで合わせられているので肋骨や背骨は見えなかった。真っ黒の布を辿ると次は肘から下が出ていて、細かい骨が合わさった手には、鈍色をした金属が握られている。
鉄の棒のようなものはよく見るとしっかりと太いけれど、立っている骸骨よりも長く、その先に付いた鎌が恐ろしく大きいので細長く感じた。弧を描くように曲がった鎌の刃は、付け根の方から尖った先まで余すところなく研がれてギラギラと光っている。
死神は大鎌を右の肩に掛けるようにもたせかけ、刃を自らの後ろを覆うようにしながら右手で柄を掴んでいた。
完全に命刈り取るやつやこれ。
大きな刃物も、くすんだ生成色の骸骨も、目の当たりにするとそれだけで恐ろしく感じる。それが近付いてくる間、私はテピちゃんたちを両手で包み、胸の前で潰さないように抱きしめているだけで精一杯だった。
冷たい風で漆黒の布がひらひらと揺れて影ができる。カウンターの前に立ち止まると、バタンと大きな音でドアが閉まった。その音に思わずビクッとなる。
同じような頭蓋骨にボロ布の魔王さんは目が光っているけれど、目の前にいる死神はそういったものはない。本当に、ただ頭蓋骨が動いているだけのようだ。それはそれで怖い。
じっと目、いや目のある位置の窪みと見つめ合う時間が過ぎ、死神はおもむろに片手を上げた。かしゃり、と軽いような硬いような音が小さく聞こえる。
「まいどまいどー!」
「?!」
指先まで真っ直ぐにした手を軽く挙げた死神は、ものすごく明るい大きな声を出した。やや低く、明るい中年男性のような印象の声である。
「よーやっと挨拶に来れましたわ。もうタイミングタイミング。ぜんっぜん合わんて! いやもーさっきはえらいすんまへんなあ。ええかな〜思て開けたら大将おるやんゆうてな、いや申し訳ないことしたわーほんま堪忍やで! な!」
なんかコッテコテの関西弁に聞こえるんだけど、気のせいだろうか。
頭蓋骨の下、繋がってそうで繋がってなさそうな下顎がカシャカシャ動くたびに、ないはずの声帯から元気な声が部屋へと響き渡っている。波を感じる抑揚と笑いが混じる大きい声、喋るたびに動く顔や上体は、テレビで見る芸人のようだった。骨だけだという点を除けば。
イヤイヤホンマホンマと独り言なのか迷う言葉を発しつつ、頭蓋骨は頭を掻いてペコッと頭を下げる。
「ほなまー改めてご挨拶でも。どうもこの辺で商売さしてもろてます死神ですー」
「あ、野々木 由衣美ですよろしエッ死神?! マジで死神?!」
慌てて私も頭を下げ、途中で勢いよく顔を上げてしまった。
今この人、自分で死神って名乗ったのでは。マジでそうだったのか。
じっと見ていると死神がハッハハと笑い始めた。
「いやそらそやろ! 見てみいこの格好! されこうべと大鎌背負てサラリーマンですっておかしいやん! コスプレとちゃうでコレ!」
自称死神は「されこうべと大鎌〜」のところで自分の頭蓋骨をカシャッと叩き、それから大鎌を両手で持って見せるというオーバーな動きを交えてツッコミを入れた。その勢いに押されている私は「はぁ……すみません……」としか返事ができない。
「いやええねんけどな! わかりやすくてええやろこれ。もう最近はあえてこの格好してるとこあるわ。トレードマークちゅうやつや。ボク見ての通り骨やし大体どんな服でも着れるねんけど、流石にシャツ着てフリース着て『まいど〜死神です〜』は格好つかんしな!」
「そ、そうですね」
「でも家では部屋着着てるねんで。これビラビラ邪魔やねん」
死神のプライベート情報を入手してしまった。
家では部屋着に着替えている死神。というか家がある死神。
サフィさんレベルで今までのイメージをぶっ壊してくる人だ。
「あんたがユイミーちゃんやな! あんたんとこのおばちゃんにはよーお世話んなってるわ。よろしゅう言うといてな!」
「あ、まじょばちゃん、はい、伝えておきます」
「なんやおとなしてエエ子やん。こないだ大将と喋ったとき前と値段変わらんて言うとったからまたどエラい人来たわ思てたら」
「あっ、あの、値段は変わったので、すみません、まだ価格表できてないんですけど、この価格の1割増でお願いします」
「1割てそらまたえらいサービスしたな! あんた食べていけるんか!」
「大丈夫です」
はェーこらまた助かるけどもやな、とマニュアルの価格表をしげしげ眺めた頭蓋骨がまぁええか、と顔を上げた。
オーバーリアクションと勢いの良い関西弁のおかげで、今まで感じていた恐怖感がほぼほぼ消えている。とっつきやすい人でよかったなと思いながら改めてこれからよろしくお願いしますと頭を下げると、死神さんもまいどまいどと頭を下げてくれた。
関西の人って本当にまいどまいどって言うんだな。いや、迷宮だし骸骨だから関西の人と言っていいのかわからないけども。
「ほな早速、一発仕事頼むわ!」
「はい。ご用件はなんでしょうか?」
「これや」
どん、と死神がカウンターの上に置いたのは、そこそこ大きな袋だった。




