命を刈り取るお仕事1
「いらっしゃいませこんにちは!」
ごつんごつんと重いノックの後に入ってきたのは魔王さんだった。
考えてみると、ここの人たちはいきなり入ってくることはなくて礼儀正しい。ドアノブを開けられなくてそうなっている人もいるけれど、お客さんがいないときは掃除してるかだらしない顔でマニュアルを読んでいるかなのでノックをしてくれるととてもありがたい。
「今日も上級南国果実Bのみでよろしいですか?」
『是……』
「わかりました。少々お待ちくださいね」
目をほのかに光らせながらこっくりと頷いた魔王さんに頭を下げて、私はキッチンの方へ意気揚々と向かった。今日冷蔵庫から取り出すのは上級南国果実Bだけではない。
「あのー、いつも手で持って帰ってらっしゃるんで、よかったらこれ使ってください」
カウンターに置いたのは、果物かごだ。
繊細に編み込まれたそれは、緩やかに描かれた曲面が入れた果物を優しく受け止めるようになっている。冬瓜を縦長に切ったような楕円形で、真ん中に取っ手が付いている。
籐かご。本物のラタンで編んである、と説明されたそれは、程よく艶があり強度もあった。ラタンが何なのか偽物もあるのかよくわからないけれど、百貨店の催事場で職人っぽい人が売っていたので良いものだろう。値段もそこそこしたけれど、魔王さんからぼったくってしまったお金があったので余裕だった。
かごの底に手拭いを畳んで敷いて、上級南国果実Bを入れてみたら、想像以上にさまになっている。
魔王さんもそう思うのか、頭蓋骨がかごへ視線を注いでいた。
「あと、これは私の世界にある美味しい果物なんですけど、よかったらどうぞ」
ぼったくり価格だろうが毎日あるだけ買いに来るということは、魔王さんはこの上級南国果実Bが好きらしい。
高くて、南国の果実で、甘い。そこからヒントを得て私はおまけを買ってきていた。
「マンゴーっていって、甘くて美味しい果物です。いつもお世話になっているので、おまけに」
アミアミの包装を取った、大きくてつやつやなマンゴー。上級南国果実Bと並んでかごに入れたそれは、濃い赤に色付いていてなんとも美味しそうだ。
『……新たなる訪問者よ』
「あっ、これはうちのサービスというか、常連さんにはちょっと贔屓してもっと通ってもらおうという戦略なので、取引とかそういうの関係なくもらってください」
『……』
「えーと、ほら、味見も兼ねて……。好評なら、売り物として仲間入りするかもしれません」
それは魔王さんがなかなか受け取ってくれないので適当に口から出た言い訳だったけれど、マニュアルを読んだ限り、お店で扱っていないものも取り寄せで売ることができるらしいのでウソにはならない、はず。
買い物帰りにちょうど通りがかって、色合いが上級南国果実Bと似てるな、と思って買ってしまったのだ。
もしかして同じものでは、と思ったけれど、並べて見てみるとちょっと違った。マンゴーは果実にリンゴみたいな茎がそのまま付いているのに対して、上級南国果実Bは柿や蜜柑のようなヘタが付いている。形も上級南国果実Bの方がやや球体に近かった。
私のお詫びの気持ちと、あとぼったくったお金を少しでも還元していこうという気持ちの入ったマンゴーである。これも百貨店に入っている高そうな果物屋さんで一番熟れているものをとお願いして買ったものなので、甘くて食べ頃になっているはずだ。
果物かごを持ったままじっと待っていると、魔王がスッと手を出した。黒くて爪の長い手が、かごに入っているマンゴーを手に取る。
そのまま手首を動かしてマンゴーを色々な角度から眺めていたかと思うと、魔王は手を曲げた。
「あっ」
骸骨の口の部分に近付いていたマンゴーが、私の声で止まる。
「あの、それ、皮剥いて食べるやつなんですけど……」
上級南国果実Bは、剥かないでそのまま食べているのだろうか。皮を剥くという概念、あるのだろうか。そのままサイズで口に入るのだろうか。というか頭蓋骨出てますけど。
どう想像しても怪しげな黒い靄に身を包んで果物を食べる様子が思い浮かばずに戸惑う。
そのまま食べてもお腹壊したりはしないだろうけれど、茎も付いているしあんまり美味しくなさそうではある。
「……皮、剥いてきましょうか?」
私の提案に、じっと動きを止めていた魔王さんがそっとマンゴーをこちらに差し出してきた。
『汝の刃に託そう』
「剥いてきますね」
念のため剥き方をググっといてよかったと思いつつ、私はマンゴーを手にキッチンへ戻った。
マンゴーは、平たくて大きめな種があるらしい。
形をよくチェックしてから、タネのない場所に包丁を入れる。果肉部分、中央にあるタネの入った薄い部分、反対側の果肉部分と3つになるように切った。それからお椀型の果肉部分を皮を切らないよう縦横に切れ目を入れ、ぐるりに軽く刃を入れて皮を裏返すように反らせると、食べやすそうな見た目になった。見た目も映えそうな華やかさだ。
「うまくいった……」
初めてだったので、成功してちょっとホッとする。
タネの周りの果肉も切り落としてお皿に盛っていると、テピ、と声が聞こえた。
私の足元に集まったテピちゃんたちがじっとこっちを見上げている。
「……皮、いる?」
「テピ!」
あんまり果肉のついていない、タネ周りについていた皮を見せたら喜ばれた。2センチ幅で長さも20センチくらいしかないただの皮なのに、手をパタパタ動かしながら待ちわびられるとなんか申し訳なくなる。ちょっと屈んで皮を垂らすと、てぴてぴ集まって興味深そうにみんなで皮を持ち上げていた。
「今度買ってきて一緒に食べようか」
「テピー!」
細長い皮を並んで両手で掲げているため電車ごっこみたいになっているテピちゃんたちをそのままに、私はフォークとお皿に載せたマンゴーを一緒に魔王さんへと届ける。
「どうぞー」
黒い手がフォークを取る。爪が長いので、掴むというよりは摘むように持っていた。果肉のひとつにそれを刺して持ち上げ、しばらく眺めてから口に入れる。草食動物っぽい細長い頭蓋骨の下に入ったフォークは、滲み出る黒い靄で半分ほど見えなくなって、取り出されたときには刺さっていたマンゴーは消えていた。
紫色の光る目が見えている頭蓋骨が、わずかに揺れている。
もぐもぐしているらしい。
「どうですか?」
返事はなかった。
しばらくもぐもぐした魔王さんは、もう一度マンゴーをフォークに刺して口に入れる。また刺して口に。さらにもう一度。
めっちゃもぐもぐしているということは、気に入ってもらえたのだろう。
みるみるうちに半分がなくなり、それに気付いたのかお皿に近付いたフォークがピタッと止まる。
それからもう半分に手をつけ始めたフォークは、心なしか動きがゆっくりになっていた。マンゴーを刺したフォークを口に入れてから出すまでの時間も長くなっている。
美味しかったから勢いよく食べたけど、なくなるのが惜しくなったらしい。かなり気に入ってもらえたようだ。
「また買ってきますね」
そういうと、魔王さんもぐもぐしながらコクッと頷いた。
見た目がいかついし言葉もよくわからないけど、なんかちょっと可愛く思えてしまった。
ほのぼのした気持ちで惜しみながらマンゴーを食べる魔王さんを見ていると、不意にコンコンとノックする音が聞こえた。
サフィさんかな、と思った私が体を傾けて大柄な魔王さん越しにドアを見ると、ちょうどドアが開く。
少し開いたところで先客がいると気が付いたのか、ドアはすぐに閉まったけれど、私はドアを見たまましばらく固まってしまっていた。
……今、大鎌持った死神がこっち見てたんですけど。




