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バイト先が異世界迷宮だったけどわりと楽しくやっています  作者: 夏野 夜子
本編

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はじめての困難10

「マジで入ってる……」


 増えた残額を見て私は思わず呟いた。

 迷宮ダンジョンの通貨、日本円に換金できるって改めてすごいな。どういう仕組みなんだろう。


 魔女おばちゃんにお願いして、私が不覚にも稼いでしまったお金のうち、銀貨2枚分のお金を日本円に換えてもらった。きっちり10万円が口座に振り込まれている。ついでに私が掃除道具やら食材やらで使ったお金も、提出したレシート金額分が別に振り込まれている。


 ちょっとリッチになった口座を見て、ハッと我に返る。

 嬉しいけど、これは手放しに喜んでいいお金じゃない。こんなのがぼんぼん振り込まれたら私の人生は変わってしまう。変に贅沢をしまくり、そしてその贅沢癖が抜けないままお金が底をつき、そして転落人生を歩んでいってしまうのだ。

 ……私の前任だった店番の人、人生大丈夫なのかな。随分ぼったくってたようだけど。


「よし」


 私は小声で気合を入れた。顔を上げた先にあるのは、そろそろ開店せんとする駅ビルである。隣にはデパートもある。大きな時計の針が10時に届こうとしていた。

 私は今日、バイトのイン時間を少しずらすことにした。買い物をするためである。



 相手からは納得されているとはいえ、ぼったくりを働いてしまったというお詫び、そして今までひどいお店となっていた挽回のために、私ができることはひとつ。

 それはあの雑貨屋をもっといいお店に変えていくことだ。


 自分の罪悪感減らしのために返金を頼み込むより、魔王さんが喜んでくれる形で返したい。他に来るお客さんにも、今まで来れなかった分ちゃんと買い物ができるようなお店になったのだとわかってもらいたい。

 そのためにまずは準備だ。警備員がドアを開け店員がテナントで頭を下げるビルの中に、私は意気揚々と乗り込んでいった。



 急いで買い物を終え、迷宮しごとばへと戻って作業をする。途中でドアノブが動く音が聞こえて、私はお手伝いメンバーを招き入れた。


「テピちゃんたちおはよー」

「テピー!」

「今日も元気だね。テピー」

「テピー!!」


 ドアを開けると、今日も元気そうにてぴてぴと入ってきた。慣れたようにお盆の上に集まる白い集団を持ち上げてカウンターの方へと運ぶ。今日は天板の上に載せるのではなく、棚のそばの床へとお盆を下ろした。


「見て見て、テピちゃんたちが隠れられる場所を作ってみたよ」


 カウンターに立って右手側にある棚、その一番下の段に、突っ張り棒と穴を開けた布を使って簡易カーテンを通してみた。布をめくると、棚の左半分にトレーが置いてある空間がある。


「お客さんが来たら逃げるでしょ? でもあちこちに逃げ込んで出られなくなったりしたら大変だから、今度からここに入って」


 小心者なのかシャイなのかビビリなのかわからないけれど、お店に誰かが来るとテピちゃんたちは逃げて身を隠す。バケツの中に飛び込んで隠れるのはまだいいけれど、棚に置いてある複雑な造形物の間に挟まっていたり、カウンターの下に隠れていたりもするので、危うく踏みそうになると肝を冷やすのだ。

 前みたいにぺちゃんこになったのちに復活するとしても、怖いのでそんな現場にはもう遭遇したくない。逃げ場をあらかじめ定めておけばそこにいってくれないかなと思いついて道具を探してみた。


 物がごちゃごちゃしているので流石に下の一段全部を空けることはできなかったけれど、それでも大きめのトレーが入ったのでそこそこの空間はある。

 黒い突っ張り棒に、グレーの布。全体的に色褪せていて古めかしい雰囲気のある棚でもそれほど浮いていないと思う。中に置いたトレーは入りやすいように段差が少ないものを選んだ。


「テピ……」


 そろそろと、いやてぴてぴと近付いたテピちゃんたちは、しげしげとカーテンを眺め、そして中にあるトレーを見ている。テピテピとしばらくざわめいてから、1匹がテピッとその中に入った。くるりと周囲を見回すように回って、それから片手を挙げて他のテピちゃんに「テピ!」と鳴く。すると残りの集団もテピテピ騒ぎながら中へと入った。


「ほら、このカーテン閉めたらいい感じに隠れる」


 すーっと一回閉めてみて、それからまた開けてみた。中に入っていたテピちゃんたちが、開ける手を追って体の向きを動かしている。

 またすっと閉めて、もう一度開ける。一斉に動いててなんか楽しい。


 何度か開け閉めしていたら、テピちゃんの1匹がトレーから出てきた。小さい手でそっとカーテンを掴む。左右に引っ張ってカーテンを開け閉めし始めた。

 1センチくらいしか動いていないけれど、一応自力で開け閉めできるようだ。数匹でやればちゃんと動かせるだろう。


 カーテンを持っているテピちゃんが、じっとカーテンを見上げ、それから私を見た。

 言わずもがな目がキラキラしている。


「テピ」

「気に入った?」

「テピー!!」

「それはよかった」

「テピー!!!」


 同じく目をキラキラさせたテピちゃんたちが、わらわらと出てきて私を囲んで手を上げる。まるで万歳と声を上げているように動きが揃っているので、止めどきがわからなかった。


「テピー!!」

「うん、喜んでくれてよかった」

「テピー!!」

「そうだね、ここに隠れて」

「テピー!!!」

「ちょ、わかったから」

「テピー!!!!」


 ピンポン球サイズの熱気に囲まれていると、カシカシとドアを引っ掻く音が聞こえた。その瞬間、テピちゃんたちが一目散に棚の中へと逃げていく。最後の3匹が協力してカーテンを閉めると、テピちゃんたちが完全に沈黙してしまう。


「……」


 うん。まあ、活用してくれてよかった。


「はーい」


 返事をして、ドアを開ける。そこには見慣れた犬がいた。


「いらっしゃいませ!」

 

 返事をするように尻尾をほんの少しだけ揺らした犬が、ポヌポヌと謎の音を立てながら中へと入ってくる。フンフンと嗅ぎながらあちこちを確かめるその姿に、私はホッとした。

 よかった、今日は来てくれた。


 私がぼったくりをしてしまっていたと気付き、謝ろうとしていた昨日、ポヌポヌ犬は姿を見せなかった。通い始めてから初めて姿を見せなかったので、もう価格に諦めて来なくなってしまったのではないかと不安になっていたのだ。

 フンフンと床を嗅ぎ回り、そのままナチュラルに壁を歩いているその姿は、一昨日見たものと変わらない。とにかく来てくれてよかった。


 はやる気持ちを抑えつつ、嗅ぎ回る姿が戻ってくるのを待つ。いつもと同じように天井も丁寧に嗅ぎ回ってから地面へと戻ってきたポヌポヌ犬は、後ろを振り返ってから少し尻尾を振った。壁や天井もしっかり掃除したので、足に汚れがつかなかったことに気付いてくれたようだ。

 ポヌポヌ犬がそのままカウンターへと歩いて登ってくる。


「いらっしゃいませ、あの、今日は説明したいことがありまして、以前の価格表記について、間違ったものを出してしまっていました。すみません」


 私が頭を下げると、ポヌポヌ犬はじっと動かずにそのままの状態で待っていた。


「これからはこちらの価格に変わります」


 私は新しく作った価格表を取り出した。

 品物と価格をプリントアウトしたB4の紙を、透明なカードホルダーに挟んだものである。前のぼったくり価格が書かれていたのは木の板だったので安っぽい作りになってしまったけれど、字も大きめに印刷したので見やすいと思う。とりあえず暫定版としては十分だろう。落ち着いたら、もうちょっとしっかりした素材に変えてもいいし。


「ほしい物があればぜひ教えてください」


 とりあえず売る品物と買う品物について、スマホにメモした項目を全部印刷してきた。それをすべてカウンターに並べる。


 マニュアルの項目を見せていたときは製本された形だったので捲らないといけなかったけれど、これは価格表を並べられるので好きに見てもらえる。そしてそれぞれに価格をつけたので、値段も一目瞭然だ。

 今日こそはきっと買い物してもらえるはず、と期待した私に返ってきたのは、前と同じように、くーんと残念そうに鼻を鳴らす音だった。






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