はじめての困難8
前に進もうとする体が、ゴムのような、柔らかくて弾力のある膜に受け止められたような感覚。そののちにやってくる、反対方向への強い力。
お店の外へと出ようとした私は、弾かれて逆戻りし尻餅をついてしまった。
「うわっ」
「テピッ」
手はドアと壁を持っていたため反応が遅れ、お尻から盛大に着地してしまう。痛みを予感して反射的に目を瞑ったけれど、むしろムニッとした感覚があった。
「いっ……たくない」
「テピー!」
テピちゃんたちが心配そうにわらわらと集まってくる。座ったまま何かを疑問に思った。
ここの床は木製。そこそこ痛いはずなのに、その痛みがなかったのは何故だろう。
というかなんか柔らかい感覚がしたのはなんだったんだろう。
床に手をついてお尻を上げて下を見る。
「!!! テピちゃん潰れてる!!」
そこにはぺったんこになった白いものがいくつか床に張り付いていた。
まさか、私、お尻で圧死させてしまった……?
「嘘どうしよう、テピちゃん死んじゃった? やだ」
震える手で潰れた白いものをそっと持ち上げる。のした餅みたいになったそれは全部で4つ。私がいきなり尻餅をついたので逃げられなかったらしい。
なんで嫌なことに限って続けて起こるのか。自分の迂闊さに泣きそうになる。
ごめんね、と手に載せた4つのそれを撫でていると、むにゅっとそれが動いた。
「えっ」
平たい表面が波打つようにむにゅむにゅと動き、少しずつ高さが戻ってくる。それに伴って伸びていた体がジワジワと狭まり、ぷに、ぷに、と小さな手が生えて、その手がムニムニと顔を揉んだと思うとつぶらな目が開いて辺りを見回した。てぴてぴとお互いを見たテピちゃんたちが私を見上げ、それぞれ片手を挙げて「テピ!」と挨拶をする。
「え……大丈夫なの?」
「テピ」
「みんな平気なの? 内臓潰れてない? 全員生きてる?」
「テピ!」
手に乗った4匹共が、元気そうに返事をした。膝立ちになっている私の周囲にいるテピちゃんたちもついでにテピテピと同意していた。
どうやら圧死はしていなかったらしい。そっとつまんで持ち上げてみても変わったところはないし、撫でてみても嬉しそうにテピ〜と鳴くだけで痛みがあるようにも見えない。私の体重と弾かれた勢いが合わさって、小さな体が受けた力は大きかったように思うけれど、特にダメージにはなっていないようだ。
このいきもの、見かけによらず頑丈らしい。
「よかったー!!」
「テピー!」
「ごめんね、今度から気を付けるね。テピちゃんたちもあんまり私の近くにいたら危ないから離れててね」
「テーピ」
よしよしと撫でながら手の上にいるテピちゃんたちに語りかけると、イヤイヤというように体を震わせながらひしっと指にしがみついてきた。
かわいい。かわいいし、無事で本当によかった。偶然だとしても頑丈なのだとしてもとにかくよかった。
よーしよしよしと白くてするんとした体を思う存分撫で、それから立ち上がる。
「ちょっとお盆に乗ってて。ここで店番しててね」
お盆を持ってくると、テピちゃんたちは渋々といった様子でそれに乗り込んだ。それを念のためカウンターの上に載せておいて、自分一人だけでドアへと向かう。
さっき、外に出ようとしたらなんか変な風になった。
レバータイプのドアノブを掴み、そっと開けてみる。洞窟っぽいひんやりした感じと火の灯り。それらがあり、そして目の前にはなんの障害がないことも確かめてから、恐る恐る手を伸ばしてみた。
ちょうど外と内側を仕切る木の枠組みのところで、何かにぼよーんとぶつかって手がこちらに戻ってくる。跳ね返ってくる力が結構強い。手だけだからまだ耐えられているけれど、さっきのように体でぶつかってしまうと弾き飛ばされてしまいそうだった。
見えない何かのせいで、お店の外へと出られないようになっているようだ。
何があるんだろう。
ぼいーんぼいーんと手で弾力がある感じを確かめると、やっぱり何かがあるように思える。でも今までここを通ってきた人たちはそれに引っかかった様子はなかった。
もう一度だけ、そーっとゆっくり外に出ようとしてみたけれど、やっぱりぼいーんと弾かれた。膝を曲げて衝撃に備えていたのに、やっぱり転んで尻餅を打ってしまう。離れた場所からテピー! と心配そうな声が聞こえてきた。
「あ、大丈夫。全然痛くないから。不思議なほどに」
立ち上がってお尻に触れてみても、少しも痛むところはない。むしろ怖いくらい痛くない。
そういえば、と思い出して私は左手首につけている細い円形のブレスレットを見た。
魔女おばちゃんが、これを付けていると怪我や病気になりにくいと言っていた。もしかしてそのおかげだろうか。ぼいーんと跳ね返されるのにも、何か関係があるのだろうか。
「うーん……。謎」
理由はわからないけれど、とりあえず尻餅は痛くなく、そしてお店の外に出ることは難しいことがわかった。お尻が無事なのはありがたい限りだけれど、魔王を探しに行けないのはちょっと困る。
外に出るのを諦めてドアを閉じ、カウンターの内側へと戻るとテピちゃんたちがてぴてぴと近付いてきた。スツールに座って頬杖をつくと、テピちゃんたちがその周囲に集まる。
「待つしかないか。魔王さん、今日も買いに来てくれるといいね」
「テピ」
「もし来なかったら、テピちゃんたち探しに行ってくれる?」
「……」
お互い身を寄せながらプルプルしていた。イヤなようだ。




