新学期、新生活14
「うーん、これかなあ」
大学を出てちょっと買い物をしてから家に帰った私は、アイスを食べながらバケツに入れた大きな枝とパソコンで調べた花の画像を見比べていた。
「チベタイッ!」
「アイスだし冷たいでしょ。ウエハースだけ食べたら?」
「アイスガタベタイッ!」
スーパーに行く前に「デッカイバケツアイスが食ベタイ」と主張し始めたシノちゃんによって、大きいサイズのアイスクリームを買うことになってしまったのである。どう考えてもお腹を壊しそうなので、小皿にちょっとだけ盛り、ウエハースに少しずつ載せてから食べるように勧めてみると、シノちゃんは片足でウエハースを握りつつチベタイチベタイ言いながら食べている。
私は普通盛りをスプーンでそのまま、テピちゃんには小皿のフチに塗るようにしてあげると、ちっちゃい手で掬いながらテピテピとはしゃいでいた。ヒナたちはそれを押し除けて味見したけれど、あんまりお気に召さなかったようだ。私の指でクチバシを拭いてから元気に遊びまわっている。人の手でクチバシ拭くのやめてほしい。
「ロウバイ? あ、でも冬の花って書いてあるから違うのかな。花びら似てるけど。シノちゃんどう思う?」
ガサガサと次のウエハースを掴んでいたシノちゃんに聞くと、ウエハースを咥えて近付いてきた。端っこにアイスを載せてあげるとサンキューとお礼を言ってからまた握って齧り始める。
「シノチャンハネェ〜、ユイミーちゃんガ覚醒シタネ〜ッテ思ッタ」
「いやなんでそんなこと思ってるの」
「ダッテ急ニ変ナヒトノトコ自分カラ行ッタシ〜」
「変なひとって……まあ確かに、普通の人ではなかったけど」
というか、人間じゃなかったけど。
日本の街並みでちょっとあり得ないタイプの存在がいるということにはそろそろ慣れてきていたけれど、それにしても大学に在籍してるっぽいのは驚きだ。職員なら給料をもらっていることになるし、学生なら学費を払っていることになる。口座とかどうなってるんだろう。
「でもヒナたち預けるなんて普通の人にお願いできないし、いい人ならもう人間じゃなくてもいいんじゃないかって。神様関係の人なら絶対悪いことしないだろうし」
「ンナコトナイヨッ!! 神様ッテ、チカラツヨツヨデ、人間ニ利益アルヤツッテ意味ダヨ! 悪人ダッタリイキナリ悪イコトスルヤツモイルヨッ!」
「シノちゃん……バチあたるよ」
そもそもお守りとかの橋渡しをしてくれたのはシノちゃんなのに、そんなドライなことを言わないでほしい。神様が気を悪くしてお守り効果をなくしたり祟りを起こしたりしたらどうするんだ。
「でもそれはどんな人でもそうじゃない? 人間だって良い人も悪い人もいるし」
「エ〜人間ニイイヒトトカイル〜?」
「……」
「シノチャンノアイストウエハース食ベナイデッ!!! ユイミーちゃんハトッテモイイヒトダカラ!!」
ウエハースを1枚もらい、シノちゃんのアイスを掬うと途端に掌返ししてきた。
「お店に来るお客様も、良い人も悪い人もいるし。人じゃないけど。だからどんな姿でも良い人ならいいし悪い人なら近付きたくないなと思って」
「ユイミーちゃんノ常識ガユルユルニナッテル〜」
「そりゃこんな生活してたらね」
最初は見かけに引いたり不安だったりもしたけど、見た目と中身が似ていない人だってたくさんいる。
お店には物騒なタイプのお客様未満なひとも来るけれど、きっと治安が悪い国では人間だって同じくらいに物騒だったりするのだろう。だったら見た目や住んでる世界で区別せずにいても同じだ。たぶん。
「あとさ、へびくんがね、バイトとかでご縁ができたせいで、なんかやばい系のひとにも絡まれたりするかも的なことを言っててね。そういうことになったら、私はどうもできないでしょ」
「確カニユイミーちゃんヨワヨワダモンネ〜」
「だから、なるべくそうならないようにとか、そうなってもいいように準備しといたほうがいいのかなーって」
どうするかを自分で選択するしかない、みたいなことを言われたけれど、その意味についてはよくわかっていない。けど、とりあえず今私ができる選択といったら、そういう事態に備えておくことくらいではないだろうか。
というわけで、助けを借りるのに人間だ迷宮の住民だと選り好みするのもおかしいし、借りれる助けは借りておこう、というわけである。
「なのでシノちゃんもよろしくね」
「シノチャンハスゴイカラ任セテ〜」
「すごいすごい」
「デ、アレハドウスルノ?」
アレ、とクチバシが指したのは、バケツに入った大きな枝である。部屋の中でそこだけ謎の優雅さといい香りを漂わせていた。
「あれは、よくわかんない。なんか持っていってほしそうだったから持ってきたけど」
「エェ〜ウケル〜」
「うちに置いててもあれだし、お店にでも置いておこうか」
うちの部屋よりも、いろんな謎のものがあるお店の方が浮かないだろう。華やぐし。
そう言うとシノちゃんがまたウケル〜と言ったので、ウエハースをもう1枚いただくことにした。




